魔導物語 ケットシー物語 第一話 にゃにゃにゃん 「にゃにゃにゃん」 窓の外から猫の声が、いや、ちょっと特殊な鳴き方の猫の声が聞こえた。 「…サカリと違うよな」 シェゾはコーヒーをテーブルに置き、窓の外を見る。 「ああ…」 そこに居たのはケットシー。猫型のモンスターだ。 野外に留まらず、街中でも見かける事がある。ただそこに居る分には無害なので、ぷよ並に親しまれている奴らだ。 何か、こっちを見て鳴いている。 それだけなら珍しくも何ともない。 ここは人里はなれた場所だが、奴らはあれでも立派なモンスター。どこでも生きていける程度の生命力は持っている。 だが。 「にゃにゃにゃん」 …何か足りないような。 「にゃにゃにゃん」 やっぱ足りない。…何だ? 「にゃにゃにゃん」 何だったか…。 「いいかげんこたえるにゃん!」 三日月の爪が光って唸る。 「いて!」 いつの間にか窓に登ったケットシーが、俺の手を引っ掻いた。 引っ掛かれたのは左手だけ。 「そうか!」 その違和感。それは、今目の前のケットシーが一匹だけという事だった。 そして、ケットシーは俺の声に驚いて、窓から転げ落ちてしまった。 「ふぎゃ!」 猫のくせに無様に頭から地面に落ちたケットシーが鳴いた。 「…で?」 部屋の中。テーブルには、マンガみたいなバンソウコウを頭に飾るケットシーがちょこんと座っていた。 ちなみに俺の手にもバンソウコウが張ってある。 「ケイがいなくなったにゃん」 「ケイ?」 「いもうとにゃん」 「ああ、お前ら個々の名前なんてあったのか」 「あるにゃ!」 ケットシーがシャーっと唸る。 「で、お前の名前は」 「ミーにゃ」 「…その名前って…」 「?」 「何でもない。それで、何で俺の所に来た?」 「ケイをさがすの、てつだってほしいにゃ」 「何で俺がそんな事をする?」 「こまったひとはたすけるものにゃん」 「ヒトじゃない。ヒトじゃ」 「いしがつうじればおなじことにゃ」 ケットシーはさも当然、とシッポをくねくねさせながらにっりしている。 猫は元から表情豊かなものだが、ケットシーは更に豊かだ。 少し天井を仰いで考える。 「…ま。いいか」 どうせ最近暇だ。気分転換にはなるだろう。 「じゃ、いくにゃ!」 ミーは俺の肩に飛び乗る。 すると。 「ぱお!!」 突如現れたてのりぞうが華麗に跳んで空を切り裂く。 猛然と跳ぶてのりが、ミーの尻に腰のひねりを利かせた必殺てのりキックをヒットぶっこいた。 「ふぎゃ!」 ミーは放物線を描いて華麗なダイブを披露する。そして、床と熱いキスを交わした。 「…てのり?」 てのりぞうはそのままずんずんとシェゾによじ登り、さっきまでミーが乗っていた左肩に乗ると、自分の場所と言わんばかりに威圧的に鎮座する。某世紀末救世主のように、てのりの背中には地鳴りのような擬音が唸っていた。 「…てのり…」 どうやら自分の席に他の生き物が居る事が我慢出来ず、嫉妬しているようだ。 「い、いいいいい…いたいにゃんっ!!」 鼻を押さえててのりを睨むミー。だが、てのりも普段の無表情からうって変わって、つぶらな瞳でミーを睨み返す。 「あ、あのな…お前ら…」 他愛のない争い事なのに、何故かシェゾは上手く口を挟めなかった。 「……」 無表情、かつ無言で今度はシェゾの右肩によじ登るミー。その瞳は一瞬たりとも、てのりから離れない。 二匹が両肩にとまる。 僅かな静寂の後。 「ふぎゃ!」 「ぱお!」 二匹はシェゾの頭の上に飛び乗り、いきなり戦闘を始めた。 たまらないのはシェゾだ。 「いて! おい、髪が…。いた!」 揺れる頭の上、子猫と小象が世にも珍妙なバトルを繰り広げる。 「……」 「ぎにゃー!」 「ぱおーん!」 丸太のようなキックと刃物のような爪の応酬。そこは流石、モンスター同士と言ったところか。 だが、頭の上で暴れられてはたまらない。 シェゾは、はらりと落ちる頭髪を見て流石にトサカに来た。 「てめえら!!」 両手で二匹を引っ掴んで眼前に持ってくる。 「ひにゃ!」 「ぱお!?」 二匹はシェゾの眼光に臆した。 「短い寿命、まっとうしたけりゃ大人しくしろ…」 ほんの僅かだが本気で睨むシェゾ。お互いの首根っこを掴む手がぞくりと氷のように冷たく感じられた。 二匹は首振り人形みたいに、こくこくと首を振った。 「じゃあな。てのり、留守は頼んだぞ」 シェゾは左肩にミーを乗せて外に出る。 「…ぱお」 てのりは、自分の居場所を新参者に奪われて、しゅんとしたまま主人を見送る。 シェゾは、その気持ちは解るが一時なのだから別にいいだろう、と少々その落ち込み具合を疑問に思っている。 ここら辺はシェゾが朴念仁たる所以と言えた。女にも、男にも。 …ま、帰りに土産でも買ってきてやるか。 シェゾとミーのクエストが始まる。 |