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魔導物語 IZA-SENJOU-E! 第三話 



  午前8時47分 シェゾ宅前
 
「じゃ、これから先は別行動だな」
 ラグナスはまったくの平民となっていた。わざと髪をばらつかせ、作業着みたいな服装でいるので、より若く見える。
 ちょっと見れば、青年と言うよりも少年と言って良かった。
「……」
 シェゾはそんなラグナスを見る。
「何だよ?」
「いや、お前、それで上手く潜り込めるのかなって…」
「何でもいいだろ。おまえこそ大丈夫か?」
 そういわれたシェゾの服装は、穀物でも入れている袋をばらして作ったようなごわごわのローブ。いや、ローブと言うよりも布を巻いただけと言ってもいい。
 頭まですっぽりと被ったそれは、遠目から見ると藁人形みたいに見える。
 服の下も一応はそれに準じていた。普段の彼からは想像できない無節操な服装で身を固めている。麻のパンツに使い込んだ感じのシャツ。農民の様な姿だった。
「問題無い」
「…じゃあ、な」
「ああ」
 二人は、特に話す事もなく道を分かれた。
 それは、ある種の信頼があるからこそだろうか。
 ラグナスは西へ向かう。
 シェゾは東へ。
 この数日後、彼らの行動が始まる。
 折しも、今別れた平原で再び彼らは出会い、そして戦う。
 果たして、そのときの彼らは敵か、味方か。
 
 シェゾと別れてから、小一時間が過ぎていた。
 ラグナスは、何の事はない平原の街道を歩く。
 元より広くも有名な街道でもなく、その道にはラグナス以外の人影はなかった。
 前から後ろまでの地平線にただ一人。
 気持いい様な、寂しい様な、不思議な感覚がラグナスを襲う。
 普段はそんな感覚を憶える事はない。一人だから寂しいなどと言う短絡思考はしない彼だが、何故か今はそう感じる。
 そう、多分理由は分かっている。
 二人でいた後に一人になったからだ。
 だから、より孤独を感じるのだ。
 別に、人といっしょに行動したのは初めてでもないし、別れるのも初めてじゃない。
 …なのに、なぜかな?
 
 奴だから?
 
 ラグナスは、おいおい、と自分を笑って歩を進めた。
 まあ、この辺って同年代っぽい男が少ないからな。
 …奴が何歳かは正直知らないけど。
 ラグナスはなんとなくシェゾと今までに組んだ戦いを思い出しながら歩いていた。
 
 ラグナスと分かれて歩み、もう二時間は過ぎたであろうか。
 シェゾは青空と緑の中を歩いていた。
 空の青は、頭の上から地平線まで、雲を含めて無限のグラデーションを彩る。
 地の緑にしても、森から草、露な地面と、多彩な色で目を優しく刺激する。
 意識せずとも、ただ歩くだけでこれだけの刺激が世界には溢れている。
 聴覚、嗅覚を併せれば、もはやその刺激は無限だ。
「……」
 シェゾは立ち止まり、一つ大きく深呼吸した。
 耳を澄ます。
 はるか上空で舞う小鳥のさえずり。
 地面を走る風の音。
 遠い森からは、小さく獣の遠吠えが聞こえた。
 
 …昔を思い出すな。
 
 今が熟したなどとは思わないが、今よりは青い頃を思い出す。
 やたらと相手につっかかっていたあの頃を。
 考えてみれば、今回の仕事はその頃にやっていた事に近いかも知れない。
 強い奴らに近づき、技を覚え、その力でそいつらを倒す。
 まあ、違う点と言えば、これから接触しようと言う奴らには、どう考えても学ぶようなところは無いと言うところか。
 
 半日後。
 日が傾き、太陽はややオレンジ色に揺らめいていた。
 ラグナスは、昼食を取った時以外、ほぼ歩き通しの末に小さな宿場町に辿り着いた。普通なら、次の日に到着する様な距離にある町だ。
 それは、素直に街道だけを歩くのではなく、わき道や獣道を駆使した末の結果だが、通った事の無い道を進んだ上でのこの結果は正しく賞賛に値する。
「…ふう、流石に疲れたぜ」
 普通はそれでは済まないが、彼はそう呟くだけでそれを終わらせた。
 町の中央に噴水広場があった。大きな通りには露店が並び、旅の者や町の人々が賑々しく歩いている。実に典型的な宿場町だ。
 ラグナスは近くのベンチに腰を下ろし、足を軽くマッサージした。
 ふと、近くでガチャリとガラスの触れ合う音がした。
「…あの、サンドイッチ、いかがですか?」
 ラグナスは顔を上げた。
 彼の少し前には、まだ年端も行かない少女が立っていた。ややくたびれたバスケットからファットなオープンサンドイッチを取り出して、彼女なりのアピールをしている。
 足元には、重そうなナップサックが置いてある。さっきの音はこれらしい。
「具は?」
「あ、はい。えと、レタスと焼肉、それと卵です」
 いかにも旅人向けの内容だ。
 見た目のごつさと、肉と言うストレートな食材が食欲を強引に引き出す。それ一つで、バゲットの半分近い大きさだ。
「二つくれ」
 ラグナスは食欲が求めるままに注文する。
「はい、ありがとうございます!」
 少女はいそいそとサンドイッチを取り出した。
「…あの、それと…」
「飲み物はないか?」
 予見したかの様なラグナスの科白。
「は、はい。レモン水と、紅茶、ボジョレーですが赤ワインがあります」
「レモン水」
「はい!」
 ベンチの横に、重量たっぷりのサンドイッチとビンが並んだ。
「ありがとうございました!」
 料金を受け取った少女は嬉しそうに言った。
「君はこの町に詳しいか?」
「はい? え、ええ。多分…」
「宿を探している。知っている所はないか?」
 その言葉を聞いて、少女はまた顔をほころばせる。
「あ、あの、私、いい宿を知ってます。よろしければ…」
「そうか。用を足してから行かせてもらうよ。教えてくれ」
「はい!」
 少女は、取り出した紙に簡単な地図を書くと、ラグナスに渡す。
「あの、いい宿ですから、お勧めです。では」
 少女は、飲み物の入った思いナップサックを背負うと、お辞儀して去って行った。
 少女の体には大きい荷物だが、慣れているのかあっと言う間に人の波に消えた。
「……」
 平和だ…。
 広い通りを、焼きたてのバゲットを持って走る子供と、それを追いかける母親。
 大きな声で果物を叩き売りする行商人。
 通りの向こうにはオルガン奏者と、マリオネットを操っている大道芸人がいて、そのやや調子の外れた曲と踊りに子供が群がっている。
 その隣ではクレープを求める女の子の列が出来ていた。
 ラグナスは、こう言う平和な光景に弱い。ついつい、それに見入ってしまう。
「おっと。メシメシ」
 紙包みのサンドイッチはまだ温かかった。焼肉の汁で少し濡れたそれは、余計にサンドイッチの魅力を強調する。
 包みを開けると、焼いた事でより強くなった焼肉のタレの匂いが自己主張たっぷりに迫ってきた。タレ自体と、それに含まれる香辛料とゴマらしき攻撃的なほどに美味そうな香りもたまらない。そして、どうやら肉はラムらしい。分厚く切られたそれと網状の焼き目。独特の匂いが鼻腔をくすぐる。
 更に、同じく焼いて数時間もたっていないらしきバゲットのあっさりした麦の香ばしい香りと相まって、それは必要以上に食欲を刺激した。
 そして緑のレタスと、ゆで卵の白と黄色が更に色彩で視覚を攻撃する。
 もう十分だった。
「…なんか、すげえ美味そうだな」
 ラグナスは歩き詰の後の疲れた体と言う事もあり、よだれが溢れそうになる。
 彼はそれをあんぐりと頬張る。
「…んむ!」
 そして、最後に襲ってきた味覚は彼を裏切らなかった。いや、期待を越えていた。
 食事全般、がっついて食べる様な真似を普段はしない彼だが、今ばかりは育ち盛りの子供張りに食った。正に、『食う』と言う表現がピッタリだった。
 やや濃い味のラム肉と、バゲットのスッキリした麦の味の二重奏。それは口に入ると否応無しに、もっと喰えと脳を支配する。自分の口がこんなに大きく開くとは思わなかった。
 二つでもうバゲット一つ分なのに、もう一つ買っても良かった、と思った程だ。
 残った理性がかろうじて見た目のマナーを守らせていたが、それでも傍から見てもよだれが出そうになる様な豪快な食べ方で、彼は食事を続けた。
「…ふう。美味かった。腹減っていただけじゃないよな…」
 ラグナスは、最後にレモン水で喉を潤して食事を終える。
 それは、食事開始からわずか11分後の事であった。
 少し遠くで、じーっと自分を見ている子供が居た。
「……」
 ラグナスは、ちょっと恥ずかしくなって空を仰ぎながらレモン水を飲む。
 笑ってしまいそうな平和な一時。
 彼は幸せそうに空を眺めた。
 
 


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