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魔導物語 The Harvest home 第四話



  Pleasant every day
 
 時が止まっていた。
 スラーイン、司教、両脇のテンプルナイト。
 その場の視線は全て一人の男、ルーン・ロードに注がれている。
「……」
 誰も声を出せない。
 例え、何が間違っても聞く事など無いであろう科白が出たのだから。
「…大した男だ…」
 少しして、やっと司教が声を出した。
「…き、貴様! 無礼にも程が…!」
 それを皮切りにスラーインが目を剥き、テンプルナイトが掲げていた槍を構える。
 だが、司教は手を挙げて待て、と押さえる。
 三人は潮が引いたみたいに押し黙った。
 それにより助かったのはルーンではない事は、ルーンだけが知っている。
「…そうだな、先程の廊下での一件、まずは詫びねばなるまいて。無礼を、許していただきたい。私はアーン。この支部教会の司教を勤めている」
「…!」
 その言葉に三人が泡を食う。
 だが、ルーンは実に満足そうに、やっと本当に微笑んだ。
「流石は司教。こういう場所でも、ちゃんとそう言う人に成長してくれていて良かった。私はルーン・ロード。闇の魔導士です。では、お話を聞きましょう」
「……」
 三人はもう、話の輪に入る隙など与えられる事はなかった。
「大筋の話は、スラーインに聞いておろう。要は、その続きじゃ」
「ああ、あの男の事ですか。と、言う事は、何ですか? まだ始末がついてないと?」
 その質問に顔を歪めるのはスラーイン。
「そう。今もあの者は暴れておる。最早、人としての心は持ってまいて」
「難儀ですねぇ。で?」
「改めて、お主に頼みたい。ルーン・ロードよ。その者を、止めてもらいたい。方法は…問わぬ」
 沈黙が時を流れる、と思いきや。
「承知しましょう」
 流れる様な即答。
 三人が、特にスラーインがまたも息を呑む。
 彼が二つ返事で引き受ける等とは、それこそ夢にも思わなかったのだ。
 従順な信者たるスラーインすらも、司教の力を持ってしてもルーンが素直になる等とは思っていなかった。
 実際、先程のルーンの暴言からしてそれを確信していた。
 今回の事に関しては、教会の予算を度外視してでも報酬を約束するか、本人が望むかどうかはともかくとして、ルーンの神聖魔導教会としての扱いを考え直す事等も考えていた。
 闇の魔導士の扱いを再考する。これは、教会側にとっては正に奇跡的な扱いだ。
 言ってしまえば、悪魔を悪魔じゃないと言うかも知れなくなるのだから。
 それほど、今回の事件は重大なのだ。
 光の勇者の偽者を生み出し、今以て放置している。
 それが神聖魔導教会にとってどれだけ恥かは、そこらの一般人ですら心境を穏やかにしていられない一大事なのだ。
 だが、彼はまさに二つ返事で依頼を受ける。
 これは、司教のお力…なのか?
 スラーインは正直そうは思えなかった。
 そして、そう思った自分を信心が足りぬ、と一人恥じる。
「では、ルーン。詳しい話は別室で聞いて欲しい。報酬や条件に関しても一緒にそこで聞いてくれ」
「分かりました。では、後ほど」
 と、ルーンは一度振り返ってから、そうそう、と顔を戻した。
「お近づきの印に、これ、あげましょう」
 ルーンは、警戒する三人も無視して無造作に司教の机に近づくと、袂から小さな細工物を取り出す。
「ほう、これは…」
 それは、小さな馬をかたどった木製のおもちゃ。
 司教はそれを見て微笑み、そしてふと考えると皺だらけの顔を、更に子供の様に破顔させて喜んだ。
 その顔はまるで、年端もいかない子供の様だった。
 誰も見た事のない、彼の本当の微笑みだった。
 
 ルーンは、速やかに別室に移された。
 入り口こそ、見張りとばかりに二人のナイトが守っていたが、実際は見張りと言う程でも無さそうだ。ルーンを見張るため、と言うより、教会内の人間に安心感を与える為の形式的なものらしい。
 若い二人は、それなにり自分達程度で闇の者をどうにか出来るなど思っていないらしく、むしろ見ようと思っても見る事など出来はしない闇の魔導士を見られた事に、内心喜んですら居た。
 無論それを口に出したら大目玉だろうが。
 さて、彼が通されたその部屋は広めの客間だった。
 ルーンはゆったりしたソファーに腰を下ろし、外に消えたスラーインを見送ると一息つく事にする。
 ふかふかのソファーなどは暫く座っていない。
 座り心地がいい様なわるい様な妙な感触に、ルーンは一体これは良いソファーなのかどちらかと思ってはて? と考えた。
 生活環境には普段、至って無関心な彼だ。己のフィーリングにさえ合えば、革張りのソファーよりも丸太を切っただけの椅子を選ぶ事すらある。
 と、彼の元に茶が運ばれてきた。
 給仕は年を重ねた老婦人であり、含蓄のありそうなその瞳はなかなかに読めない表情でルーンを見る。
「わざわざどうも」
 ルーンが意外に人なつっこい笑顔で礼を言うと、皺に埋もれた瞳で成る程、と言う顔をする。
 ぺこりとお辞儀をすると、給仕の老婦人は部屋から出ていった。
 そして、スラーインが再び現れる。
 更にもう一人。
「おや」
 ルーンは楽しそうににやりとする。
 もう一人現れた人物。
 それは、先程ルーンに突っかかってきた女性テンプルナイトだった。
「……」
 テンプルナイトはなかなか入り口から中に入ろうとしない。
 スラーインが、ややいらついた様子で入れ、と促すとようやく歩き出した。
 スラーインがルーンの対面に座り、テンプルナイトはそのやや斜め後方に立つ。
「で? 詳しくお話を聞きましょうか」
 ルーンは楽しそうに言う。
 そんな声に、テンプルナイトは妙にはっきりとした嫌悪感を顔に出していた。
 スラーインはそんなテンプルナイトに溜息をつきながらも、事の次第を話し始める。
「…ここでの会話は、一切他言無用で頼む」
「それも、契約の内ですか」
 そうだ、と念を押す様に頷く。
 話が始まると分かり、テンプルナイトは表情を強張らせる。
「事の起こりは…」
 
 事の起こりは、九年近く前に遡る。
 ある神聖魔導教会支部は、近年稀に見る不祥事に次ぐ不祥事に見舞われ(と言うか悪事が露呈し)、街の人々からの信頼は勿論、センターからすらも非難されていた。
 神聖魔導教会とは、同じ組織でありつつも支部はほぼ独立していると言って良い。
 言わば支部とは中央の審査を受けて神聖魔導教会を名乗るに値すると認められた団体に対する、ただの貸し名義なのである。
 センター直轄の正式な支部の場合は、支部と言わずに正式に与えられた称号でそれぞれ独自の名称を持つ。
 無論、そう言った場所は大陸を見回しても数える程しか存在しないし、支部を名乗る覚悟がある団体なら普通は身を粉にしてセンターや神に仕え、あまつさえ殉教の覚悟すらある者ばかりである。
 正式な支部も、申告してきた団体に対して支部の名称を与える権限を一応持っている。
 性質上、センターから離れる程どうしても粗悪な支部が多くなるのは、人間がそれを営む以上どうにもならない事だろう。
 ちなみにルーンが呼ばれた支部は、数少ないセンター直轄の正式な支部であり、その名をムルダットと言う。
 
 さて、センターはその不祥事を起こした支部に対して、最も重い処分となる取り潰し、追放、首謀者の宗教裁判も視野に入れた処分を検討しており、対して支部は飯の食いぶちと私腹を守る為に色々と必死になっていた。
 聖教会の支部は期せずして色々もうかる部分を持つのだ。
 お互いの懸命になる部分がセンターと支部ではまるで見当が違い、かつ誤った思考で動くその様は、哀れを通り越してこっけいであった。
 問題の支部には一人、魔導に関して特に秀でた者がいた。
 その者が提案する。
 センターすら口出し出来ない者を用意すればいい。そうすれば、救世主の出現にどういう形であれ携わった我々は助かる、むしろ権限が強くなる、と。
 その者が提案したのは、大胆にも神聖魔導教会にとっての絶対的救世主たる存在、光の勇者の降臨である。
 光の勇者の降臨は、居るだの見ているだのと口で言うだけの神の存在と違い、実際に歴史上に現れている確かな事実である。
 それだけに光の勇者が現れた年代に存在する教会はミレニアムの訪れの如き活気に湧き、実際相当の活動が行われる。
 魔物の大々的な討伐から聖戦、犯罪者への恩赦までそれは様々。
 歴史書を見れば光の勇者の降臨がいかに大切なイベントであるのかは察して余りある。
 余談だが、後の闇魔導士たるシェゾと同時代を同じ次元で過ごすラグナスがこの次元に存在するにもかかわらず、その様なお祭り騒ぎが起きないのは他でもなく、当の本人たるラグナスがそれを嫌って、教会から身を隠しているからに他ならない。
 これは他の時代における光の勇者でもほぼ共通している行動であり、神聖魔導教会がめったに光の勇者と対面出来ないのは、元より次元を移動しつつ行動している事に加えて、自らその身を彼らの前に晒す事を好まないからである。
 光の勇者の為に存在すると言っても過言ではない神聖魔導教会が、最も光の勇者に『嫌われている』存在だと言う事実は、本人達が知る由もないだけに皮肉な事である。
 
 そして、その支部は大胆極まりない行動を実行に移す。
 元よりタブーをタブーと思わぬ連中であっただけに勇者の選出にもその改造にも躊躇はなく、連中は早速支部の中から能力、品行の優秀な青年を選ぶ。
 そしてありとあらゆる禁断の術、魔法付与物質を使い、果ては記憶の操作までを行い、似非の光の勇者を完成させた。
 当初は、目覚めた光の勇者がその支部より現れたと言う事で支部は一転して安泰となったかに見えた。
 勇者の能力、行動、思考はどれも申し分のないものであり、センターは自分達の世代に現れた光の勇者を祝福し、大いに沸いた。
 
「だが、所詮は安物のメッキだ…。神の手により使わされる光の勇者が、人の手で生み出せる筈が無いのだ」
 がっくりと肩を落として呟くスラーイン。
「だんだん、『こわれて』いった訳ですね?」
「そうだ…」
「面白い事をした同胞の支部は?」
 ルーンの皮肉めいた問いに、スラーインは怒りより己への情けなさを感じた。
「…粛正した」
「成る程」
 粛正の意味は色々あるが、この場合は考える間でもない。
「そして、センター直々に恥ずべき存在である似非光の勇者を止める事となった。だが、奴ら、一体どう言う禁断の術を使ったのやら、テンプルナイト一個師団でもまるで歯が立たなかった」
「ま、一応強かったですからねぇ」
 あの時の剣裁きをルーンは思い返す。
「そして、あまつさえ、テンプルナイトの力を『奪って』より強力な存在となり、尚敵味方の区別無く破壊を繰り返す様になっていった…」
「で、今も暴れ続けている、と」
「二年ほど前、お前が奴と戦ったのは分かっている。だが、あの時の強さは過去のもの。多分、次にあったならもう…」
 スラーインは深くため息を付く。
「あの時私が知っていたのは、同士たる者達への為の、一応建前上の暴走の理由だったという訳ですね。成る程、教会内部の為のブラフでは、私も分からなかった訳だ」
 納得するルーン。
 そして。
「ルーン、これは本心で言う」
 ルーンは元より真面目な顔が更に真面目になるのを見て、なんですか? と笑う。
「頼む。負けないでくれ…。我らにとって、お前が最後の頼りなのだ…」
「…!」
 女が目を剥いて驚愕する。
 今、スラーインの口から出た言葉が信じられなかったのだ。
 神聖魔導教会が、闇の魔導士に頼み事をするばかりか、懇願するなどとは。
 ルーンはそれを聞いてほんのちょっとだけ真面目顔になる。
「スラーイン。私、これでも約束は守る男なんですよ」
 その言葉は、心ならずもスラーインの不安を和らげる事となった。
 自分の名を呼ばれた事にも嫌悪は無かった。
 何故、天敵である筈の男の言葉だと言うのに落ち着けるのだろう。
 言霊。
 その力には善も悪もない事を、彼が身を以て知った瞬間であった。
 
 


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