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魔導物語 どこにでもいっしょ 第五話



  第五話
 
 アルルは駆け出した。
 普段ならちゃんとブレーキをかけて立ち止まる程度の理性は残しているのだが、アルルは減速どころか加速したまま突っ込んだ。
「シェゾっ!!」
「うお!」
 その胸でアルルを受け止めるも、流石に人一人の質量となればよろけないと言う訳にはいかなかった。しかも相手は全速力だ。
「…っと!」
 一回転もしてから、かろうじてふんばったシェゾは、顔の下でがっちりとスクラムを決めているアルルをとりあえず確認した。
「おい」
「……」
「アルル」
「……」
 だが、アルルは顔を上げない。
「おい…」
「うぅうぅぅ〜〜〜〜」
 アルルは唸る様にしてシェゾにしがみ付いている。
 胸に顔を押し付けたまま息をしているので、その熱が胸に篭り始めていた。
「熱…」「おそいのっっ!!!!」
 同時に声が出たが、アルルの大声にシェゾの声はかき消された。
「遅い! シェゾ遅いっっっ!! 十一時に入り口前って言ったのにっ!!!」
 そう言って、アルルは両手の力を更に込める。
 痛くも苦しくも無く、むしろ軟らかい感触がするが、一応ベアハッグ状態だ。
「…約束は出来ないって言ったぞ」
「でも、でも来たじゃない…。それならさ、どうせなら、ちゃんと約束の時間にきてよぉ…ボク、つまんなかったんだからぁ…」
 声は途中からやや潤んでいる。
「お、おい…」
「…ぐす。…シェゾ、遊園地、このまま来てくれるよね? 今から、ずっと一緒だよね? 離れないよね? ボクをもう独りにしないよね…?」
「なんかヘンな科白が混じってないか?」
「そんな事より、どうなの? ねえ?」
 アルルはやっと顔を上げた。水晶の様に透明に潤んだ瞳は、シェゾすらにも罪悪感を湧き上がらせる。
「…アルル」
 シェゾはそんなアルルを見て、そっと頭を撫でる。
「ん?」
 今の動作はアルルの期待を瞬間的に膨らませる。子犬のような目でシェゾの顔を見上げるアルル。
 もしシッポがあったら、ちぎれんばかりの勢いで振っているであろう表情だった。
「まず、鼻をかめ」
「……」
 シェゾの胸の中で、アルルの腕の力がふにゃっと抜けた。
 
「…で、どうなの?」
 少しの後。
 入り口前のベンチに座るシェゾとアルル。
 鼻もすっきりしたアルルが改めて詰め寄る。
「俺は、ここに遊びに来た訳じゃない」
「そうじゃなくっても遊ぶ時間程度は作れるんじゃないの?」
「……」
 どうでも譲る気は無い様だ。
 まったく、なんでここまで遊園地にこだわるのか…。
 アルルが、別に遊園地にこだわっているのではないと言う事に気付く彼ではなかった。
「とにかく、俺はサタンに用がある」
「サタン?」
「中に居るんだろう?」
「…多分」
 ルルーに拉致監禁後、拘束送還されていなければ、だが。
「なんでサタン?」
 自分よりあれを優先するシェゾに不満を露にするアルル。
「…後で話す。お前はとりあえず遊んでいればいい」
 立ち上がろうとするシェゾ。
「だーかーら! その遊ぶのを一緒にって何度言ったら解るかなキミはっ!」
 目が覚めたみたいに、再びアルルがしがみ付いてくる。
 
 かくして。
 
「つか、俺は遊びに来たんじゃねえって言っておいたぞ! 確実にっ!」
 彼のマントは優雅なラインも無惨に、妙に直線的になっていた。
 そんな妙なマントを着ているの彼は誰でもないシェゾ。
「でもー! こんなところに来て何にもなしってのはないよぉ!」
 アルルの体が斜めになっている。作用点となっている手にはぴん、と張り詰めたシェゾのマントの端。
 子供みたいに全身でシェゾを引っ張っているアルルだった。
「マント放せ! 伸びる!」
「やだぁー! 遊ぶー!」
 
 斯様にして、冒頭の騒動が始まる。
 
 そして、二十分に及ぶ押し問答の末、結局シェゾは折れるのであった。
 周囲の見物人の目もあったし、そもそもここに来てしまった自分への自責もあったかもしれない。
「…やれやれだ」
「えへへ。勝利」
 アルルはかなり満足そうにして腕を組んだ。
「で、チケットは?」
「…うっかり懐に入れていた自分が恨めしいぜ」
 シェゾはごーぢゃすなプラチナチケットを取り出す。
「ん! よろしい」
 そして、シェゾはチケットでアルルと共にサタンランドに入園した。
「少々お待ちを」
 アルルの時と同様に、チケットを入り口で渡してから、シェゾは待たされた。尋常ではないチケットだけに、用意があるのだろうか。
「お待たせしました」
 チケットが戻ってきた。何げに裏を見ると、いつの間にどうやって描いたのか、丁寧なクロッキー画のシェゾが描かれている。
「なんだ? これ」
「あ、うん。ボクもだよ」
 アルルはチケットを見せた。確かに、裏にはアルルが描かれている。
「凝った事を…」
「いいじゃない。いかにも専用って感じでさ」
 アルルはシェゾと手を繋いで大股で歩き出す。嬉しい表現が実に分かり易い。
 …そのうちサタンに会えるか。
 彼はとりあえず、それで良しとした。
「さ! ボクね、まずはジェットコースター乗りたい!」
「あれか? 随分並んでいるぜ」
 シェゾの視線の先には、天を衝きそうな高さのジェットコースターが見える。
 どこの基準かは知らないが、世界一を謳うそうだ。
「なんかね、天国のおじいちゃんが手を振ってくれるくらい高いんだって」
「…何だ? それ…」
「いーの。シェゾ、とりあえず並んでいて。ボク、飲み物買ってくるから。何がいい?」
「アイスコーヒー」
「らじゃーっ!」
 アルルは跳ねる様にして売店へ向かった。
「……」
 シェゾは順番待ちしながら辺りを見渡す。
「サタンのアホが…まったく」
 周りで楽しそうにしている連中を見て、シェゾは空を見上げた。
「シェゾ」
 背中から声。
 気付かなかった訳ではない。敵意が無いから、奴と分かっているから気にならなかったのだ。
「お前か」
 ラグナスが顔を出した。
「お前一人か?」
「いや、ドラコとウイッチとブラックとキキに頼まれて、おやつを買いに来たところだ。お前、いつ来たんだ?」
 そういうとラグナスは両手の袋を見せた。
 確かに、ポップコーンやフランクフルト、チュロスやらドリンクやらその他もろもろがてんこ盛りで入っている。
「パシリか」
「言うなって…。あれだけ個性的な女に囲まれると正直逆らえないぞ」
「認める」
 心当たりがあるので反論出来ない。
「で、彼女は?」
「俺を並ばせて、飲み物買いに行ってる」
「そうか。良かった。しかしその格好、ここじゃ浮いているぞ。アトラクションの敵役みたいだぜ」
 安心したような顔でからかうラグナス。
「ほっとけ。俺、元々遊びに来たんじゃ無いんだぜ」
 そんなシェゾを見て、ラグナスは少し笑う。
「でも、こうやってあいつと一緒にいる。だから、良かったよ。元気になっただろうさ」
 そんな声をあえて無視して。
「…ラグナス、この遊園地、ちょっとやばいぞ」
 真面目な顔のシェゾ。
「お前、やっぱりさっきの遠くで感じた気はアレか? 戦ったのか?」
 ラグナスも目を真面目にする。
「感じたか」
「まあ、職業病だな。知らない場所だと自然に神経を張り詰めちまうんだ。ずっとじゃないけどな」
「本当は、サタンが見つかればすぐにでもってところだが、多分明日一杯位はもつ」
「何がだ?」
「ラグナス、他の連中は守っておけよ。この遊園地、やばいぞ。お前なら、意味が解ると思うが?」
「……」
 ラグナスはシェゾの瞳を見詰める。
「…俺も、サタンを見つけたらお前に知らせるよ」
「ああ」
「で、サタン見つけたら、すぐ始めるのか?」
「…皆楽しんでいるんだろ。今日一日くらいは、楽しませてやるさ」
「そうだな。お前もたまには遊べ」
 ラグナスは、袋の中からポップコーンのカップをシェゾに渡して去った。
 時々気の利く奴だ。
 ラグナスが振り返ってから、シェゾはそっと口元を緩めた。
「出来たて、か」
 塩味のポップコーンを頬張りつつ、シェゾは彼女を待つ事にした。
 
 
 

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