魔導物語 どこにでもいっしょ 第四話 第四話 七人がサタンランドに入って、早二時間が経過していた。 ラグナスにキキ、ブラックにチコ、ウイッチとドラコ、と何となくペアになりアトラクションを楽しんでいるが、何かアルルが浮いている。 時々誰かと交代してペアになったり、三人以上のアトラクションの場合に一緒になったりと、どうにも借りた猫状態となっていた。ラグナスが勤めて励まそうとするが、特に効果も無い。 「…むぅ」 やや遅めの昼食の最中だった。 園内の広いバイキング形式のレストランで皆食事を楽しんでいたが、アルルが一人唸っていた。 「…どうしました?」 キキが紙コップにジュースを注いで尋ねる。 「あ、別にいいんだけどさ…うん」 「シェゾさん、ですか」 彼女の目はなかなか誤魔化せない。 「うん…絶対来てって言ったのに」 「まあ、忙しい方ですし」 キキは微笑む。 「ねえ、ブラック」 アルルはグラスを置いて呼ぶ。 「んー?」 サーモンサンドを頬張っていたブラックが振り向く。 「シェゾ、仕事って言っていたんだけどさ、ブラックは知らないの? ブラックって、ギルドで働いているじゃない」 じっとブラックを見詰めるアルル。 そっとウイッチも聞き耳を立てていたりするのは、誰も知らない秘密。 「んー。仕事が入っている事自体は知っているけどさ、内容とかその場所は知らないよ。係は何人も居るんだから。今回、俺はノータッチ」 意外に素っ気ないブラック。 「……」 こう言うのって、大人って言うのかな…。 アルルは、うらやましい様なそうなりたくない様な、微妙な面持ちでブラックを見た。 ブラックも、そんなアルルの心情を見抜いたのか、にっと意味ありげに笑う。 「…む」 劣等感が湧き出る。アルルはぷい、と目をそらす。 そんなアルルの視界の端で、ブラックが肩を震わせているのが分かった。 「ちょっと出てくる」 アルルは席を立って、行ってしまった。 そんな子供っぽい拗ね方で出て行ったアルルを見て、ブラックはますますおかしくなって腹を抱えてしまう。 とうとう声が出てしまった。 「…く…っあははははっ!」 「…ブラック…」 キキが溜息をつく。 「くく…。ご、ごめんごめん。でも、かわいくってさあ…あははっ!」 ウイッチは横目でブラックを見ながら、今の対象が自分でなくて良かったと正直びくびくしていたりした。 ブラックにいじめられると、ウイッチなど簡単に泣かされてしまうのだ。ちょっと気を抜いただけで、何度ブラックには泣かされた事か。 ラグナス達もちょっと驚くが、ブラックの事だと、まあ気にしなかった。 「…しっかし可愛い…。あははははっ!」 広めの食堂に、少し大きめの笑い声が響く。 「…ふう」 アルルは何となく園内を散歩していた。 このまま戻るか、それとも…。 午後は、各人の自由にしようと言う事に決まっているので、特に戻らなくても問題は無かった。 昼食のうちに予定を決めたり、ペアを組んだ人はもう夕方の集合時間まで遊びまくるだけだ。 後は、たまたま会ったらどうする、とその場その場の話。 集合についても、アトラクションの順番待ち等で来れない場合はそのまま予定をずらして宿泊予定のホテルに戻ればいい事になっている。 だから、極端に言えば明日昼の帰宅時間に集合するまでは、一切自由なのだ。 「…シェゾ、ホントに来ない気なのかな…」 アルルは活気溢れる園内で、一人どんよりした空気を背負って歩いていた。 「ぐー」 アルルの後ろから、カーバンクルが着いて来た。 「あれ? カーくん、来ちゃったの?」 「ぐ!」 カーバンクルはそのなけなしの足で一生懸命アルルに付いて歩いている。 何故か、肩に乗せようとしてもそこらを走り回って乗ろうとしない。 「楽しいのかな?」 アルルは、別段気にもせず散歩を続けた。 「…あの娘、かわいいな」 「誘うか?」 「いいねえ」 アルルの後ろから、もろにナンパ目当ての三人組が近づいてきた。絵に描いた様な雑魚三人組だった。 「かのじょ。一人?」 「……」 アルルは特に視線も変えずに歩く。 「一人じゃつまんないじゃん。俺達とさあ…」 一人が、アルルの肩を掴もうと手を伸ばす。 「カーくん」 指が鳴る。 一秒後、空に三つのビームが連続で線を描いたのは必然であった。 「……」 シェゾは、青空の下で気配を感じた。 「今の力は…」 森の木々の間。 やや遠くの空を見上げ、かすかに目に力を込める。 すると、透き通るような青空に三本の魔導力のノイズが見えた。 「…さて、どうする? シェゾ…」 そう言ってシェゾは歩き出す。 光の残像が見えた方角へ向かって。 アルルの運気はちょっと上がり調子になった。 シェゾは、『そこ』に向かって暫く歩いていた。 と、周囲の空気がぴりぴりと尖り始める。 「そろそろ、か」 シェゾが軽く深呼吸して、周囲にレーダーのような気のネットを張り巡らせた。 「……」 一見先程と同じ様に無造作に歩いているが、その動作にもはや隙はない。 足の裏だろうが頭の上だろうが、彼に向かう者があればそれは、今や自殺と言うより無い愚行である。 そして、それは悲しいかな相手に対する杞憂ではなかった。 あの時、シェゾが手を差し出して発光させた現象と同じような現象が空中に起こり、その発光の中から異形のモンスターが踊り出る。 その動きに戸惑いは無い。 出現したその先に生物が、シェゾが居る事を承知の上の動きだった。 「…どうやら、箍が緩み始めた様だな」 シェゾは手を向けた。 剣を使う間でもないらしい。 まるで空気との摩擦で起きているかのような火花が散り、異形の者はその姿を現世に露にする。 ガーゴイルそのものと言っていい青銅色の熊程の大きさの魔物が、最後の火花を残して出現した。 同時に、言葉では形容し難い咆哮を上げ、その鎌の様な爪をシェゾの脳天に向けて振り下ろす。 通常ならば、ヒグマすら一撃で絶命させる力と鋭さを誇る爪。 「爪が伸びすぎだ」 そう言って岩すら切り裂きそうな爪に左手をかざす。 普通なら、手に穴が開くどころか、体が半分無くなるであろうガーゴイルの一撃。 だが。 一瞬、黒い翼の様な刃がシェゾの左手から噴き出した気がした。 そして、形容し難い悲鳴をあげて、ガーゴイルが二十メートルも飛びのく。 ガーゴイルが振り下ろした右手は、肩から先を消失させていた。 「……」 シェゾは何の感情もなく走った。 それは、攻撃を焦っているとか、チャンスを逃さないとかの為ではない。 単純に、哀れなる敵を逃がさない為。 完璧に抹殺する為。 ガーゴイルの目に最後に映ったのは視界を被う漆黒。 かくして一秒後に邪悪かつ、哀れなる命がひとつ、世界から『消えた』。 シェゾは軽く首を鳴らすと、まるで石ころでも蹴ったかの様に何事もなく歩き出した。 「…もしかしたら、って事もあるよね…」 アルルは先程から、入園口でぼーっとしている。 彼女は待っていた。 正直、あのサービス精神の欠片も無い男が期待に添ってくれるかどうかは半信半疑だ。 期待、と言う点では添ってくれた事が無い訳ではないが、それは危機が及んだ時とかばかりである。 彼は、命に対してこそ絶対的な信頼を置けるが、それ以外のサービスには無頓着極まりない。 「…でもさ、寂しいと死んじゃうんだぞ…。つまり、命、かかっているんだぞ…」 どこかで聞いた事のあるフレーズだが、それでもすがりたかった。 「…遊園地に、女の子を一人にすると、すごくよくないんだぞ…。ホントに、知らないどっかの馬の骨と遊んじゃうぞ…」 アルルは膝を抱いて溜息をついた。 そこへ、アルルは何かを感じた。 言葉に出来ないけど、確かな何かを。待っていた感覚を。 「…!」 アルルは、がばっと顔を上げた。 「…あ…」 信じられない、と言う顔と、やっと、と言う表情が入り混じる。 「…シェゾ!」 |