中編 Top エピローグ


魔導物語 Call me 後編



 後編

 四日後。
「I shall return!」
 成長していなかった。
「今日は本当に完璧! お小遣い一ヶ月分吹き飛んだギルド情報に、肉体的即効性解毒剤、アンド神経性解毒剤! 万が一の為の非常用食料一日分もある!」
 きちんと武装し、雄々しく宣言するアルルの背中に、やや膨らんだ皮のリュックがのしかかっている。
「カーくん、離れちゃ駄目だよ。ボクの肩か、リュックの上に居てね」
「ぐー」
 カーバンクルはゴムまりの様に弾むと、器用にそのままアルルの肩に止まる。
 アルルは一通りの装備を確認すると、よし、と気合い新たにダンジョンへと向かっていった。

「アルルが?」
 同じ頃、シェゾは情報探しに寄っていたギルドで、ブラックから珍しい客の話を聞いていた。
「そ。本当なら子供にはそう言う情報は売らないんだけどね、ただあんまり熱心だったから、出来るだけ易しそうで、確実な情報のある遺跡の地図を売ったの。あの子、冒険に関しては素人じゃないし」
「…それはいいが、やれやれ。またくたびれもうけにならなきゃいいけどな」
「なんか、訳ありらしいよ」
「知っている」
「いや、あんたの考えているのとは違うと思う」
「ん?」
 ブラックはにやりと微笑んだ。

「せいやぁっ!」
 薄暗い遺跡内に威勢の良いかけ声が響いた。
 青いチャイナドレスと黒の革パンツに身を包んだ少女の声。
「はぁっ!」
 声の主ドラコは、左軸足を地面にめり込まさんとばかりに踏ん張り、腰のバネを効かせた回転脚からの踵蹴りを繰り出す。
 鋭い蹴りは、次の瞬間に銀色の毛皮にめり込んだ。
 そこにいたのは、ドラコの身長の1.5倍は下らぬ長身のモンスター、ウェアウルフ。
 肺の空気がはき出され、くぐもった悲鳴が聞こえる。
 よろよろとよろめいたウェアウルフは、弾みで天井に空いた穴から光り差し込む場所に下がった。
 戦いの場は、辛うじて天井が残っているが、所々が崩れ落ちている事で、部分部分にスポットライトの様な採光口が空いていた。
 突然の視界の変化に網膜が悲鳴を上げる。
 ウェアウルフは、喉を壊した狼の様な吠え声を、強い残響音を残して響かせた。
「今だっ!」
 続いてドラコが何かを促す。
「うん! せぇいっ!」
 別の声の主。
 紺を基調とした衣装に身を固め、軽量のアーマーとマントに身を包んだ少女、アルルが気を練り始めた。
 空気が振動する音。
 そして次の瞬間、燃えさかる炎の音が空間を走る。
「当たれぇっ!」
 燃えさかる炎が空気を焦がし、疾走する。
 衝撃音と共にファイアーボールが衝突する、そう思った瞬間、ウェアウルフの姿が消えた。
 ファイアーボールはそのまま奥へ跳び、やがてマナの消滅により炎を四散させて消えた。
「!?」
 アルルとドラコは目を見張る。
 だが、スポットライトに照らされていたウェアウルフは確かに消えていた。
「…逃げた?」
「逃げたね」
 戦闘態勢を解除した二人は、押し寄せる虚脱感を押さえつつも大きなため息をついた。
 優勢と見えていたドラコだが、よく見ると服のあちこちに爪で引き裂かれた部分がある。
 裂けが深い場所からは、わずかだが血も滲んでいる。
 かなりの接戦だった様だ。
 敵の気配は消えたが、一応念の為に背中合わせのままで腰を下ろす。
 前後に死角が無い事は精神的な安定に大いに役立つ。
「はい」
 アルルはリュックとは別に着けていた腰のポーチから小さな瓶を二本取り出し、ドラコに一本を渡す。
「サンキュ、栄養ドリンク?」
「魔導酒だよ」
「あたし関係ないじゃん」
「滋養があるの。普通に体力回復に役立つから、栄養ドリンクと同じだよ」
「ふーん」
「それに、少し血が出ている。これね、解毒作用とかもあるの。だから、飲んで」
 アルルはその部分をそっと撫でてお願いする。
 ドラコはコルクを捻り、少し臭いをかいでみた。
「ヘンな臭い」
「薬草が主成分だもん。でも、すごくよく効くよ」
「……」
 ドラコは馴染みの無い臭いに躊躇するも、アルルがそう考えている間にあっさり飲んでしまったので、仕方なく自分もそれを一気に飲み干す。
「…まぢ」
 苦い顔のドラコ。
「慣れると結構いけるようになるよ」
「ほんとー?」
「ほんとほんと、それよりさ、一休みしたら、先に進もうよ」
「まぁ、あたしの方からのお誘いとはいえ、あんたもせっかくあたしが手伝ってあげるんだから、何かしら成果が無いとね」
 アルルの今日の冒険には、ドラコというパートナーが居た。
 とある理由により、彼女から同伴、と言うか冒険を申し入れて来たのだが、それがアルルにとっても幸いする。
 この遺跡に生息するモンスターは肉体的能力に長け、スピード戦を得意とするとの情報を得ており、それらと同じタイプの戦闘を得意とするドラコは先程から出現するモンスターと非常に相性良く渡り合い、そして退け続けていた。
 渡りに船。
 正にそれだとアルルは思っていた。
 アルルは立ち上がり、通路の傍らに投げてあるリュックを持ち上げた。
「カーくん」
 周囲を見渡しながらアルルが呼ぶ。
「ぐー」
 声はリュックの中から聞こえる。
「!?」
 アルルは慌ててリュックを開く。
「わぁっ! カーくん!?」
 仰天した声を上げるアルル。
 それもその筈、カーバンクルはリュックの中に紛れているだけならまだしも、ご丁寧に食料らしき食料と、薬の類を殆どを食い尽くしてしまっていたのだ。
「なんじゃこりゃぁぁーーっ!?」
 魂の叫びと残響音が遺跡に響く。
「あーあ、見事に食える物だけ平らげちゃってまぁ」
 リュックの中を覗いたドラコが、呆れた様に笑って言う。
「やっぱり連れて来るんじゃなかったよぉ〜」
 アルルは、カーバンクルをぞうきんみたいに絞りながら泣いている。
「いざというときは頼りになる筈なのに…どうしてこうも、普段は限りなく頼りないかなキミは…」
 泣きながらカーバンクルをシメるアルル。
 ツイストドーナツみたいになりながらも、尚笑顔のカーバンクルが不気味だった。
「まぁ、食っちまったもんは仕方ないね。どうせ時間はないし、死ぬ気で探すか」
「…うん」
 アルルは深いため息をつき、カーバンクルを力無く放り投げた。
 時間。
 確かに時間がないのだ。
 アルルは、あれほど叱られたにもかかわらず、ふたたび危険を冒さなくてはならなくなった。
 スポンジの如く、瞬時に元の体型に戻ったカーバンクル。
 放物線を描きつつ地面に着地すると、そのまま何事もなかったかの様に踊り始めた。
 アルルはそんなカーバンクルを見て、いよいよ力無く肩を落とす。
「一気に奥に行こう。それで駄目だったら、もう、どうしようもないよ。ボク達まで遭難したら、それこそ意味無いんだから。ドラコの事情も分かるけど…」
「賢明。それでいいんだよ。あたしの我が儘なんだから」
 ドラコはアルルの頭をぽん、と撫でて笑う。
「……」
「どしたの?」
 複雑な表情でこちらを見るアルルに、ドラコは問う。
 そんなドラコに、アルルは見上げる様な視線で問うた。
「ボク、そんな子供っぽい?」
「ん?」
 じっと見つめるアルル。
「気になった訳?」
「気に、なるよ…」
「かわいいからいいじゃん」
 ドラコはいたずらにアルルに抱きつくと、けらけらと笑った。
「むぅ〜」
 ドラコの胸に埋まりながら、アルルはむくれる。
 ドラコは、そういう所が子供なんだ、とは武士の情けで言わないでおいた。
 さて、その後二人はもう暫く遺跡を探検する事となる。
 この遺跡、幸い地下は確認されている範囲では三階しかなく、地上も最も高い部分で四階程度である。
 光を好まぬモンスターにとっては今一住みにくい場所故にアルル達には好都合であり、今のところ滞りなく冒険は続けられている。
 最も、地階が少ない替わりにこの遺跡、広さが半端ではない。
 その頃に最も権力を振るわせていた王が防御と酔狂を兼ねて作った立体迷宮は、床面積で言えば500ヘクタールを越える。
 一時期は繁栄を極めていたこの土地が、平和な時代への移行と共に膨大な軍事費の圧迫と、保守的すぎた故の他国との交流が少なすぎた故に滅びた事実を、残されたダンジョンが物語っていた。
 少しの間、地下一階へと続く坂の様な階段を下りた後、二人は話していた。
 周囲には、幸いドラコの野生的勘に感じる不穏な気配は無く、幾分緊張感を説く事が出来た。
「ドラコ、いつも思うんだけどさ」
 アルルはギルドから受け取った情報の写しを見直しつつ呟く。
「ん?」
 なんでこんなに遺跡って多いんだろうね?」
「は?」
「だって、昔は人が住んでいたから遺跡なんでしょ?」
「そりゃあ、ね」
「戦争とか、疫病とかで滅ぶって言うのは知っているけど、これだけ大きな建物が、何世紀も再開発とかされないで放置って、不思議だよね。ね?」
「知らないよ。何か不便だったとかさぁ」
 他愛のない会話をしながら二人は奥へ進む。
 少しの後。
「それらしいの、無いね」
 巨大な廊下から伸びる通路。
 そしてその先に設えられた部屋をチェックしつつ、二人は目的の物を捜していた。
 やがて、感覚的に時間がも過ぎたと思う頃、アルルが言う。
「そろそろ、限界かも…」
 広大な通路。
 歩いてきた道の前後は、地の底を思わせる暗闇。
 地下とはいえ、浅い為に外気の影響は受ける。
「そだね、ここが最深部の筈だし、夜はいらない連中が起き出す危険もあるし…」
「でも、大丈夫かな…」
「気持ちは分かるけど、これであんたに何かあったら、今度はあたしがあいつに殺されるよ」
「あいつ?」
「分からないなら良し」
 鈍くさい、と呆れて笑うドラコ。
 呑気な話をしていた二人が、ふと身を強張らせた。
 何か、全く異質な空気を肌に感じたのだ。
「ドラコ…」
「しっ」
 ドラコの金の瞳が鋭く光る。
 彼女の姿勢は、既に戦闘態勢に入っていた。
 瞳を閉じ、六感を研ぎ澄ます。
「アルル…来るよ。あいつだ」
「あいつ?」
「さっき、戦ったあいつ」
「ウェアウルフ!?」
「リベンジってところかな。…多分、前より強くなっていると思う。気が…違うね」
「……」
 アルルが喉を鳴らす。
 先程は確かに撃退出来た。
 だが、本来なら気絶くらいする筈のドラコの蹴りに相手は耐え、その攻撃を受けた後でありながら、逃げる時の動きは見えなかった。
 魔導攻撃すら交わすスピードを備えていた相手である。
 もし、先程は油断から本気を出していなかったとしたら…。
 そうでもなければ、再び目の前に現れる事など無い筈なのだ。
 アルルは汗がにじむのが分かった。
 ドラコも同じらしい。
 その額に、小さな水晶が浮かび上がる。
 闇の向こうから、遠吠えが聞こえた。
 アルルは肌がびりびりと震えるのを感じ、思わず縮み上がる。
 実戦には慣れているとはいえ、敵意をむき出しにした気と言う物には到底慣れる事が出来ない。
 アルルは、そう言う気に正面から立ち向かえるドラコを心から偉いと思っていた。
「来る…!」
 ドラコがアルルをかばう様に立つ。
 アルルには、闇以外何も見えなかった。
 だが、次の瞬間。
「がっ!」
 ドラコが、鈍い打撃音と共にアルルの後ろに吹っ飛んだ。
 まるで、最初から彼女はそこにいたかの様な、瞬間的な出来事。
 アルルの脇を鋭い風が吹き抜け、僅かに獣特有の野性的な臭いが鼻をつく。
 そこまで頭で確認してから、ようやくドラコは地面に落ちた。
 格闘家とは思えぬ無様な倒れ方。
 ドラコは、受け身も何も取らず、ただ後頭部から地面に落下した。
「ふ…ぐぅ…」
 意識はあった。
 だが、みぞおちの辺りを押さえ、苦しげに丸まり、激しく咳き込む。
 肺から無理矢理空気を吐き出されたらしく、一時的な呼吸困難に陥っている様子だった。
 そうそう見る事は出来ない筈の涙までを浮かべている。
「! ドラコっ!?」
 アルルはそこまで見てからやっと意識を動かす事が出来た。
 まず、信じられなかった。
 自分の周りで、格闘に関する事で彼女の右に出る人は居ない。
 勿論、プロの傭兵とかそう言う戦争屋のレベルになれば話は別だが、それを差し引いても、ドラコと格闘術でまともに渡り合える人なんて見た事は無かった。
 ドラコがこれほど無様に倒れている。
 アルルは自分の目が信じられなかった。
 次の瞬間、更に風が吹く。
「うわぁっ!」
 アルルは本能的な恐怖に身をすくめ、あろう事か戦場で頭を抱え、しゃがみ込んでしまう。
 だが、恐ろしい偶然でそれが幸いする。
 風を切る敵の攻撃は、アルルの頭があった場所をかすめたのだ。
 百年分を使い切ったかの様な幸運がアルルに反撃のチャンスを与えた。
 攻撃が通り過ぎた方向に攻撃を。
 あまりにも幼稚な判断だが、それ以外に考えられる攻撃方向がない。
「やぁっ!」
 アルルは、見える物のない闇に向けてアイスストームを放つ為の力場を、瞬時に構築する。
 力場内の磁場が電位運動を成立させ、極小のペルチェ効果が空気を氷化させる。
 整合精製により、氷のミサイルが生み出された。
「えいっ!」
 気合いと共に、鋭い氷の棘は放射状のベクトルで無数に飛ぶ。
 とっさの判断だったが、散弾の様に飛ばす事も出来るアイスストームを攻撃方法に選んだ事は正解だったとアルルは思う。
 闇の中から、鋭い打撃音が響く。
「!」
 アルルはそれが良い知らせではないと直感した。
 そう思うが早いか、顔の横に何かが飛ぶ。
 攻撃を、弾かれた。
 そう確信したのは、頬を切ったそれが、とても冷たかったから。
 アルルは、頬の傷の痛みも忘れて恐怖に戦いた。
 闇の向こうから、遠吠えが聞こえる。
 屈辱に震えたそれは怒号。
「ドラコ!」
 アルルは、はっとドラコに振り向く。
 何と、たった今までうずくまっていたドラコが、ふらふらと立ち上がっていたのだ。
 しかも、闇の向こうの敵に向かって、おぼつかないながらも構えを取る。
「だ、駄目だよ! ドラコ、逃…引こう!」
 ドラコにあからさまに逃げという言葉を使うと、彼女が反発する事は知っている。
 アルルは、とっさに言葉を替えて強く提案した。
 そこまで考える程に、今は引くべきだと感覚が訴えていたのだ。
「…逃げるにも、用意がいるよね」
 ドラコは痙攣する腿をはたき、無理矢理腰を落として体勢を落ち着かせ、その瞳で闇を睨む。
「え?」
「あいつに蹴り喰らわせたのはあたし。つまり、あたしの方が恨みが強いよね」
 ドラコはアルルを横目で見ると、自慢げににやりと笑う。
「!」
 アルルは背筋が凍る思いだった。
「何言って…」
 言葉の途中で、アルルは自分の体が強く弾かれたと感じた。
 足が地面についていなかったから。
「…!」
 水平な視界が天井に向く瞬間、アルルは一歩遅れてドラコの体が、バネで弾いたみたいに吹っ飛ぶのを確認する。
 ドラコ!
 アルルは声にならない悲鳴をあげた。
 ほんの僅か遅れて、岩の様に固まった地面に鈍い打撃音と、続けて何かを強く擦る音が聞こえる。
 その後で、アルルはやっと地面に落下した。
 押し飛ばされたアルルが地面につくよりも、その後に攻撃を受けたドラコの方が早い。
 それは、吹き飛ばされたのではなく、地面に大変な勢いで叩き付けられたという事。
「…ドラコ! ドラコっ!」
 アルルは打ちつけたらしき肩の痛みも無視して、人形の様に転がるドラコの元へ走る。
「う…くそぉ…ぐっ…」
 辛うじて意識を保つドラコが、苦痛と屈辱の嗚咽を漏らす。
 戦闘用に十分な耐久性を持っている布製であるはずの服が、肩口から大きくが切り裂かれていた。
 しかも、一撃の音だと思っていたが何故かみぞおちの辺りにも爪が食い込んだ穴が空いている。
 恐ろしい事に疾風の様にすれ違った一瞬で、ウェアウルフは同時に二撃を放ったらしい。
「…!」
 アルルはドラコの頭を抱えたまま、闇の向こうから視線が放せなかった。
 見えてきたのだ。
 ライトの灯りだけがたよりでありながら、まるで太陽に照らされたかの様に輝く銀毛が。
 そして、その頭上近くには、同じく白く輝く、杭の様な牙が見えていた。
 どうやら、充分に足は止めたと判断したらしい。
 怒りに金の瞳を燃やすウェアウルフが、改めて二人の前に姿を現した。
 ただでさえ巨大なその姿は、毛の逆立ちも手伝い、まるで熊の様に巨大に見えていた。
「…っ」
 ドラコが尚も起きあがろうとする。
「駄目っ!」
 アルルは必死にそれを制する。
「逃げなよ…。やっぱ、あたしが最初の…目標らしいよ…」
 口元から赤い筋を垂らしたドラコが、尚も戦闘意欲を失わぬ瞳で敵を睨み付ける。
「だめっ! やめてっ!」
 アルルはドラコの前に立つ。
「逃げなっての!」
 ドラコはアルルを押しのけようとするも、その手にすら力が入らない。
「…来る!」
 アルルは考える。
 魔導攻撃を跳ね返すスピードとパワー。
 自分と比べて遙かに反応速度に勝るドラコすら太刀打ち出来ないスピードで迫られては、自分などひとたまりもない。
「ならっ!」
 アルルは気合いを入れ、防御魔導、シールドを張り巡らした。
 そして、それを見越したかの様にウェアウルフはアルルに爪を向けた。
 岩で出来ている様な爪が、アルルの鼻の先ほんの十センチ足らずの空間で、火花を散らして空を切る。
 シールドが機能した。
 だが、よほど気を練ったシールドでも無い限り、力のベクトル全てまでを消滅させる事は出来ない。
 アルルは、本来自分の体に刻まれる筈であった力の余波を受け、後ろのドラコと一緒に倒れ込んだ。
 対してウェアウルフは、状況を悟り、憎々しげに身を下げる。
「ドラコ、大丈夫?」
 アルルは視線を相手から話さぬままに声をかける。
「う…うん」
 その声は弱々しい。
 肩の出血に加え、みぞおちにも同じく傷を受けている。
 一刻も早く医者に診せねばならない。
「ヒーリングかけてくんないの? それならあたしが戦って…」
 ドラコがぼそりと呟く。
「駄目だよ! ヒーリングは、あくまでも回復が早まるだけ! 瞬間的に治る魔導なんてあり得ない!」
「あ、そうだっけ。あはは…」
「そうなんだよぉ…」
 アルルは、分かり切っている事を言っておちゃらけるドラコが逆に痛々しかった。
 こんな状況でも、彼女は緊張を和らげようとしているのだ。
 ウェアウルフは、思い切り腰を落とし始めた。
 まずい。
 アルルは直感する。
 ウェアウルフは、シールドを力で破壊する気なのだ。
 シールドは魔導力により物理的、及び魔導的エネルギーを中和する技。
 当然エネルギー変換は行われ、発動した側のエネルギーを奪いさえすれば技は消滅する。
 ウェアウルフは、アルルの発動した技を、パワーで対消滅出来ると睨んだのだ。
 正直、ただでさえ魔導力消費率の悪い防御魔導である。
 アルルは、あの強力な爪に何度耐える事が出来るのか、自信はなかった。
「どうすれば…」
 アルルは、半ば気を失いかけているドラコを抱きしめ、悩んだ。

 どうしたらいいの?
 ドラコが、このままじゃ危ない…。
 それに、この冒険の目的が果たせない…。
 ドラコの、ドラコの友達のドラゴンが苦しんでいるのに…。
 まだ、この先にある筈の、龍脳石を、持ち帰れていないのに…。
 友達が死んじゃう。
 どうしたら…。

 アルルは願った。

 助けて。
 ボクの友達を助けて。

 心から、アルルは願った。
 ウェアウルフの爪が障壁を殴りつけ、アルルとドラコは蹴られた様な衝撃で後退する。
 シールドが希薄になる。
 次はまともに食らう。
 アルルが青ざめる。
 ウェアウルフは満足した様に大きく吠え、その爪を天高く掲げる。
 掲げようとした。
 掲げられる筈だった。
 ウェアウルフは、異質な右手の気配に目を剥いて振り向く。
 右腕が無い。
 肩から先が、消失していた。
 痛みすら感じぬその切り口。
 ウェアウルフは、今ようやく吹き出した血と共に激痛を脳に叩き付けられ、鼓膜を突き破りそうな悲鳴を上げて転げ回った。
 アルルは、まるで一変したその状況に戸惑う。
 そして、一つの約束を思い出した。

「本当に望むなら、助けに行く」

 今耳元で囁かれているかの様にはっきりとその声は聞こえる。
「シェゾっ!」
 アルルは反射的に叫ぶ。
 視線の先、暗闇の中に、闇より尚深い漆黒を纏う男が居る。
 アルルが、それを見抜けぬはずはなかった。



 

中編 Top エピローグ