魔導物語 陰陽 第二話
光の使徒
その日、シェゾは何度目か分からない物売りの声に悩まされていた。
彼の住む土地ですら、銀髪碧眼は目立つ。
この異国の土地では我を見ろと誇示しているのと同じ事であった。
「ヤスイヨシャチョサン。コレホンモノネ」
「……」
何やら珍妙な呼び込みも混ざっているが、シェゾはとりあえず全てを無視して、ラクダを引きつつ目的の宿屋へと向かう。
「街もあちぃじゃねぇか…」
七日後、シェゾは目的地にたどり着く。
その都市イールは、規模の割には随分と住みにくいと感じる場所だった。
風が吹けば砂塵が舞い上がり、水だと言うので買ってみれば少し赤茶けている。
シェゾは、宿に着く頃には精根尽き果てようとしていた。
「水!」
ロビーに入るなり、シェゾはボーイらしきターバンの男に一言告げる。
「ご宿泊ですか?」
対してボーイは実に事務的な返答を返す。
暑さと喉の渇きで気が立っていたせいか、斬っちゃおうか、などと物騒な考えが頭をよぎる。
「俺の連れだ。水を」
「かしこまりました」
シェゾの背後から聞こえた声を聞くなり、ボーイはきびすを返して奥に消えた。
「……」
シェゾはその声に聞き覚えがあった。
「待ったぜ」
シェゾは億劫そうに振り返る。
「よう」
シェゾは軽く手を挙げると、溜息をついて近くのソファーに身を投げた。
シェゾの後ろに立っていた男。
ラグナス・ビシャシは微笑んで対面に座った。
「良く来たな。イールはどうだ?」
「最悪」
「そう言うな。慣れればそう悪くない」
良い、とは言わない。
シェゾはボーイがピッチャーと一緒に持ってきた、きちんと冷たい水を一気に飲み干すと、ここ数日ぶりに体が潤った気がし、大きく息をついた。
「で、お前なのか?」
僅かばかりの沈黙の後、シェゾは切り出す。
黙っていたところを見ると、ラグナスは正直言い出しにくかったらしい。
少しばかり、助かった、と言う顔でラグナスは頷いた。
「ああ、俺が手引きする」
少しばかり複雑な顔で笑うラグナス。
「お前、話聞いているんだよな?」
「当たり前だ」
シェゾは、人には理解出来ぬ言語に切り替える。
「神殺しだぞ。しかも現人神ってやつだ」
「だからだよ。この街の神は滅ぶべきだ」
ラグナスも同じ言語で、分かっている、と返した。
その声は消え入りそうな程に沈んでいる。
「そうか」
言葉が元に戻る。
「部屋へ行こう。そこで話す」
二人はロビーから移動する。
テーブルにはグラスが残される。
グラスには、つい先程までそれが冷たかった事を表す水滴が輝いていたが、丁度窓から直射日光が当たる場所故か、程なくして水滴は跡形もなく蒸発する。
乾いたグラスが、更に気温で暖まるまでの少しの間、それは人から触られる事無く放置され続けていた。
その部屋から見える光景は、正に言葉の如く芋洗いに相応しい様相だった。
広いはずの路地は人の波に埋め尽くされ、物売りの声と子供の泣き声、大人の怒声が渦巻いている。
シェゾはそれを見て再び溜息をついた。
「早く帰りたいぜ」
シェゾは部屋へ入ってから、改めて置いてあった冷たい茶を喉に流し込む。
「仕事が終わってからだ」
ラグナスは籐を編んだ椅子に座って釘を刺した。
「しかし、結構お前その格好似合うぞ」
シェゾはからかう様に言う。
ラグナスは今、外見だけならば現地人と寸分違わぬ姿をとっていた。
厚手の布を体に巻き付ける様にして着る民族衣装は、こういった熱帯砂漠気候の土地では標準的なもの。
まだ新しいそれと幾つかのアクセサリーを重ねたラグナスの姿は、冗談ではなくなかなかに様になるものだった。
後ろから見れば、現地の若い男と言っても通じるだろう。
「からかうな。俺だって半月前に来たばかりだ」
「半月も良く居られるな」
「『仕事』なんでね」
「んじゃ、仕事の話といきますか」
「ああ」
ラグナスはシェゾに座れと促し、やや重い口調で話し始めた。
イールの北側に、この都市の、ひいてはこの都市から発祥した宗教のシンボルとなっている神殿がある。
総石造りにしてその建物の全高は四十メートルを誇り、建物の規模は内部の広場、広大な石造りの礼拝場内に二千人を収容出来る広さを誇る。
今、その礼拝場はそれでも尚すし詰め状態でごった返していた。
「神のお力をいまここに!」
礼拝者を見下ろす高い位置、出窓の用に突き出た場所から、野太い声が響いた。
その瞬間、只でさえ騒々しくざわめいていた礼拝者は、狂った様に声を張り上げ始めた。
ある者は神への賛辞を声高々にうたいあげ、またある者は神を褒め称えるありとあらゆる言葉を大声で繰り返す。
そんな喧噪の中、飛び出たステージ上に立っていた、逞しいあごひげを蓄えた小太りの男の司教が両の手を掲げる。
と、先程まで気が触れた様に口々に叫んでいた礼拝者が、水を打った様にしん、となる。
「我らが神祖の具現、現人神、メイガス様御成!」
民衆はおお、と感嘆の声をあげる。
同時に、ステージの奥から重厚な楽器が奏でられ、ビロードのカーテンの奥から一人の男がゆるりとその姿を現した。
眩い程に白く輝くローブに身を包み、ローブの下からはこれもまた雪の様に白い顔。
黄金色に輝くブロンドヘア、そして空を切り取ったかの様に深く輝く蒼い瞳が見えていた。
「現人神様!」
「神様!」
「救世主様!」
「メイガス様!」
「メイガスさまぁー!」
「有りがたやー!」
民衆はその姿を目に止めるや否や、口々に彼を褒め称える言葉を叫ぶ。
叫ぶだけでは飽きたらず、手の骨が砕けるかと思う程に手を叩く者。
跳ね上がり、少しでも彼の姿に近づこうとする者、果ては涙を流して土下座し続ける者まで現れ、その場は一種異様な世界と化していた。
「…気っ色悪い集会だなおい」
「これが普通なんだ。最も、一年前まではそこまでじゃなかったらしいんだけどね」
「で、そいつはそうやってパンダになっているだけなのか?」
ホテルの一室。
ルームサービスの冷たい紅茶を飲みつつ、ラグナスはシェゾにこの都市の現状を説明していた。
「まさか。彼がここまで信頼、って言うか盲信される様になったのはきちんと理由がある」
「きちんとした、なら問題ないだろ」
「揚げ足取るなよ」
ラグナスは苦笑いして紅茶を口に運ぶ。
香りの良いジャスミンティーだった。
グラスを回すと、氷が軽やかに音色を鳴らし、一瞬だが外の喧噪をかき消してくれる。
その涼しげな音色と爽やかな芳香は、ラグナスが胸に抱いたわだかまりを、少しだが溶かしてくれていた。
「彼はね…」
「ここに一人の男が居る」
ステージの脇に立っていた小太りの司教が舞台劇の様に声を張り上げた。
声に合わせ、ステージ奥からは大人一人が座るのがやっとの、小さな鉄の牢に閉じこめられた老人が現れる。
階下の人々は哀れ極まりないその光景に動揺する。
だが、司教は構わず次の声を発する。
「この男は、恐れ多くもつい最近、聖騎士隊に捕らえられるまで、墓泥棒によって生活してきた者」
民衆は再びざわめく。
「だが、一ヶ月程前にとある遺跡の墓を暴こうとした時、その遺跡に居着く悪しき魔物に取り憑かれてしまった!」
「おお! なんと言う事だ…」
「愚かな男だ!」
「恐れ多い…恐れ多い…」
「当然の報いだ!」
民衆からは様々な声が飛び交う。
「そして男は悪魔憑きとなった。見よ!」
司教は控えていた兵隊に目配せし、一人を隣に呼び寄せた。
「これが悪魔憑きだ!」
兵は腰に下げていた幅広の円月刀を抜く。
銀色の刃が白く光り、そのまま頭上に掲げられる。
そして兵はその刀を逆手に持つと、そのまま老人の閉じこめられた牢に躊躇無く突き立てる。
一体どこに刃が突き立てられたのか、その瞬間、噴水の様な血飛沫が吹き上がった。
民衆は流石に悲鳴を上げる。
だが。
その悲鳴は次の瞬間、恐怖の戦きに変わっていった。
牢の中、血まみれで力尽きたと思われた老人が突如、赤く染まった顔を持ち上げ、更に牢の上部に頭を叩きつけた。
鉄の音が響く程の勢い。
普通なら頭蓋が砕けている。
だが、老人はその頭を二度三度と打ち続けた。
十度程もそれを繰り返した頃、金属音に異変が起きる。
響くばかりだった金属音が、異音を発し始めた。
それは響く音からひしゃげる音へと変わりはじめ、同時に牢の形にも変化を起こす。
牢の上部が、変形を始めたのだ。
民衆は再び悲鳴を上げ始める。
「悪魔だ…!」
「悪魔だ!」
「悪魔だ! 悪魔だ!」
悲鳴が輪唱される。
その間にも鉄の牢はひしゃげ続け、とうとう上部からは血まみれの頭部が姿を現し始めていた。
民衆は息をのむ。
そして次の瞬間、骨と皮ばかりだった老人が、牢の天井を突き破り、人形のごとき不安定な姿勢で立ち上がってしまった。 血にまみれ、そして少し形が変化している頭部からは異質なものが見えている。
「角だ!」
「悪魔の角だ!」
民衆はパニックに染まる。
「恐れるな!」
今にも飛びかからんとしている老人も無視して、司教が叫ぶ。
「愚かなる、しかし悪魔に取り憑かれし哀れな男は、今この現人神によって全ての罪を許され、そして浄化されるのだ!」
白いローブの男が、その身に纏っていた純白を取り払った。
同時に、民衆から感嘆の声が上がる。
ただでさえ白く輝いていたローブの下から現れたのは、黄金色に輝く鎧を身に纏った戦士、絵画に描かれ、人々の脳裏にその名を刻む神の使い、光の剣士そのものだった。
「お前が偽物とは知らなかった」
「お約束はよせ」
ラグナスは頭が痛そうに呟く。
「っつーか、そいつは何者だ? 光の勇者は普通、独りだろ」
独り。
その意味は深い。
「まぁな。だから俺も気になって、サタンの口車にのらざるを得なかったって訳だ」
「直接聞こうとかしなかったのか?」
「光の戦士ですって名乗れってのか?」
「嫌いだもんな、お前」
シェゾは楽しげに笑った。
「話を戻すぞ、とにかくそいつが、悪魔憑きを何か妙な力を使って浄化しているんだ。人々は、それを目の当たりする事ですっかり現人神様を信じちまっているって訳だ」
「浄化? 殺すんじゃなく?」
「浄化だ。つまりな…」
現人神、メイガスは腰に飾り付けられていた白金に輝く剣を抜いた。
牢を破り、血まみれの頭に角を生やしていた老人はそれを見ると、一瞬驚くがすぐにその顔を卑しい笑い顔に変えた。
気がつくと、骨と皮ばかりだったその体は今や筋骨隆々とした若者のそれに変わっており、顔にももはや皺はない。
そして、背中の一部が裂け、鮮血と共に血まみれの黒い羽が飛び出す。
体の色も、血まみれの赤黒さを差し引いても尚黒々と変色している。
肉の裂ける音が生々しく響き、人々は耳を塞いだ。
尾てい骨付近からも同様に鋭い鞭の様な尾が飛び出し、床を叩く毎に鋭い音が鳴る。
「悪魔だ…」
民衆の独りが泡を食いながら呟く。
それほどまでに完璧な、絵画に表される悪魔の姿だった。
「冥府より迷い出でし者よ」
メイガスが始めて声を発する。
確かに男の声だが、それでも鈴を鳴らす、と言う形容が何よりも似合う声。
それはまるで歌っているかの様だった。
「ここはお前の居るべき場所に非ず。人は人の世に、悪魔は悪魔の居るべき世界に住むが定石。望み叶うなら、今すぐ男から離れ、そしてこの世界から立ち去るが良い」
雄々しく言葉を紡ぐ『光の勇者』。
対して悪魔憑きとなった男は、微動だにせず勇者を睨み続けていた。
少しの静寂の後、悪魔の足が一歩前に出る。
「やはり駄目か」
哀しそうな瞳で呟き、メイガスは光の剣を下段に構える。
羽が開き、悪魔は床を蹴る。
そしてメイガスに跳躍した。
岩を切り裂き、磨いたかの様に黒光りする爪がメイガスの頭に迫る。
黒い残像がメイガスの頭を切り裂いた。
人々の目には、メイガスの頭が爪によって両断されたと写ったであろうその光景。
人々は悲鳴を上げる。
だが。
残像が消えた時。メイガスは悪魔憑きの背後に悠然と立っていた。
「この世界から消え去れ」
メイガスの言葉は、言い聞かせるかの様に静かだった。
対して、その剣は恐ろしい程に鋭く襲いかかる。
光の剣は、波の剣など跳ね返してしまいそうな程に高質化した皮膚を袈裟懸けに切り裂いた。
悪魔の悲鳴が礼拝場に響く。
赤黒い血が噴き出し、悪魔は力無く倒れた。
「消滅するがいい」
光の剣が、停滞することなく悪魔の眉間を貫いた。
「殺しているじゃねえか」
「その後だ。メイガスがすごいと言われるところは」
礼拝場には悲鳴と歓声がまぜこぜに響いていた。
「死んだ?」
「滅びた…?」
不安に呟く声もまじっている。
メイガスは、眉間に突き刺したままの剣に力を込める。
するとその刀身が目映い光を放ち始め、突き刺さった箇所からも、それに呼応するかの様な光があふれ出す。
「立ち去れ、悪魔よ」
メイガスはつぶやき、刀身は光を増す。
すると、突き刺さっていた部分の光が表皮に皹を作り始める。
それは光の筋を生みながら体中に走り始め、やがて悪魔憑きとなった男の体はマスクメロンの様に光の皹に覆われた。
男が剣を抜く。
同時に光の皹はぼろぼろと剥がれ始め、卵の殻の用にこぼれ落ちてゆく。
「おお!」
「奇跡だ…!」
民衆は歓喜と驚愕の声に沸く。
光は、皮膚が落ちるごとに輝きを増す。
それはやがて男の体全てを光に飲み込ませる事となる。
まるで光の繭の様だった。
「ふーん。面白い芸だな」
「芸とか言うな。俺にもよく分からない力だ」
「出来ないのか?」
「悪魔の憑依を引き剥がすまでなら、出来ない事はない。お前も出来る事だ」
「ま、な」
「問題はその後なんだ」
光が男を包み込み、光の色が白から赤、緑、オレンジと、虹の様に輝きを変える。
民衆は軌跡を目の当たりにし、歓声や感涙にむせび泣いていた。
「哀れなる悪魔憑きは今、救われる!」
小太りの司教が雄々しく告げる。
同時に、光の眉はシャボンがはじけた様に消えた。
あまりの眩い輝きが突然消失したので、一瞬周囲が暗くなって見えた。
錯覚はすぐに収まり、民衆の目はステージの床に横たわっている男に注がれる。
周囲の兵隊が男に近寄り、両脇から腕を抱えて男を立たせる。
足をもたつかせながらも、肩を貸される事で立ち上がった男は、先程までの血まみれの異形の姿からは想像もつかぬ程に静かな顔立ちで涙を流していた。
「俺は…救われたのか…」
皺にまみれた顔から、止めどなく涙がこぼれ落ちる。
老人は、何度も何度も感謝の言葉を述べながら泣き続けた。
更に、その体は老人のそれから中年程度の男のものへと変わっていた。
先程までのしわくちゃの体とは違う。
そして、その額には青白く輝く不可思議な文様、聖痕が浮き出ていた。
「おお…!」
民衆からも歓喜の声と感動にむせび泣く嗚咽が聞こえ始める。
「俺は、私は…メイガス様に救って頂いた…!
救世主様! 現人神様!」
老人は顎が外れそうになる程、大口を開けて叫ぶ。
「それだけではない! この男は救われ、そして選ばれた! 聖なる力を授かり、今正にこの男はメイガス様の僕としての力を得た!」
司教は老人だった男に、右手を天にかざせと命ずる。
男が不安げに手を挙げると、その手から突如白い炎の様なものが吹き上がった。
「それこそは、悪しき者を浄化する炎の聖剣。これをもち、聖徒としてメイガス様と共に悪を打ち滅ぼし、唯一にして絶対なる聖教、マイルス教を平和の為に広げるのだ!」
「おおお…」
男は自分の体の変化が未だ信じられず、ただただメイガスを見て驚愕するばかり。
メイガスはそんな男に向かい、聖人の様な笑みで微笑む。
絵画に表される天使の様だった。
司教が、今だ足下ふらつく男の両脇を抱えている兵士に目配せし、男を退場させる。
「かの者は、今や全ての贖罪を償った。これからは平和に、静かに、そして栄光の道を歩く事となるだろう」
おのが宗教のシンボルを胸の前で刻み、司教は民衆に向かって叫ぶ。
「メイガス様万歳! 現人神様万歳!」
礼拝場の天井に声が響く。
「メイガス様万歳!」
民衆からも声が響いた。
「メイガス様万歳!」
「メイガス様万歳!」
「現人神様!」
「現人神様!」
メイガスは静かに手を挙げ、民衆に応えつつ退席する。
司教は続けた。
「我らが現人神様は人々の悪しき精神、悪しき者どもを滅ぼし、あまつさえお許しになられる! 現人神様に集え! 我らが真の教えに従え! 聖マルスイ教万歳!」
「マイルス教万歳!」
「聖マイルス教に栄光あれ!」
司教の声は礼拝場に響き続け、それに応えるかの様に礼拝者の歓声も後を追う。
礼拝場は、礼拝者の声に僅かながら振動する程、歓声が渦巻いていた。
「ふーん」
「これが奇跡の男、メイガス・ロズウェルだ」
ラグナスは冷たい茶で喉を潤しつつ、言葉を締めた。
「そいつが、サタンの別荘をぶっ壊したのか?」
「らしい。マルスイ教の奴らが、メイガスを破壊後の別荘から連れ出した所を目撃したっていう情報がある」
「その、聖徒様とやらと一緒にか?」
「四十人くらい居た、と言う事だ。最後に生き残ったのはメイガスを除いて一人らしいが。」
「サタンから聞いていなかったが、別荘の奴らの被害は?」
「逃げ遅れた悪魔やら、立ち向かおうとした奴らが十人くらい居た」
「人的被害は十人、か」
つぶやき、グラスの茶を一気に飲み干す。
「メイドやら執事やらの下っ端連中としても、留守を任されるサタンの配下だ。四対一で互角ってのはすごいな」
「正確には、メイガスが半分以上だけどな」
「だろうな。付け焼き刃の人間ごときが悪魔相手になる訳ない」
「それにしても、刃を交わらせる事は出来たんだ。メイガスの真の恐るべき能力、って言うのかな。彼は、聖痕を与える事でそう言う力を他人に与える事が出来るらしい」
「魔導付与とは違うのか?」
「根本は同じだろう。だが、性質がどうにも違うっぽいんだ」
ラグナスは腕組みして窓の外を眺める。
「何て言うか、あの聖痕には、『大いなる意志』様を感じる」
「お前も言う様になったね」
「お陰様でな」
「っつーと、やっぱあれか?」
「…多分な」
シェゾは窓の縁に腰を下ろし、仰け反る様に空を見上げる。
目に突き刺さりそうなまぶしい太陽。
シェゾはやれやれ、と大きなため息をついた。
やはり面倒な事になりそうだ。
「まったく、骨折り損にならなきゃいいがな」
「口元が笑っているぜ」
ラグナスはそんなシェゾを見て、自分も笑っている事に気付いてはいなかった。
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