魔導物語 The Harvest home 第二話 Peaceful every day 何処に住んでいるの? と聞かれれば誰もが、さぁ? と答える。 悪い人? と聞かれれば誰もが、ちがうんじゃない? と答える。 そんな男がこの街に住み始めてから、八ヶ月程になった。 大きな街とは言え、彼は雑踏の中でも何故か目立つ。 只者とは思えないその風貌に最初は誰もが戸惑ったものだ。 だが、その雰囲気に反して男は実に気さくであり、その事実を証明するかの様に、まず子供達がその男に馴染んでいった。 たまに、公園に彼が現れると、まるで大道芸人でも来たかの様に子供達が集まる。 ベンチに座る男を囲んで子供達は早く早く、とせがむのが恒例行事となっていた。 そしてその男はそれに応え、はいはい、と言ってそれを始める。 懐から取り出すのは別に特殊なものではない。 それは所謂おもちゃだ。 木を削って作った動物だったり、ちょっとしたギミックのある遊び道具だったりと、大人から見れば傍目は何の事は無いものだ。 だが、少々の工夫がある。 彼の取り出すおもちゃには、普通は見られない仕掛けがあったり、うまい具合に新しい遊び方を思い起こさせる様な、そんな仕組み、ギミックがあるのだ。 これでは子供達が興味を引かない訳はないし、それを見ては大人達もまぁ、彼に悪意があると思える訳は無かった。 彼は別に定期的に来る訳でもなく、必ずおもちゃを持ってくる訳でもない。いっしょに遊ぼうと言ってもおもちゃで遊んでと言うだけだったり、あっさりと断ったりもする。 自らは決してその輪に入ろうとしない。 本当に気まぐれとしか言い様のない行動を繰り返す彼。 何時しか彼は、子供好きの変わり者ですっかり馴染んでいた。 『…主よ…。 「何ですか?」 『一体、お主は何を考えている…。 「いえ、特に何も」 『そんな訳があるか! 第一ここは… 「ええ、ここはそうですよ」 その会話は、ある建物の中で交わされていた。 ここ、とは所謂教会。 他の何処でもない。 正真正銘、教会の一室だった。 もっとも、正確には教会だった場所、と言う事になるだろう。 ここは街から外れており、数年前に街の中に新しい教会が出来てから使われていない。 今は、とりあえず建物の様子を見る為に月に一回関係者が見回る程度だ。 ルーンは、見回りの者に頼んでそこの一室を借してもらっていた。 それからここは彼の仮住まいとして存在する 『…まったく、子供におもちゃは作ってやるわ、我らを目の敵にしていると言っていい連中の家に住むわ、神経を疑う…。 「それも良いではないですか。闇と邪悪はまた別物、でしょう?」 『そう言えば、お主数十年前にも今と同じような事をしておったな。その時期も、人と普通に付き合うは、魔物退治を手伝うは…そうそう、あまつさえ、魔物に殺されかかっていたわっぱを進んで助けたりもしておった…。まったく…。 「なんかお喋りですねぇ? 珍しい事です」 『…お主に珍しいなどと言われたくないわ。お主が変わり者なのだ。あの時は半ば本気で気が触れたかと思ったぞ。最も、その少し後に… そう言いかけて、闇の剣はふっと静まる。 「そりゃ、やる時はやる人ですから。私は」 それきり、会話は途絶えた。 窓の外は静かに風が流れている。 今や、ここはすっかり彼の住まいだ。 最初の頃は定期的に見回りに来ていた教会の関係者も、ルーンがちょくちょく街に来て教会に顔を出すものだから、最近は見回りにも行かないようになってしまった。 多少、住みやすい様に改造はしているものの、外見的には美しくなるだけなので結局教会は、彼に無償で住まいを与えたも同じ扱いでいた。 一見した礼儀正しさは感心に値するので、彼が休日のミサに来ないのを不思議がる程である。 ルーンはいつもの様に昼頃目を覚まし、最近の日課となりつつある行動を開始する。 それは、街の図書館へ向かうこと。 この街は、その規模にしては大きな図書館を構えており、蔵書もなかなかの冊数と質を誇っていた。 彼がこの街に住む事を決めた理由の一端は、この図書館があるからでもあった。 図書館の受付にいつも通りの挨拶を交わし、目星をつけておいた本を拾うと、彼はほぼ専用席となった椅子に腰掛ける。 そしていつもの様に本を静かに読み始める。 そうそう知らない本がある訳ではないが、彼はこの古ぼけた建物で日に当たりながらのんびりと読書を繰り返すのが好きだ。 じじいか、主は? と闇の剣にぶつくさ言われたのは十回や二十回ではないが、それでもルーンはそれが好きだった。 いつもと違う事が起きたのはそれから少しの後。 彼の元へ、普段は見かけない服装の男がやって来た。 最初から目的は決まっていたらしい。 どこかの騎士団の正装らしき、ごてごてと飾りの付いた服を着込んだ男はルーンの座る机の前にまっすぐにやってきた。白が眩しい。 「…話を、したい」 ルーンは、扉を開ける前から百も承知、とばかりに興味なさげな瞳をちら、と上げると、蠅でも見たみたいにまた目を本におろす。 「私は、神聖魔導教会の者だ。そなたの正体も知っておる」 静かだが、威圧的な声。それは己の地位に対する自信か、傲慢か。それとも目の前の相手の正体に対する蔑み、それとも野卑であろうか。 「こうして私が出向いて来たのだ。顔を…」 男は、次の声が出せなかった。 目の前の男が何かした訳ではない。言われたとおり顔を上げたのだ。 にこやかに、実に素直に。 だが、白い男は瞳すら合わせていないと言うのに、その行為だけで来訪者は背筋に氷を埋め込まれたような気がした。 そして。 「無粋な人だ。…殺しますよ?」 にこやかに、静かに恐ろしい事を言う男である。 しかも彼の言動は毛頭冗談を含まないので、尚の事恐ろしい。 これがトドメとなり、今や、目の前の白い男には数秒前までの満ち足りた威厳は微塵もなくなっている。 今は来訪者は噴き出す汗を抑え、震える足を気付かれない様に立ちすくむのに全身全霊を傾ける必要があった。 「…言い方が…悪かった」 この一言を要するのに、彼は一分もかかってしまう。 それを待つルーンも気が長いと言っていいのだろうか。 「まぁ、それはいいでしょう。しかし、ここに居る事を知るとは、意の外に情報が早かったですね?」 「わ、我らが神聖魔導教会連合、それくらいの力はある」 「我らが、ですか」 ルーンは意味ありげにくすりと笑う。 だが、男はそれに対してはもう何か文句を言おうとは露とも思う気は無かった。 「で、私に用とはなんですか? 勿論、私をその気にさせる程度の魅力はあるから声をかけたのですよね?」 そうですね? とルーンはまた優しく、かつ凄惨に微笑む。 それはつまり、気に入らない事で自分を呼び止めた場合はどうなると言う事か? 「…す、少し前に、お主に挑んだ…男が居た」 「男? えーと…。ああ、挑んだ、と言うか勝手に突っかかってきて、そのくせあっという間に負けちゃったお子様なら知っていますよ?」 「……」 男は苦虫をダースで噛み潰した様な顔をする。 ルーンはそれを見てまたくすりと笑った。 この男、いじわるな時はとことんいじわるらしい。 「そ、その男が…何と言うか…」 「己の未熟さに自棄を起こして辻斬りに落ちぶれている。しかも事もあろうに神聖魔導以外の力を使って」 「…!!」 男は鳩が豆鉄砲をくらったみたいな顔で驚愕した。 「…な、なぜ…。誰にも、誰にも口外は…」 「私、こう見えてもすごい人なんですよ?」 「……」 「で、それがどうしました? まさか、そんな古いニュースを聞かせる為に来た訳ではないでしょう?」 「…それは」 何かを言いかけ、しかし男はがたりと席を立った。 「今ここでの一件、全て忘れてくれ」 それだけ言うと、男は妙に足早にそこから去っていった。 「おやおや」 『…何の用だったのだ? 久々に我の出番かと思ったのだが…。 闇の剣はいかにもつまらなそうに呟く。 「ふふふ。大丈夫ですよ。きっと、また来るでしょう。…いいえ、来ます」 『…そうだな。 闇の剣もまたある予想を、とても確実な予想、と言うか確信を考えた。 |