魔導物語 どこにでもいっしょ 第八話 第八話 夜の遊園地は、それでも寂しさと言う言葉を受け付けない。 施設のまばゆいイルミネーションは鮮やかに照らし出す緑の植物を寝不足にし、散歩コースとなっている一部の通りを中心に、静かながらも存在感をアッピールする音楽が風に乗って遠くまで演奏を響かせる。 夜の散歩道と言えば、何処の世界でもカップルが定番だ。 特に、ここのコースは途中に海岸を模した水辺まで設えてあり、夜を楽しむカップルの雰囲気を否が応にも盛り上げる。これで人が少なければ言う事無し、と言うところだ。 そして、そんな中を歩く男二人は、ある意味で異質だし、下衆な勘繰りを捨てたとしてもどこか怪しい雰囲気を見る者に見せてしまっていた。 「…ここまで男女比が正確だと、俺らがどうしても異質だよな…」 ラグナスが、お腹一杯、と言う顔で皮肉げに笑う。 「安心しろ。その気は無い」 シェゾの無表情な応えに、あってたまるか、とラグナスは笑う。 「しかし、居ないな…」 「ああ」 彼らは無論、散歩に来たのでは無い。 目標がおそらく散歩にきていると踏んで、こうして探しているのだ。 その目標とはサタン。そして、ついでに目標を散歩に連れ出すであろうその存在のルルーである。 どちらも地味な容姿ではない。歩けば分かる筈だが、あいにくの所現在どちらも確認出来ずにいた。 「奴、居るのか?」 シェゾがうんざりした顔で言う。 本来、彼の好む領域である夜だが、今シェゾの居るこの場所はあまりにも本来のイメージからは程遠い。 シェゾは、どこか闇を愚弄されている気がして気分が悪かった。単純に人が多いせいかも知れないが。 「ルルーはともかく、サタンがここを離れたいと思うとは考えられないからな」 ラグナスも、シェゾとは別の意味でこの場所の異様な空気に辟易している。 嫌う、と言うよりも苦手と言うべきだろう。 「…もうちょっと、人気の無いところに行こうぜ」 「ああ」 二人は、まるで壊れたベルトコンベアの如く間隔を均等に空けたままで、止まっては動き、止まっては動きを繰り返す人の川から離れる。 ついでに、遠めに見ていたチコもそれに従う。 もはや、ストーカーと化した巫女様だった。 二人は柵を越えて、遊園地から離れた森の奥へと向う。 どちらがそうしようと言った訳ではない。 二人とも、感知したのだ。 「シェゾ、これは…お前の張ったセンサーか?」 「ああ。どうやら、大物がかかった」 「明日まで持つのか? ここ」 「微妙だな」 「……」 ラグナスは、何も考えずに遊べるのが今日だけだったのかと思うと、正直残念な気分になる。 「そうしょげるな」 「いや、別に…」 「俺のセンサーはネットの役割も果たす。たまたまでかいのが掛かったが、それ以下ならわざわざ出向く間でも無い。お前は遊べ」 「シェゾもな。アルルが離さないだろ」 「……」 二人は森の奥へと消えた。 「…見失っちゃった」 チコは、とうの昔に二人を視界から外している。都会の人間より俊敏だが、二人が相手では歩が悪い。 側に豪華絢爛な松明が煌々と灯るが、一歩踏み出したこの場所は原始林だ。 ふと、我に返った彼女の脳裏には、危険と言う二文字がのしかかる。 「…帰ろうっと」 残念そうにしながらも、一人でこれ以上森に踏み込むのは賢くない。 賢明な行動を実行するチコ。 だが、それはほんの少しだけ遅かった。 「お?」 次の日の朝。 ドラコは、辛うじて隣のベッドの上に乗っているまぐろを見た。 ベッドが大きいので、上も下も無いその寝姿のウイッチ。 「…一匹足りない」 ドラコは、眠たげな目をこすってむくりと起きる。 そしてティディベアのパジャマをくしゃくしゃにして背中を丸出しにし、自分の背丈程もある枕を両手両足で抱き抱えながら眠るウイッチの尻をぺちぺちと叩いた。 「ウイッチ、おい」 「…ん…」 「起きなよ」 「…そんな…いけませんわ…」 ドラコは、ん? と眉をしかめる。 ウイッチは枕を抱きしめながらふにふにと身を捩じらせている。 寝こけるウイッチの顔を覗いてみれば、何やらニヤニヤしながら枕によだれの跡をつけていた。 お子様なのだから、よだれを垂らすくらいはあるのだろうが、ついでに妙にニヤけているので如何ともし難い怪しさをかもし出している。 そこへ来て今の寝言だ。 ドラコは、ふむ、と顎をなでるとカマをかけてみる事にした。 「…ウイッチ」 声を押さえ、とある男性の声を出来るだけ真似る。 耳元に口を近づけ、突き出した小さな尻を撫でながら、そっと「かわいいぞ…」と囁いてみた。 「…あん、そんな事言って…シェゾ…あ…ぅん…ダメ…もう、甘えん坊さん…」 実に楽しそうと言うか幸せそうと言うか極楽気分満喫状態の寝言。 「はぁ〜〜…」 ドラコは、朝からどっと疲労した。 そして、すう、と肺に息を溜める。 「起きろガキっ!」 打って変わった大声で怒鳴り、尻をひっぱたく。 よく響くいい音が鳴る。 「きゃんっ!」 ウイッチはエビみたいに跳ね起きた。 枕を抱きしめながら、何事かと周囲を見渡す。 「…あ、あら? シェ…どこ…。え? あ、ドラコさん…?」 「起きた?」 「…あ…は、はい…」 まだ混乱しているウイッチ。 「イイ夢見ていたところ悪いけどさ、チコが何処いるか知ってる?」 「い…いい、いい夢ってそん…え? チコ?」 ぼさぼさのロングヘアの向こう側。 眠たげな青い瞳が、やっと目の焦点をドラコに合わせた。 「チコさんが?」 キキが問う。 皆が朝食を取りに、ラウンジに集まる。 そこでドラコは改めて皆に聞いた。 「…やっぱ誰の部屋にも行ってないか」 「え? だって、昨日の夜、ドラコ達と同じ部屋じゃなかったの?」 アルルが聞く。 「だったけどね、夕飯の後、涼むって言ってどっかに行っちゃってから、見てなかったんだよこれが」 「…わたくしも、部屋に戻ってからすぐに眠ってしまって…。不注意でしたわ」 ウイッチが申し訳無さそうにうつむく。 「あんたのせいって訳じゃないよ」 ブラックが言う。 「それとさ、殿方も夜から居ないんだけどね…」 ブラックはポツリと言う。その目はアルルをなんとなくだが睨んでいる気がした。 「え? あ、そうだ」 アルルは思い出した様にはっとする。そして、ブラックの目から逃れる様にして説明を始める。 「あのね、シェゾとラグナスね、昨日の夜遅く、どっかに出かけたの」 「え!?」 ウイッチが思わず大声を出す。 「じゃ、シェゾまで居ませんの?」 もう一人の存在が抜けている。 「う、うん。えっと、なんか、ラグナスも一緒になって、我侭を済まないって言うから…、聞いてもダメだったの。とにかく、何か大切な用みたい」 「そう言えば、シェゾって、元々ここに遊びに来ているんじゃないって話だったね」 「…うん、そう…」 「ラグナスさんも、シェゾさんに付き合ったと言う事でしょうか?」 キキが首をかしげる。 「っつー事は、もしかして、チコもそれに?」 「そう言えば、チコったら昨日は何かとシェゾ達を見ていたかも知れませんわ」 「…うーん…」 そこに居る皆が、二人の絡みなら、多分心配は要らないだろう、と思い始めていた。 「でさ、ブラック」 アルルが、そうだ、と言う顔で問う。 「ん?」 「何でブラックが、シェゾが夜居なかったって知っている訳?」 「……」 ブラックはあやや、と眉間にしわを寄せた。 「んーと…」 何を言おうかと画策していたその時。 「お前達!」 窓から声がする。 「! サタン! …チコ!」 アルルが声を上げた。 「あ、みなさん!」 そこには、サタンに抱きかかえられたチコが居た。 元から小さな少女だ。 彼の胸元に納まったその姿は、まるで子猫だった。 威圧的な風を一陣吹かせ、サタンは優雅にテラスに舞い降りる。 窓が勝手に開き、サタンを招き入れた。 「ほれ」 「あ…、す、すいません」 チコはサタンの大きな懐から降ろされる。 そして、一昼夜ぶりに皆の元に戻った。 「チコ!」 「あんた、どうしたのさ」 「よかった。心配しましたよ」 「まったくですわ」 「あんたさっきまで気付かなかったでしょうが」 ドラコがすかさず突っ込む。 「ド、ドラコさんだってそうですわ!」 「あの、すいません、ご迷惑おかけして…」 チコは、しゅんとして俯いた。 そんなチコの頭を、ドラコの手がやや乱暴にぐしゃぐしゃとかき回す。 「んなこたーいいの。あんた、どこ行ってたのさ。何でサタン様と居る訳?」 「あ、それは…」 「私から話そう」 サタンが、とりあえず皆にテーブルを勧めつつ言った。 部屋を移し、大きなテーブルの席に皆が着く。 それぞれの前には、とりあえず注文した飲み物が並ぶ。 サタンは、ストレートティーを一口含んでから話を始めた。 「…少々、面倒な事になっていてな」 「何が?」 アルルが聞く。 「…いや、まぁ、それは私にとっての事なので、お前達は知らなくてよい事だ」 「それって、チコと関係があったんですの?」 「いや、この子は関係ない。たまたま現場に居合わせてしまったので、奴らから預かってここに届けたと言うだけだ」 「奴らって、誰さ?」 ブラックも問う。 「…ここにいない奴らだ」 サタンは苦い顔で言う。 「シェゾと、ラグナス?」 「…何、やってんのさ? あの二人…」 アルルとブラックが立て続けに問う。 「うむ…って! のんびりしてるヒマは無いのだっ!」 サタンは突然立ち上がり、きびすを返す。 「私と奴らは用がある。お前達はここで遊んでいるがいい。あ、そうそう。多分、少ししたらルルーが来ると思うが、私はどこかに居なくなったと言っておけ。それと、間違ってもルルーを追わせるなよ。では、さらばだ!」 ひとしきり喋ると、サタンは振り返りもせずに外へ出てそのまま空へと消えた。 残されたのは、女達一行。 「…?」 「チコ…何があったの?」 「あ、あの、えっと…」 何か言いあぐねているチコ。口止めされているのかもしれない。 「にしても、サタンがあんたをまるで無視して話してたね」 ドラコがアルルを見て言う。チコに関しての進展は無いと見た様だ。 「うん、珍しい…」 そんな皆を見渡しつつ、キキは何か考え事をしていた。 が、パン、と響きの良い音で手を叩いて、皆を振り向かせる。 「皆さん、とりあえず、考えても仕方がありませんわ。どうやら、ルルーさんも合流するみたいですし、ここはサタン様の言う通り、素直に楽しみましょう」 「…ま、あたしはそれでいいけどね」 一番飄々としているドラコが言う。 「…うーん、ま、そうだね」 アルルも、どこか引っかかりつつも承諾。 「そうですわね…」 ウイッチが続いた。 「ところで、サタンどっかに行っちゃったけど、どうやってルルーが後を追うの?」 「アレなら、その気になれば匂いでも気配でもなんでも有りでしょ」 ブラックが事も無げに答える。 「…うーん」 皆は無言で同意した。 少しの後、テーブルに運ばれて来た朝食とほぼ時を同じくしてルルーが現れた。 予想通り猪の如き勢いでなだれ込み、開口一番にサタンの事を問う彼女。 しかし、来ると分かっていれば対処は容易い。 彼女の説得は容易に成功し、ルルーもアルル一行にしぶしぶながら加わる。 女性陣が今日一日を楽しむ準備は整いつつあった。 そして、男性陣の『楽しみ』もこれから始まろうとしていた。 |