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魔導物語 The Harvest home 第六話



  Restless every day
 
 ルーンはその後一週間ほど足止めを食らう事となる。
 別にルーンに嫌疑が掛かったとか、そういう訳ではない。
 支部教会の頭脳たる司教が危篤に近い状態となり、今後の行動が一時白紙状態になってしまったからだ。
 
 似非勇者襲撃の翌日。
 襲撃により瓦礫の山と化した住居区と本堂の一部は早速修繕作業、と言うか建て直しが始まり、ルーンは離れの無傷だった建物に移された。
 教会の一角では、昨日の襲撃で命を落とした人々の葬儀が行われている。
 犠牲者には、教会の人間の他、一般人も含まれていた。
 一部の遺体は損傷が激しく死者の数を出すのに手間取ったが、名簿や身内の確認で何とか死者の数が一致する。
 襲撃から撤退までの時間は僅か五分程度だったにも関わらず、教会は建物の四割を破壊され、死者は教会関係者のみならず一般人を巻き込んで三十名を超えた。
 死者に対して負傷者は五名と少なかったが、それは惨状を見て気を失った者を含めた数を合わせてのものとなる。
 似非勇者に出会った者は、司教のアーンを除いて残らず死んだのだ。
 中央から見初められた司教が、彼の者により重傷を負った。
 支部、センターの動揺は察して余りある。
 
 午後。
 別室でぼーっと外を見ていたルーンに、お茶が運ばれてきた。
 運んできたのは、昨日もお茶を出してくれた老給仕。
「これはどうも」
 老給仕はお茶を置くと、少しだけためらってから語りかけた。
「…あなたは、アーンを救ってくださるの?」
 ルーンの背の半分ほどしかない老給仕は、ルーンを見上げながらゆっくりと質問を投げかけてきた。
「さて、どうでしょう?」
 ルーンはソファーに座り、それでやっと目線が同じになってから、ぼそりと応える。
「…私はフリュム。アーンとはおむつをしていた頃からの幼なじみなの」
「おや、そう言う間柄でしたか。小さい頃から堅物でしたか?」
「…どうだったかしら? 六十年以上前の話だもの…」
「またまた、昨日の事みたいに覚えているんでしょう?」
 ルーンは笑って言う。
「ふふ…そうね、確かにそうだわ…」
 フリュムもしわくちゃの顔をほころばせて笑う。
「私、一度した約束は守るんですよ。闇の魔導士なんてやってますがね」
「そう…。お願い。あの人を、助けてあげて…」
 フリュムは悲しそうに願う。
「私に出来る事は、私に出来る事だけです。アーンが、それで良しとしてくれればいいのですがね」
「なら…きっと、満足してくれるわ」
 フリュムは間違いない、と言う風に満足げな顔で言った。
「悲しくはないのですか?」
「…後悔はしていないでしょう、あの人は…。全ては、思し召しのままだわ…」
「思し召し、ですか」
 ルーンはふぅ、と息を吐くと窓の外を見る。
 アーンは未だ予断を許さない容態であった。
 
 二日後。
「ルーンよ…」
 疲労困憊といった顔でやって来たのはスラーインとアーナルである。
「おやおや、今にも死にそうな顔ですよ?」
 ナイトとしての地位こそ本隊長ではないが、教会本来としての役割は、実は司教に次ぐ地位にある男だ。
 ここ数日の疲労は計り知れない。
「…今死ぬ訳にはいかん。それより、今後の事がほぼ決まった」
「ほう。で? まさか私、お払い箱ってのは無しですよ」
「いや、逆だ。正式にセンターの元老院より通達が来た。速やかに、罪人を葬れとな。初めて見たよ。元老院の直筆の書など…」
 スラーインは恐れ多い、とばかりに書簡をルーンに渡す。
 ルーンざっとそれに目を通す。
「罪人、ですか」
「当然だろう」
「身から出た錆ですけどね」
「……」
 スラーイン、そしてアーナルは返す言葉がなかった。
「で、あの子の容態は?」
「あの子?」
「あ、司教の事ですよ」
「…お前…小馬鹿にするにも程が…。まぁ、今は目を瞑ろう。正直に言えば、危険だ…。どうも、司教はお前が似非の勇者に…そうだ、その者の名前をまだ伝えてなかったな」
「ああ、そう言えばそうですね。まだ弱いですが…そうも言っていられない状態ですしねぇ。覚えてあげましょう」
「…?」
 アーナルはその言葉が意味するものを理解出来ない。
 スラーインもそうだが、とりあえず話を続けた。
「その者、似非の光の勇者の名は、エグセルと言う。粛正された支部教会では一番の信仰心を持つ者で、武芸にも秀でた者だった。そこを、かの者達は狙ったのだ」
「成る程。熱心すぎてウソもホントも分からなくなっちゃっていたんですねぇ」
 ルーンがやれやれ、と鼻で笑う。
「…!」
 アーナルがいきなり鋭い顔でルーンを睨み付ける。
 スラーインは、言われても仕方ない、と半ば強引にアーナルを宥める。
「エグセル…成る程」
 そんな二人を後目に、ルーンはほんの少し真面目な顔でその名を脳に刻んでいた。
「司教はあの時、とにかくお前が来る前にご自分の手でなんとかしようと考えられ、勇敢に立ち向かわれたらしい。大変なお方だ…」
「……」
 皮肉の一つも言うかと思いきや、ルーンはこくりと頷いた。
 まだルーンとまともに話して数日だが、スラーインは彼がそうしてくれると心のどこかで思い始めていた。
「じゃ、私は行動を開始しますよ? これ以上あれを放っておけないでしょう」
「うむ…。私からも頼む。どうか、あいつを、エグセルを止めてくれ」
「止めてみせますよ」
 ルーンはそう言うと支度を始める。
「さて、アーナル?」
「…何だ」
「貴女の荷物は準備出来てますか? 二日や三日では終わりませんよ」
「言われる間でもない。お前こそ、せいぜいぬからない事だ」
「分かりました」
 ルーンはまるでアーナルの言葉に流される事もなく答える。
 起伏のないその言葉には、感情むき出しでいるアーナルの方が戸惑う程だ。
「アーナル…これは司教様からのご命令だ。決して『早まるな』、とな」
「…分かっています」
 いきなり剣を振り回すナイトである。スラーインはアーナルに釘を刺す。
 小一時間後。
 ルーンとアーナルは教会の裏口からこっそりと送り出される。
「半壊しているんだから、どこから出ても同じだと思いますがねぇ」
「そんな事を気にしなくてもよい。ルーンよ、頼んだぞ」
「ええ」
「アーナルよ。くれぐれもお前の役目、忘れるな。お前の行動は、教会の代表と言える行動なのだからな」
「はい」
「では、行きますか」
 闇の魔導士と、ルーキーのテンプルナイト。奇妙なデコボココンビはこうして旅を始める事となる。
「……」
 相も変わらずの仏頂面。
 だが、ルーンは特に気にする事もなく青空に向かって歩み始める。
「来週には帰るとしましょう」
 ルーンは林道でアーナルに言う。
「一週間で片をつけるとでも言うのか?」
「だって、Harvest homeがはじまっちゃいますよ。楽しみにしているんですから」
 ルーンは笑う。
 まるで子供の様に。
 空は青く、雲は白い。
 収穫祭はもうすぐなのだ。
 
 
 

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