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魔導物語 The Harvest home 第三話



  Splendid every day
 
 時はそれから約二年の歳月を数える。
 季節はこの地域でも有名な収穫祭の時期となり、街の中央広場には大きな舞台を組む為の基礎となるやぐらが組まれ始めていた。
 街は収穫祭に向けて盛り上がる一方だ。
「収穫祭、いいですねぇ。あと二週間でしたか」
 とある、宿を兼ねた喫茶店。
 そのオープンカフェのテーブルに座ったルーンは、ランチを運んできた少々そばかす顔のウェイトレスに、にっこりと微笑みながら言った。
「あ、は…はい! 私も楽しみです!」
 金髪のお下げを二本付けた少女は、彼の甘い微笑みにカチカチになりながら応える。
「そうそう、バジルサラダを追加してください」
「は、はい! 味付けはいつものように抑えめですね!」
 ええ、とルーンはもう一度微笑む。
 ウェイトレスは嬉しそうに店内へ戻っていった。
 
 暫くの後、ルーンは仮住まいへと帰路の道を歩いていた。
 すっかりなじみとなった道である。
 だから、ちょっとした変化も分かる。
 『それ』はあまりにも異質だったから。
 彼にとっては。
「ご用ですか?」
 ルーンはふと立ち止まり、森に向かって問う。
 僅かな時の停滞。
 そして、返答が木々の間から返ってきた。
「…是非、一緒に来てもらいたい」
「聞き覚えのある声ですね?」
 ルーンは言い聞かせる様な声で言った。
 がさり、と茂みが動き、そこから出てきた男が一人。
 茂みから出て来るにはあまりにも不釣り合いなその豪華な衣装。
 その姿には、見覚えがあった。
「お久しぶりですね」
「……」
 男は、会いたくなどなかったと言わんばかりのオーラを吹き出している。
「ははは、そんな気を吹き出していては、それこそ『負』に取り憑かれますよ?」
「!…」
 男は、そう言われてようやく口を開く。
「単刀直入に言おう」
「それは助かります」
「…力を、貸してもらいたい。誰にも知られず、速やかに…」
 神聖魔導教会が、宿敵たる筈の闇の男に協力を乞う。
 それはルーンの気まぐれを刺激するに充分な効果があった。
「聞きましょうか」
 
 場所は一つ離れた都市へと移る。
 ここには神聖魔導教会の大きめの支部があり、幾つかの街道を繋ぐ場所でもある為にそこは支部と言うより、地方の一拠点とされていた。
 男とルーンは、その建物の裏から入る。
 ルーンは客を裏口から入れるのかと皮肉っぽく言ったが、男は本当の要人はこうして招くものだ、とそれっぽいいい訳をした。
 ルーンはこれから司教の部屋へ招かれるらしい。
 途中で出会った教会の人達は、既に全て先刻承知らしかった。
 ルーンを見る目は、哀れみからさげすみ、興味から無関心まで実に様々。
 そして全てに共通しているのは、瞳の根底にある恐れの感情。
 何故こういう組織の人間って言うのは、スタンプを押したみたいに同じ様な反応ばかりなんでしょうねぇ?
『知らぬ。
 素っ気無い事この上ない返答。
 ルーンと闇の剣は、教会の中で二人だけの会話をぼそりと話していた。
 その時。
 ルーンがぴたりと歩を止めた。
「どうした。司教様の部屋は先…」
 男が振り返り、同時に目を見開く。
 ルーンの背中越しに、若い女のテンプルナイトが見えた。
 そして、その手には細身の剣。
「…何をしている! 教会内で剣を抜くなど…!」
 男が慌てて一喝する。だが、テンプルナイトはへっぴり腰で剣を構えたまま、上司の命令を無視し続けた。
「た、隊長のご命令と言えど、聞けません! 闇の者をこの聖なる場所に踏み入れさせるなど…正気の沙汰ではありません!」
 ルーンは背中に感じる稚拙な殺気がくすぐったくて笑いそうだった。
 くるり、と振り向くとその顔を見る。
 清楚な顔立ちの女性。年齢は二十歳そこそこだろう。
 ルーンと目が合う。
 テンプルナイトは、びくりとして足をすくませた。まるで大人に睨まれた子供だ。
 ルーンはやれやれ、と肩をすくめた。
 ふむ、真新しい鎧…。そして、この情けない行動を見ると…テンプルナイトに成り立てのルーキーと言うところでしょうか?
『どうでも良い。
 闇の剣が、雑魚になど万分の一も興味を覚える筈がない。
「剣を下ろしなさい!」
 男が怒鳴る。
 だが、それは暴発の引き金となるに過ぎなかった。
「うわああっ!」
 テンプルナイトが気が触れたみたいに突進する。
 ルーンはちょっと遊ぶ事にする。
 ぶん、と優雅に剣が迫る。いかにもマニュアル通りの剣筋。
 当のテンプルナイトとしては、それは自身の最高の技。
 その名の通り、一撃必殺のつもりだった。
 だが。
 壁にぶち当てたみたいに剣が止まる。同時に、腕がひねられたみたいな痛みを発した。
「!?」
 彼女はぎょっとして、焦点の定まらなかった目を剣先に合わせた。
 そして、欠片ばかりの肝をつぶす。
 まだ刃こぼれ一つないその美しい剣先。
 そこにあったのは、ルーンの手。
 否、ルーンの指二本。
 ルーンは、人差し指と中指二本で、大人が振り回した剣をあっさりと反動もなく止めてしまったのだ。
「危ないですねぇ。ケガでもしたらどうしますか?」
 ルーンは子供をあやすみたいに言うと、その切っ先を飴みたいにぱきん、と折った。
 多少なりとも神聖魔導儀式付与された剣が、折れた。
「…!!」
 途端に剣は重力を持ち、彼女は無様に転ぶ。
「…だ、誰か! この者を連れて行きなさい!」
 男がそこまできてやっと声を出す。
 その声には怒りと恥がパイ生地みたいに折り重なっている。
 大柄なテンプルナイトが二人すっ飛んで来て、慌ててルーキーを両脇で抱えて通りの向こうに消える。
 立ち上がる気力も何か言う気力も失せ、顔面蒼白になっていた彼女は、まるで人形みたいだった。
 床に残った剣も、誰かがそそくさとやって来て拾い上げ、どこかへ持って消えていく。
 鎧の音が消えた頃、周りの者達も足早にその場を去り始めた。
 心の奥底にあった恐怖が、泉の如く吹き出したのだろう。
 男は顔を真っ赤にして軽率な行いをした女に怒り、そして恥じていた。
 対極たる男の前でのこの失態である。
 立場がない、正にそんな顔だ。
「…済まぬ…。無礼を…働いてしまった」
「まぁまぁ、若いのですから、許してあげましょう」
「…それは…こちらで決める」
 男は絞り出したみたいな声で応えると、再び歩き始めた。
 無用に装飾された廊下を歩き、ひときわ絢爛豪華に飾られたドアの前に二人は立つ。
「司教様。スラーイン、参りました」
 ルーンはここで初めて男の名を知った。
 扉が開けられ、中に見えるは巨大な机に鎮座する老人と、今扉を開けた屈強なナイトが二人。
 ここは、正真正銘この神聖魔導教会の中心だ。
 スラーインは、神聖魔導教会にその名を連ねてもう三十年を数える。
 だが、それでも未だに司教の部屋に足を踏み入れるのは緊張を伴う。
 ここは、ある意味彼らにとって聖域。
 教会内部は無論、一般の民など部屋を見る事すら出来ない場所。
 スラーインは小さい声で、間違っても無礼を働くな、と釘を差す。
 彼に向かってこう言い切るのだから、この部屋の意味がどれ程重いか分かるだろう。
 が、ルーンは、その緊張を感じ、微かに唇を緩ませるだけ。
 スラーインは眉をひそめつつも、視線を部屋の中に移す。
 そして、絨毯の上をそろりと歩き始めた。
「第二騎士団隊長、スラーイン戻りました」
「うむ…」
 部屋の中は机と本棚、壁のソファーとローテーブル以外には家具らしい家具はない。
 巨大な机とそれに並ぶ書類がいかにも執務室、と言う雰囲気を醸し出していた。
 そして、その机に鎮座する老人。
 彼こそがこの支部の頭脳、中心、シンボルたる者。
 司教だ。
 ややたるんだ皮膚の司教はしみだらけの顔と皺に埋もれた目でちらり、とスラーインに視線を向けた。
 そして、その視線は速やかに移動し、彼の少し後ろですまし顔をしている男に照準を合わせる。
「…この者、か」
 ゆっくりとした語り。教会の者に言わせれば神の息吹に近いと言うその言葉は、それだけで大変な価値を持つという。
 無形の物に神の価値を持たせる事を好む理由。
 ルーンはそれを良く知っている。
「はい」
 スラーインは、その言葉をかけられるだけで、ルーンに恐れ多い事だぞ、とばかりに顔を向ける。
 そして同時に視線はあからさまに増えた。
 司教の両脇を固めるナイト二人も、その視線をルーンに釘付けにしたのだ。
 その鋭い視線の意味するものは、さげすみか、それとも恐れか。
 流石に不安定さを持たないその視線に、ルーンはほんの少しだけ感心する。
 先程の娘の例があるだけに、逆にこういう連中がいる事に何故か安堵すら覚えた。
「…名を、何と申す」
 司教は問う。無論名を知らぬ訳はない。形式的なものだ。
 その言葉は、たった一言の中に確かな厳格さと威厳を持っていた。
 そこらの小者など、縮み上がりそうな声。
 流石は支部を任される者、と言うところか。
 だが。
「無礼者が何を偉そうに言いますか」
 その返答は、このような場所では通常考えられない応えとなって返ってきた。
 スラーイン、二人のナイト。そして司教は一瞬言葉の意味を理解出来なくて思考を止めた。
 
 目の前にいる男。
 
 彼こそは、闇を住処とし、闇を友として生きる男。
 
 彼こそは、人、天使、そして同列と見なされる悪魔すら畏怖させる男。
 
 彼こそは、闇の魔導士。
 
 彼こそは、ルーン・ロードなのだ。
 
 
 

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