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魔導物語 どこにでもいっしょ 第七話



  第七話
 
 時は夕暮れだった。
 最初はシェゾにべったりのアルルだったが、シェゾが居ると言う安心感が勝ったのか、やがてシェゾの腕から離れてみんなとわいわい言い出した。安心感が伴えば自由に遊び出すと言う辺りは、彼女がまだまだ子供だと言う証明でもあるかもしれない。
 お陰でシェゾは別の意味でフリーになり、ウイッチやブラックといっしょに何度も同じ乗り物に乗る事になった。
 彼ら一行は、時折悲鳴を上げながら存分に楽しむ。
 そんな中、時折シェゾとラグナスは皆に気付かれない様にして、顔を合わせて話す。それに気付くのは、注意して見ているチコだけ。
「…なら、夜、そこで…」
「…分かった。まったく楽しみだぜ…」
 チコの大きな耳は最大感度で二人の会話を拾っていた。
 普段、殺し合う様な真似こそしないものの、必要な会話以外を積極的にする様な事が無い二人である。
 人目をはばかり、こっそりと話をする二人は、チコの純粋な目とやや偏った希望的想像、そして、本人達が美形であると言う事実も相まって、まるで周りに薔薇でも舞っている様に見えていた。
「……」
 美形なのに、周りに全然女っ気の無いシェゾさん…。アルルさんがあれだけ迫っているのに、普通何にもしないなんておかしいよね?
 同じく、十分カッコいいのにガールフレンドとかの話を聞かないラグナスさん…。それって、女性じゃ満足できないとか…?
 チコの妄想は止まらない。
 普段アルル達とは離れているうえに、シェゾの周囲を良く知らない彼女にとってシェゾは一人やもめのイメージなのだ。
「うう…やだなぁ…こんな事考えるなんて…。神様、ごめんなさい…」
 ボソリとそう言いつつも、その目は輝いていた。
 
 日が既に暮れていた。
 室外型アトラクションも終わり始め、巨大な観覧車が光のオブジェと変わり始めた頃、お腹も空き始めたと言う事で一同はホテルに向かう事にする。
 サタンが用意していたホテルに到着する一行。
 プラチナチケットを提示すると、もとより丁寧な対応が更に飛躍的にレベルアップし、皆はVIP待遇で迎えられた。
「うわー! なんか王様みたい!」
 庶民性満点のボギャブラリーを露呈する彼女の発言はさて置き。
「部屋を教えてくれ」
 シェゾは、至って冷静に事を進める。
 部屋割りは、ラグナス、キキ、チコ、ウイッチ、ブラック、ドラコそれぞれに個室が用意される。
 が、シェゾとアルルは問答無用で最上階スウィートに同室となった。
 それを聞いた瞬間、二人の背中には約二名分の視線が槍の様に突き刺さる。
 二人もお互いにそれはまずいだろう、と別部屋を頼んだ。
 だが、彼らに対してYesしか言わないホテルマンがそこだけは聞く耳を持たなかった。顔を青ざめさせて同室を是非にと促し、それを聞いて飛んで来たホテルの支配人までもが泣きながら土下座して、その超特別スウィートの使用を懇願する。
「…ね、ねえ、なんでこの人達ここまでして…?」
 既にアルルは情にほだされ、折れかけている。
「……」
 シェゾには、彼らのその行動から、現在までの経緯を大体類推する事が出来た。
 ホテルは、と言うかこのテーマ−パーク全体の総支配人は誰でもないサタンである。
 彼は、このホテルで何よりも徹底していたのは、プラチナチケットに関しての決まり事であった筈。
 ただし、サタンはその時点でプラチナチケットを持つ者が自分とアルル以外の者である場合の事など、毛頭考えてはいなかった。
 その為、ホテルの支配人はあくまでもプラチナチケットを持つ二人、としか徹底されていなかった。
 その二人を、誰が何と言おうと、天地がひっくり返ってでも、命を賭して超豪華スウィートへ泊まらせるのだ、と。
 かくして、今チケットを持つのは女がアルルで男がシェゾであっても、ホテルにとっては何の問題でもなかったのだろう。
 そして、事実もほぼ同じであった。
 シェゾとアルルは背中に槍の様な視線を感じつつも、これ以上彼らの命懸けの懇願を無下にする術を知らなかった。
「…ま、まあ、ねえ、シェゾ? 何か、その部屋ってリビング以外にも部屋が三つもあるって言うし、ねぇ?」
 アルルは、背中に穴の開きそうな視線に耐えつつ言う。こうでも言わないと、本当に貫通しそうに思えた。
「…リビング以外全部寝室ってのが謎だがな」
 シェゾは一応視線を意識してこっそりと言う。
 シェゾはシェゾで、アルルとは性質の違う痛い視線に背中を焦がしていた。
「う、うん…。じゃあ、分かりました。ここに泊まります」
 支配人以下、ホテルマンたちは、まるで死刑を免れた囚人の如く抱き合って喜んだ。男も女もむせび泣いて感動する。一体、どう言う指導を受けていたのだろう。
「えっと、シェゾ…」
 アルルが、やや緊張した面持ちで言う。
「ん?」
「あの、さ。えっと…部屋を、ボク達が『別々に』寝る部屋を決めたらね、ボクが、シャワー入っている時とか、お洗濯もの出す時とかって、絶対に部屋出ないでね。ちゃんと、いい時は呼ぶからさ。ね?」
 アルルは、おどおどとリスみたいな仕草で願う。
「…つまり、シャワー入っていようが何だろうが、呼べば行ってもいい訳だ」
「シ、シェゾ!」
 アルルが真っ赤になって言う。
「冗談だ。冗…」
 笑うつもりが、背中の視線が殺人的に鋭くなるのを感じて、彼はこの冗談を後悔した。
「…広い部屋だ。別室と変わらないさ」
 シェゾはとりあえずフォローを入れる。
 背中の視線はそれでも熱く、痛かった。
 かなり。
 
 とりあえず、キキがそれぞれを上手く宥めてくれた。
 皆が部屋に荷物を置き、バイキング形式のパーティ会場に集まる。
 そして、それぞれが個室だったのだがお子さま達は広い部屋に一人は寂しい、と言う事で勝手に同室になる。
 尚、それはウイッチとチコがドラコの部屋になだれ込む形でだった。最初はうざい、と言う顔のドラコだったが、昼間の事を語り出すと楽しくなり、そのままとなる。ブラックとキキ、ラグナスは当然ながら個室のままだ。
 お互いの部屋に別れる直前、フランス料理のフルコース、和様中華のバイキング、懐石料理、満漢全席のどれにするかと質問されたが、皆がバイキング形式を選んだ。
 すぐさま通されたところを見ると、どれもあらかじめ用意してあったらしい。
「選ばなかった方って、どうなるのかな?」
「誰か食うさ」
「フルコースも、ちょっと食べてみたかったかな」
「マナーが大丈夫なら、フルコースでも懐石でも何でも喰え。多分、言えば部屋に運んでくれるぞ」
「バイキングがいいです」
 シェゾとアルルが扉を開けると、皆は既にグラスを傾けたり、更に色とりどりの料理を盛っていた。
「あー! もう始まってるー!」
 アルルもさっそくその輪に加わる。
 この人数にしては広い部屋。そして、ステージではフュージョンの生演奏まで行なわれている。
「……」
 シェゾは、とりあえずローストビーフを食べつつ、この涙ぐましいとさえ思える気合を入れた舞台を用意した某牛に、哀悼の意だけ送った。
「一体、今頃どこで何しているのやら…」
「でも、明日には居てもらわないと困るんだよな」
 リブロースをかじりながら、ラグナスがシェゾの隣に来ていた。
「ああ。困る」
「…まったく、後先考えないオヤジだぜ」
 二人は、月の輝くテラスに出てサタンランドを一望する。
 アトラクション自体は終了しているが、様々な形でイルミネーションが輝き、その世界は十分に幻想的な光景だった。
「……」
 そして、そんな光り輝く夜景に包まれている二人をこっそり見詰めているチコの瞳も、幻想的かつ、やや『黒い』思想に溢れて輝いていた。
 いい男が二人、夜景の光に包まれてこっそりお話…。
 チコはぽーっと二人を見詰めた。
「…シェゾは、どちらへ…」
 そこへ、グラスを二つもってウイッチがやってきた。
 ベランダの二人を見つけて、意気揚揚と向かおうとする、が。
「ウイッチさん」
 チコが何気なくガードする。
「チコ。どうしましたの?」
「えーと…今、あの、二人で何か話している最中ですから、邪魔しない方がいいと思いますよ?」
「確かに、何でしょう? 随分真面目そうにお話していますわね」
「ええ、きっと、『男同士』のだから、後にした方が」
「…そうですわね。じゃ、これどうぞ」
 ウイッチは持っていたグラスを一つチコに渡して、やや名残惜しそうに戻っていった。
「えへ…。何か、絵になるって感じ? かっこいいな…」
 チコは、やや歪んだ幻想に突っ走りながら、二人を見守っていた。
 グラスはお情け程度の度数のあるアルコールだったが、チコには十分だ。
 もう止まらない。
 
 始まりから二時間も過ぎた頃。
「…おい」
「ああ」
 皆が食事も落ち着いてまったりとしていた。
 それぞれが席に掛けたり、窓辺で涼みながらゆったりしたジャズを聞いていた。
 そんな中、二人は部屋の中でやはり椅子を並べてグラスを傾けていた。
「今…」
「ああ、俺も感じたよ」
「ラグナス」
 二人は頷き、とても自然に席を立つ。
 二人だけが知っている何かが、動き始めたのだ。
 ドアがそっと開き、シェゾとラグナスが外に出る。
「……」
 チコだけが、何かが始まる、と少々ベクトルが違うながらも敏感にそれを感じていた。
 十数分後。
「…二人、戻ってこないよ」
「だね」
 誰も気付いていない訳ではない。普通の動作だから気に留めなかっただけ。
 だが、やがて時間がたち、少々疑問を感じ始める。
「…そろそろお開き、かな?」
 誰が言うともなく、その場はまったりとした雰囲気のままお開きとなった。
 それぞれが部屋に帰る中、チコはちょっと涼んで来ると言ってその場を後にする。
「遅かったら、先に眠っててくださいね」
 チコはこれで自由になる。
 間違っても本当の理由は言えない彼女だった。
 
 
 

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