魔導物語 どこにでもいっしょ 第三話 第三話 次の日。 「さて! 絶好の遊園地日和っ!」 普段の朝は寝ぼけ眼でボケているアルルだが、この日の朝は気持ちよく目覚める事が出来た。 「カーくん、朝だよ!」 「ぐぅぅ…」 カーバンクルは、いつもの朝と変わらず、餅みたいに伸びきって寝ている。 踏んだら、アンコが出そうだった。 アルルはくすっと笑い、支度を始める。 この季節、もう昼ともなれば日差しによっては暑いと言ってもいい。 最近は膝の上まであるTシャツ一枚を寝巻きにしている。 アルルはそれを勢いよく脱ぎ捨ててからちょっと身震いする。 「む。朝はやっぱりまだ寒いか…」 アルルはタンスから昨夜のうちに決めておいた服を一式取り出し、大胆にもそのまま風呂場へと小走りに駆けていった。 「寒い寒い!」 やがて、シャワーの音が聞こえてくる。 今日はきっと楽しい日になる。 アルルは、そんな予感に心を弾ませながら鼻歌を歌っていた。 同時刻。 「…さて、と」 シェゾは何処かの森の中、木の根元から立ち上がった。 眠っていた訳ではない。彼はつい先程まで働いていたのだ。 今は一休みしていたに過ぎない。 足元を見ると、何か複雑に絡み合った二重の螺旋模様が引かれている。それは、視界の端から端まで一直線に突き通されていた。 その線は、草も岩も、当然地面も一緒くたに同じ色で染められており、草の高さもくぼみも無視して、かすかに赤い蛍光色で統一されていた。 その状況は、対象に赤い光線を当てていると言えば想像がつきやすいかもしれない。 シェゾは、線をまたいだ。 そして、振り返ると無造作に線上に手を伸ばす。 当然、その手は空を掴むのみ。 「……」 だが、シェゾはその手を戻し、今度は何やら念を込める。 そして、もう一度その手を線の上にかざそうとする。 バチッ。 一瞬、線の上にそのまま壁でもあるかの様にして放電と反発が起こった。 「…よし、と」 シェゾはそれを満足そうに確認すると、今度は何も無かったように線をまたいで、そのまま森の向こうに姿を消した。 森には、謎の線だけが残された。 線をまたぐ鹿も、遥か頭上を飛ぶ鳥も、ふわりと表れては消えてゆく精霊も、その線上を通っても何の反応もない。 だが、時折。本当に時折、何も通り過ぎてはいない線上で、パチリと弾ける一瞬のフラッシュと音がする。 一体、この線はどこまで続いているのか。一体、何に反応しているのか…。 「やっほー!」 アルルは、9時過ぎに集合場所である街道の茶店に到着した。 若葉色のワンピースがふわりとはためき、アルルがどんなスピードで走ってきたかを物語る。肩のカーバンクルは、丁度いいカラーのアクセントだ。 「遅いですわ。もうみなさんお集まりですわよ」 ウイッチがびしりと言う。 今日のウイッチは、珍しく半そでブラウスのパンツルックであった。ピンク系の上着と紫系パンツでまとめた服が、可愛らしさの中にも大人らしさをアピールする。さらに、紫水晶の髪留めが金髪に映えてアダルトさを演出すしていた。 …と、思っているのは本人だけで、周りからはベビールックとしか見られていないと言うのは秘密である。 大テーブルには、皆がぞろりと揃ってお茶をしていた。 「あ、ごめんね。ここって初めてだから、途中で道間違えちゃってさ…。あはは」 他の人も同様だが、道を間違えた人はいないので、いまいち説得力に欠ける。 「さ、さて、皆揃った事だし、サタンランドへ出発する?」 アルル、ウイッチ、ラグナス、ブラック、キキ、チコ、ドラコ御一行は、ぞろぞろと移動を始めた。 一応普段着とは言え、実に個性的な面々のパーティは人目を引く。 道中は街道馬車一台を丸ごと占領していたので、貸きり状態だった。 おかげで会話は弾み、お菓子を食べたり山手線ゲームをしたりと、一行は実に盛り上がっていた。 そして一同がサタンランドに到着する。 その頃、なぜかウイッチとチコは少々出来上がっていた。 「…あのね、ブラック、なーんでお酒飲ませるかな? しかも一番小さい子達にさ…」 チコを背負っているアルル。 「いや、景気付けにと思ってね。大したアルコールじゃないから、と思ったんだけどさ」 ベージュのロングスカートとブラウスでアダルトにまとめたブラックが頭を掻く。 「ブラック、それって何度あるんだ?」 同じく、ウイッチを背負うラグナス。 今日の彼の服装は、ギンガムチェックのシャツに茶のチノパンであった。 「んーと、38度」 「…ウオッカ並だぞ」 「甘いので割ったから平気だと思ったんだけどねー」 「だから飲みすぎたんだろうが!」 ラグナスが嗜める。 「あはは。まあ、休憩室で寝ててもらおうか。一応、アルコール抜くキュア系効果のある回復剤も持って来ているから、すぐ酔いは覚めるよ」 「そこまで分かっていてなんで飲ませるかなこのヒトは…」 アルルは頭が痛そうに首を振る。 「申し訳ありません。アルルさん…」 キキは恥ずかしそうに謝る。オフの日だが今日も彼女は抑え目な赤のフレアスカートと白のエプロンドレスだ。清楚なその姿は、控えめに野に咲く花を連想させる。 「ん、まあ、一時間くらいで復活するらしいし…」 「そうそう、気にしない気にしない」 「「あんたが言うな!」」 アルルとラグナスはステレオで言った。 「でさ、残りの御仁達は?」 「え? シェゾとサタンとルルー?」 「ん」 ブラックはうん、と頷く。 「シェゾは…そのうち来ると思うんだけど…。後は、サタンとルルーかぁ」 アルルは入園口を見渡す。 あの時のサタンの剣幕から考えると、徹夜で到着を待っている事こそあり得ない話では無いが、遅刻はそれこそあり得ない筈だ。 アルルは、おかしいな? と周囲を見回す。 居ないのは全然いいけど、チケットを渡すくらいはしないと後味が悪い。 時間は、既に予定から十分程遅れているのだ。 「うーん、一応、チケットくらいは渡さないといけないんだけど…」 「例のごーぢゃすなチケットか?」 「んーん。フツーのチケット。作ったヒトなんだから、そんなのいらないじゃない」 「ま、な」 と、そんな会話をしている最中。 「…んん?」 「なんだ?」 アルルとラグナスは、何か叫び声を聞いた気がする。 そう、丁度園内のホテル辺りから、歓喜の悲鳴と悲痛な絶叫を二つ、セットで聞いた気がした。 知っている男女の声だった気がする。 他のメンバーも、ああ、と言う顔で納得していた。 何が起こったかは言う間でも無い。 「…なんか、別にいいかな?」 「そうだな」 一行は、野獣に哀れな羊を生贄として授ける事を決定し、入園を開始した。 …シェゾ、来るよね…。 アルルはちらりと周囲を見渡してから、最後に入園した。 「うわー。すっごーい!」 扉をくぐった後、アルルの第一声はそれだった。 パンフレットによると、サタンランドは東京ドーム十個分以上の面積(約480000平方メートル)を有する広大なアトラクションであると書いてある。 「で、『とうきょうどーむ』ってなにかな? ブラック」 「…さあね?」 そしてその周囲は巨大な壁に囲まれており、外見からは壁ごしに見える巨大なアトラクションの頭でしか中を想像させるものはなかった。 他には、中からの音楽や客の悲鳴、歓声以外から中を想像する術が無い。 これは、とある有名なアトラクションの取る方法であった。 外から見えないと言う事は中からも外が見えないと言う事であり、サタンランドに入ってから外の世界の情報を遮断する事で、よりサタンランドの世界に浸かって楽しめる、と言う手法らしい。 そのような訳で、中に入ったアルル達は全員が素直な感嘆の声を上げる。 背中でグロッキーのウイッチとチコですら目を輝かせた。 「すごーい! なんか、ひとつの国みたい!!」 「…ああ、すごいな、これは…」 みんながそれぞれに惜しみない感嘆の声を贈っている。 それは、某ネズミ遊園地の如く計算して統一されたカラーで彩られ、周囲を木々と壁で囲まれている事でより違和感無く構成されていた。 「…こ、これは、寝ている場合ではありませんわね…」 ウイッチがふらふらとラグナスの背中からずり降りる。 「は、はい。わたしも、こんなところで、横になっているなんてもったいない事…」 チコもアルルの背中から離脱した。 「だ、大丈夫? 二人ともまだ…」 そういうアルルを、ウイッチが手をぴっとだして制する。 「いえ、ご心配なく。わたくし、こう言う事もあろうかと常に何種類かの薬品を常備しております。その中に、酔い覚ましもありますわ。ブラックさんの薬より効くと思います」 と、言うか、ウイッチは正直暗黒メイドの薬は飲みたくなかった。 ハッキリ言ってその薬は信用できない。 ウイッチは、皮素材のポーチから奇妙な色の錠剤を取り出した。 「…用意周到だね?」 「遠足に酔いや腹痛、熱冷ましの薬を携帯するのは、常識ですわ」 「…ウイッチさん、それで、治るんですか?」 チコは恐る恐る聞く。 「勿論ですわ!」 ウイッチは、自身まんまんでまず自分がそれを飲む。 苦そうな顔はするが、心なしか既に気分が良くなっている様な顔のウイッチ。 「…いただきます」 チコは、その何ともいえない匂いと色のウイッチ特製錠剤を、鼻を摘んで一気に飲み込んだ。 |