第九話 Top エピローグ


魔導物語 どこにでもいっしょ 最終話



  最終話
 
「で、あっちはどうなっている?」
「そりゃ、さっきまでのままさ。俺達が居なくなっただけだ」
 二人、いや、三人はとりあえず歩きながら今後の行動を考える。
「…しかし、ここまでの影響となると、あいつらも気付かないか?」
「その気があればって程度だろうな。ラグナスは職業病だから気付いたが」
「職業病って言うな」
「だから、奴らはまず気付かない。そもそも、サタンランド自体が奴の懐の中みたいなもんだからな」
「……」
 チコは黙って二人の話を聞くしかできない。まずは現状の把握で手一杯なのだ。
 だが、正直幸か不幸かそれはたいした判断材料にはならなかった。
 そもそも、自分には分かってもどうしようもない事ばかりだったからだ。
「…あの、私達、どうなるんですか?」
「知らん」
 あまりにも無碍なその一言に、チコは大きな瞳を零れそうなほどに丸くする。
「シェゾ、もうちょっとこう…」
「分からんものは分からん。それとも、善処次第で何らかの希望が持てるかもしれんと思う、とでも言えばいいか?」
「…いや、正論だ。ところで、お前が張った城の周りのサークル、あれ、大丈夫か?」
「強化しておいた。中級悪魔くらいまでは跳ね返す。問題ない」
 そんな二人のやりとりを聞きつつ、チコはもう、黙ってついて行くしか出来ない。漠然たる不安が瞳を潤ませ、歩く度に涙の零れる眼をこすりつつ、鴨の子供みたいに二人に着いてゆくチコだった。
 
 一時間も過ぎた頃。
「…ラグナス」
「ここらへんなら、良さそうだな」
 二人は、見晴らしのいい岩場、その崖の上に立っていた。
 規模の小さなグランドキャニオンと言った感じのその場所は、乾いた空気一つが吹くだけでも何か神秘的な場所に感じさせる。
「……」
 チコも、巫女としてその場の雰囲気に何かを感じていた。
 そもそも自然崇拝を幹とした価値観で育てられたその感性は、生まれ持った力と相まって敏感にその空気を読む。
「シェゾさん、ラグナスさん、ここって…」
「そうだ。分かりやすくいえば、空間の壁が薄い場所だ」
「サタンランドから発生した綻びに引きずり込まれた俺達だ。なら、近くに同じような場所があって当然だな」
「帰れるんですか!?」
 チコが喜びの声を上げる。
「多分、だが」
「アホがボーっとしていなけりゃ、だな」
「あの、ところで、何をするんですか?」
 あえてアホの二文字には触れない。
 そう聞いた時、二人の顔が曇った。
「?」
「チコ、すぐ放れろ」
 ラグナスが強い口調で言う。
「っつーか逃げろ。今すぐ」
 シェゾも付け加える。
「え…?」
「嫌ならいいが、死ぬぞ?」
 物騒な科白を氷の微笑で呟くシェゾ。
 チコは、その通り背筋を氷で撫でられた気がした。
 そして次の瞬間に脱兎と化す。子供全開の走り方はまるでコメディだった。
「シェゾ、だからもうちょっと言い方をこう…」
 猫みたいに逃げているチコを見て、ラグナスは苦笑いする。
「面倒なんだよ。それより急げ。厚くなっているぜ」
「だな」
 空間のゆがみは常に変動する。
 今、二人の視界に広がる空にある異空間への壁が、急速に厚くなりつつあった。
「俺の十八番は、ホーリーレーザーだな」
「んじゃ、俺はアレイ」「『禁呪』は止せって」
 すばらしいタイミングで制止するラグナス。
「へいへい。貫通性のあるやつ、闇一閃でもいくか」
「本気で切り裂く気でいってくれよ」
「応」
 次の瞬間、二人から瞬く間に三百メートルも離れたチコに風が吹いた。
「…!」
 チコは体中に鳥肌がたった。これは風であって風ではない。闇と光、両雄の放つ気の本流だ。
 周囲に感じていた精霊が飛ぶように逃げるのが彼女の感覚に感じられた。強大な力は、聖魔関係なく脅威となる。
「はぁっ!」
「セイッ!」
 両雄が空に向けて最高の出来の一撃を放つ。
 白より白い眩い光線と、漆黒よりなお暗い闇の筋が並んで空に吸い込まれる。
 チコはその光景に只々すごいとしか思えなかったが、対極の力の並走等と言うものは生涯を十回繰り返しても見れる物ではない、と気付くのはこれより後の事である。
「……」
 チコは言葉を失っていた。
 さて、二つの力が視界から消えた頃、距離などない筈の空に異様な歪みが生じた。
 不恰好な波紋を二重、三重と重ねた姿のそれは一見、美しい現象にも思えた。
 しかし、次の瞬間に空間は棒でかき回した水面の如く乱れる。
 チコは再び驚きと恐怖に体を掻き毟られた。
 一体、この少女はこの短時間で何度神経をすり減らせば良いのだろう。
「シェゾ、成功か?」
「そうだな。来る」
 二人の呟きに呼応したかの様にゼリーみたいに空間が歪む。
 そして次の瞬間にその中から見慣れたシルエットの人物が突如現れる。それは実体を固定させてから周囲を見回し、程なくして二人を確認すると二人の下へと降りた。
「よう」
「やっと来たか」
 二人の前に立つのは他の誰でもない。サタンだった。
 先程の二人の行動は、緩んだ次元の壁に力をぶつけて貫通させ、幾重にも重なった空間のどこかに居るであろうサタンを気付かせる為の発光弾だったのである。
「…まぁ、事の経緯はどうあれ、お前らとも有ろう者が二人も雁首そろえて異世界に落ちるとは情けないぞ」
 流石に状況は把握している。
 開口一番に文句をたれるサタン。一応実力者らしき悠々とした物言いだったのだが。
「大体日ごろのたんれはうああぁぁっ!」
 残りの科白は、二人が放った怒りのエクスプロージョンによってかき消された。
 一瞬で消し炭と化し、崖の上に横臥する魔王。
「黙れ! お前がそもそも余計なモン作るから俺が苦労しているんだ! この好き者! ど助平! ロリコン!」
「そうだそうだ! 俺もシェゾから裏を聞いて驚いたぞ! この暇人! 考えなし! ヅラ魔王!」
 魔王に向かってすごい事を言う二人。
 かろうじて声が聞こえる位置まで近づいていたチコは、二人の行いも当然だがその科白にひたすらおろおろするばかりだ。
「そ、そんなにいわなくてもイイじゃないかぁ…私だって苦労したんだぞぉ…」
 片や幼児退行で迎え撃つサタン。
 おおよそ歴史上に存在しないであろう、考えつく限りで最高級の力を持つ者同士の三つ巴の意志のぶつかり合いは、実に最低の方法で繰り広げられていた。
 しかし。
「…まぁ、二人ともとりあえず戯れはこれくらいにしよう。やる事があるだろう?」
 お前が言うな、と二人は思ったが、サタンがいきなり正論を吐き出す。
「それはそうだが」
「……」
「まず、無関係なチコは私が送り帰す。その後、我らで幕を閉じるとしよう」
「お前、これだけ次元弄くって作ったサタンランドを、いいのか?」
「そもそも、サタン、お前はアルルとコースター一つ乗ってないぜ。俺は四回乗ったが」
 シェゾはいちいち一言多い。
「…こ、これだけ他の次元に歪が起きたのだ。しかも、おかしなのも出始めている。我侭言っていられるか…」
 サタンはこめかみに青筋を立てつつ冷静を装う。
 その我慢の裏には、いい加減家臣からも睨まれている辛い現実がある。権力とは、場合によりかくも不安定な信頼となるのだ。
「サタン、さっさとチコを帰して、戻って来てくれよ」
「うむ」
「送り狼するなよ」
「するかっ!! チコ、来い!」
「え、あ…はははい!」
 魔王が怒鳴り散らしているとなると、従わない訳が無い。
 かくしてチコは皆の元に戻り、程なくしてサタンが帰ってくる。
「あっち、朝だったぞ」
「何?」
「飛んだ時に時間もずれたか」
「多分、我々がカタをつける頃に丁度あっちも閉園だろう。今日は早めに閉園時間を設定したから、多分向こうに被害は無い」
「…なんでこんなしょうもない事やってんだかさ、俺は…」
 冷静になったシェゾがこれからの疲労を想像して愚痴る。
「同感だが、トレーニングとでも思えばいいさ」
「……」
 本当にそう思っているか? シェゾの目はラグナスにちょっと痛かった。
「ムダ話は済んだか? そろそろ行くぞ」
 そもそもの元凶が、さっきの事も忘れて歩き出した。
 
 少し歩いて周囲の、と言うかこの世界の情報が結構入ってきた。
 シェゾ達自身の調べとサタンの説明によって。
 どうやらここは、彼らの住んでいた世界と比べてかなり人類の発展が少ない世界らしい。見覚えのある感じがする山や川があるのに、それにそってある筈の街道が無い。橋も、山の伐採跡も何もなかった。
「人が居るのか?」
「うむ、人というか何というか…とにかく住んでいる奴が居るには居るのだが…」
 彼が口ごもるときは大抵ろくな事がない。
 そしてその事実は森の向こうから迫り来る、とてつもない大きさの気に因って証明されようとしていた。
「…シェゾ」
「来る。この気は…」
「もう感づいたか」
 三者三様の対応は、それ、に向けられた。
 大波が押し寄せるが如き勢いでそれは近づき、森の奥から『それ』に追いやられるようにして鳥が空へと逃避行する。鳥達の脱出劇自体も、綺麗な波を空に描いていた。
「でかくないか?」
「……」
「でかいぞ。たぶん、長が来る」
「長ぁ?」
 地鳴りが伴い始めた。
 まるで地面を鍬や鋤で引っ掻きながら進んでいる。そんな地鳴りだった。
 程なくして、それは姿を現した。
 
 うよよぉ〜。
 
「……」
 シェゾとラグナスは色を失った。
 まるで、絵でも見ているかの様にその世界が現実味を失う。
「どうした? 踏みつぶされるぞ?」
 ただ一人、正気を保つサタン、と言うか、彼はもとから知っているから驚かないだけに過ぎない。彼だって初めて『あれ』を見た時は、危うく飲み込まれそうになる寸前まで自分を見失っていた。
 
 『それ』
 
 つまり、彼らの目前に迫る山の様な大きさのぷよであった。
 
 三人は飛ぶ。
 たった今まで彼らが立っていた場所はもう、巨大ぷよの体の下であった。
「…早い、と言うか、形が変わった…!」
「奴は、本体こそあのままだが体の表面を自在に変える。一種のアメーバだな」
「サタン、教えてくれ。あのぷよ、何の関係がある?」
 ラグナスが問う。
「膨大な物質の転移、しかも次元を越える転移となると、それこそ莫大なエネルギーが必要になる。分かるな?」
「…ああ」
「だが、たとえ精神エネルギーは直接体力に関係しないとは言え、同じ容積が生み出すコストが低いなら、当然容積が大きい方が多くのエネルギーを抽出できる」
「…それ以上言うな」
 シェゾがたまらず口を挟む。
「つまり、この世界の巨大なぷよのエネルギーを使って、あの遊園地を作り出したって事なのか?」
 ラグナスが正解を問う。
「その通りだ。だが、生きてこその精神力。見えるか? あの巨大ぷよの頭の上に小さなぷよが5〜6匹乗っている。あれがそうなのだが、奪われた自分の力を取り戻そうと他の仲間から力を借りているのだ」
「だから、一度は固定した力場が不安定になり、その歪みからおかしなのが現れ始めたって事か」
 シェゾは、ギルドから頼まれた異常な力を持つ力場の調査をしていた。そして、本人の口によってその理由、対処、ともに解決した。これはいい。
 しかし。
 正常に戻す、と言うこれが残っている。
「…サタン、で、どうするんだ? 返してはいどうぞ。終わり。じゃないだろ?」
「気のせいか、あの顔で怒っている様に見える…」
「まぁ、怒っているだろうな。奴らは、この世界における。生物の頂点だ。地上、水中の殆どの生物を食らい、大きくなった。それに併せて、知能も付けて、な。奴らがある程度の知能を付けたあたりから、この世界の人口は増加が止まった、と言うか、ここ半世紀でわずか二十万人程度まで減った。どうも人間は口に合うらしい」
「…結構凶悪な」
 シェゾが感心したような顔で言う。
「感心するな!」
 ラグナスが戒める。
「だからこそ、魔導力に変換できる力を持った。おかげで、遊園地を持ってくるまではうまくいったのだがなぁ…」
「まさか、ノイズを追って次元を越えて力を取り戻すとは思わなかった、と」
「で、肝心のアルルとは何も遊んでないしな。無駄骨もいいところだ」
「……」
 サタンの額に青筋が立つ。
「だからお前も煽るなって…」
「…か、返してやるのは仕方ない。だが、せめて閉園時間までは我慢してもらおう」
「殺るってのはどうだ?」
「シェゾ…」
 ラグナスが嫌そうな顔でシェゾを睨め付ける。
「面倒なこった」
 対称的にうんざりした顔のシェゾ。
「まぁ、道徳はともかくとしてそういうわけにはいかんのだ」
「生きている故に固定された力が崩れるってか」
「…お前、分かってて言う癖は止めた方がいいぞ」
「サタン、作戦は?」
 ラグナスが問う。いいかげんに、先に進みたいのだ。
「う、うむ。我らから見れば奴とて雑魚だが、生かさず殺さずに力を固定となると技が必要となる」
「ほう。なら、それを言え」
 三人は、元超怒級の巨大さを誇るぷよが呼び戻そうとしている力を固定するための作業に入る。
 そしてそれは彼らの力を持ってすれば万が一にも失敗は無い。事実上、サタンランドの今日一日の安全は保証された瞬間であった。
 
 
 

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