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魔導物語 The Harvest home 第五話



  Troubled every day
 
「報酬だが、まずベエグセル金貨を三百枚用意する」
「ほう」
 ベエグセル金貨とは中央都市で最も価値の高い金貨であり、その価値は地方の金貨と比べても優に十倍近い。ベエグセル金貨が一枚あれば、高級な宿でも一ヵ月は余裕で過ごせるだろう。
「そして…これはお前にとって魅力があるかどうかは分からないが、センター教会の…書庫の通行許可書、を発行する。これはセンター直属の他支部でも使える」
「ほうほう」
 これにはルーンも本気で感心した。
「…そっちの方が興味があったか」
 流石に声の起伏を感じ取ったスラーインが意外そうに問う。
「ええ、私、これでも読書家でしてね。ここの蔵書数は相当のものだと聞きますから、このご褒美は嬉しいですよ」
 事実、教会の書庫はあらゆる書物の保存も目的としており、一般には発禁となった書物もほぼ例外なく保管されている。
 闇魔導に関しては偏見たっぷりな記述の本が多いのも事実だが、資料的には間違っていないために読んで誤った知識を得る事はない。
「そうか…。そして、もう一つ」
「随分奮発しますねぇ」
「それだけ、是が非でも受けて貰いたかったのだ。もう一つは…その、何だ…つまり…お前の処遇だが…条件付きで…どこか好きな支部の…」
「それは熨斗付けてお返しします」
 ルーンはすっぱりと言い切る。
「…だろうな」
「報酬は二つでけっこう。後、その間、少々の我が儘やお願いくらい聞いてくれるんでしょうね?」
「バックアップは出来る限りの事をする。言いたくはないが、似非光の勇者を退治するまでは、我ら神聖魔導教会は全面的にお前に協力する事になるのだ」
「結構」
 ルーンはにっこりと笑って一言言った。
 そしてスラーインも一言付け加える。
「そして、こちらの条件だが…」
「何です?」
 スラーインは言いにくそうに言う。
「…この者、アーナルを供に連れて行って貰いたいのだ」
「私、寝首かかれるのって好きじゃないんですが?」
「……」
 アーナルは憎々しげにルーンを睨む。
 それを見て、スラーインはますます顔を顰めた。
「それは、分かっている…。この者、問題はあると思っているだろうが…頼む、連れて行ってやってくれ。教会との連絡係としては勿論、他、雑用でもなんでも良い。おそらく、この者が今回の適任なのだ」
「…ふぅむ…」
 ルーンはさて、と顎をなでる。
「ま、いいでしょう。アーナルと言いましたね。どうぞよろしく」
 ルーンは小さく微笑んで言う。
 それに対して、アーナルは戸惑った。
 これが、ついさっき、命を狙おうとした者に対しての態度なのか、と。
 いや、もしかしたら自分が何をしようと、この闇魔導士にとって問題ではないと言う、さげすみの表れなのだろうか。
 アーナルはテンプルナイトとしての自分を頭から否定された気がして、ますますその瞳に怒りをあらわにする。
 だが、スラーインの言葉と、教会への忠誠心がそれをかろうじて押さえた。
「…よろしく」
 アーナルはごく事務的に挨拶を交わした。
 無愛想もここまで来れば芸と言えるだろう。
 スラーインはもう、怒ると言うより情けない、といった顔で力無く溜息をつくしか出来なかった。
「…ルーン、よろしく、頼む」
「あなたも大変ですねぇ」
 スラーインはやはり、苦い顔をするしか出来なかった。
「ところで今、目的が何処にいるかぐらい分かっているんですよね?」
「…半月前までの軌跡なら、な」
「半月前、ですか」
 ルーンは、以後は自由にやらせて貰う、と言葉を残し、コブつきで教会を後にする事になる。
「制限はしない。だが、連絡だけは取ってくれ。アーナルに言ってくれれば、その者が一番近い連絡所から情報を送る。無論、聞きたい情報がある時も同じようにしてくれ」
「ええ、承知…」
 ルーンはそこまで言ってふと、声を止めた。
「どうした?」
 スラーインが問う。
「気付きませんか?」
「何?」
 スラーインが、はて? と周囲を見回したのと、轟音は同時だった。
 ゴォン、と空気を押しつぶす様な爆音が鼓膜を殴りつける。
 重々しい爆発音が連続で鳴り響き、部屋のガラスが割れた。
 壁、柱もぐらりと揺らぎ、天井もみしみしと音を立てる。
 続けて、悲鳴と叫び声。
 部屋の壁を飾る豪華な装飾、絵画が遠慮無く床に落ち、芸術品の一生を敢えなく終わらせた。
「な、何事!」
 スラーイン、アーナル、廊下のテンプルナイトは例外なく尻餅をつき、全ての感覚を状況把握に費やしている。
「ルーン、何を感じた…」
 スラーインが、ルーンが居た筈の場所を見る。
 だが、そこは既にただの空間だった。
 
 部屋から少し離れた場所。
 そこは司教の部屋の近く。
「ほう、威力だけなら相当なものですねぇ」
 ルーンはまるでドラゴンにでも踏みつけられた様な惨状の廊下を見て言う。
 天井にはあちこちに穴が開き、壁、床、扉のどれを見てもついさっきまでの平和な空間を連想させる状態の物は無い。
 そして、それを決定づけるのは廊下のあちこちに倒れた人々の骸。
 少し歩くと、廊下に穴が開いていた。
 どうやらここから『何か』が進入した様だ。
 この辺りになると建造物は無論、周囲の死体もまともな物がない。
「容赦ないですねぇ」
『この力…言うなれば燃焼材が多すぎて不完全燃焼を起こしている、と言う感じか。
「持て余しているのでしょう。魔導士見習いに竜の角煎じて飲ませるようなもんです。すごい勢いで鼻血吹きますからねぇ」
 ルーンは力のノイズが荒々しく残る方向に進む。
 近づく毎に、周囲の状況は地獄絵図と呼ぶに相応しくなっていた。
「もうちょっと、きれいに殺しましょうよ。どうせ殺すなら…」
 ルーンは少々観点の違う考えを呟きつつ、ずんずんと地獄を進む。
 周囲には、逃げようとした者、戦おうとしたナイト達が平等に死を与えられていた。
 そして、程なくして力の波動がライブで感じられる場所に来る。
 そこは、司教の部屋。
「……」
 ルーンはほんの僅かだが、眉をひそめる。
『居るぞ。
「ええ」
 ルーンはドアだった残骸を邪魔っけに蹴り倒して部屋に入る。
「…だ…れ…だ…」
 かくして、そこに居たのは標的。
「おやおや、随分変わりましたね。光の勇者様」
 血にまみれた鎧。
 そして血糊がまとわりつく剣。
 そして、返り血なのか、それとも瞳自体が赤いのか分からないくらいに赤く染まった顔の何と凄惨な事か。
「…ルーン…。ルーン・ロード…か…」
「はい」
 それが、戦闘の合図。
 次の瞬間、赤い疾風の如く勇者は突進する。
「む」
 ルーンはここで始めて瞳を細めた。
 ぎぃん、と剣と剣が歯を合わせて静止した。
「…これは…なかなか…」
 ほんの僅か、闇の剣が押された。
 ルーンの瞳が僅かながら本気の光を放ち始める。
「ルーン…殺す…」
 尚も剣は進む。
 何という事か。
 ルーンが鍔迫り合いで押されるとは。
「む」
 ルーンが腕の力を抜き、悲鳴を上げていた剣をいなす。
 渾身の力で押していた勇者が体ごとぐん、とつんのめるが、素晴らしい速さで体勢を立て直し、あまつさえその反動を攻撃に転換する。
 すり抜けた体が反転し、剣が真横に振られた。
 その剣筋はルーンの脇腹を狙う。
 が、その剣は空を斬る。
 ルーンは切っ先から数センチ先に身を滑らせていた。
「ほう、前より素早い…」
 振り向いた瞬間、勇者の体からゆらりと濁った気が沸き立つのが見えた。
「聖なる…光で…消滅…しろ…」
 切っ先がぴたりとルーンの額に合わせられる。
「させません」
 ルーンは闇の剣をぐん、と振り上げる。
 同時に、光の剣から眩い光線が放たれた。
 それは、光だけを見れば美しい白色。
 だが、その波動は禍々しく歪み、そして赤黒い気をまとわりつかせている。
 威力だけなら、言うまでもなく恐るべきもの。
 それをどうしようと言うのか。
 ルーンよ。
「ふっ!」
 息吹の様な気合いと共に闇の剣が振られた。
 時間にすれば光線が放たれたのと同時。
 普通なら間に合う筈がない距離と時間だ。
 光に、物理的な行動で対処するなど。
 だが、ルーンの剣は光の激流が己の体に到達する前にそれを捉えた。
 そしてその光は、剣に当たったその場から砂粒の様に崩壊し、無数の線香花火よろしく消えては消えてをひたすら繰り返す。
「…!」
 勇者は、コンマ1秒に満たないであろうその瞬間の事実に驚愕する。
 撃ち出した光は、次の瞬間には既に闇の剣に全て崩壊させられていた。
 それは、渾身の一撃だったのだ。
「私の番です」
 ルーンの瞳がぎん、と光る。
「…うぉおっ!」
 勇者は剣を床に突き刺し、周囲をぼん、と爆発させた。
「目くらまし!」
 ルーンは味なマネを、と口の端を緩めた。
 が。
「ん?」
『…逃げられたか。
「の、様ですね。おやおや、私がまかれるとは…」
 巻き起こした埃は目くらましとして無論だが、更に魔導力のノイズをチャフとしてばら撒いていた。
 この距離ですらルーンのサーチを狂わせるとは、狂っていても判断力は衰えていないらしい。
「まぁ、これは彼からの挨拶と思って受け取りましょう。次回、ご返杯をしなくては…」
 そこまで言って、ルーンはそう言えば、と周囲を見渡す。
「ここ、司祭の部屋ですよね?」
 周囲を見渡す。
 そこは、部屋というより廃材置き場と言った方が正しいだろう。
 スラーインとテンプルナイト達が、悲鳴みたいに司教の名を叫びながら部屋になだれ込んで来るのは、その次の瞬間だった。
 
 


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