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魔導物語 当たるも八卦、当たらぬも八卦 第五話



  難の五 魔難
 
「今度こそ山を降りるぞ」
 シェゾは心底不機嫌そうに言う。
「ああ…。いや、別に巻き込む気はなかったんだが…」
 ラグナスが、自分が悪い訳でもないのにとりあえず謝ってしまう。
 ドラコは、もうコリゴリだとばかりにさっさと帰ってしまった。
 今度会ったらお礼はするから、今日はもうカンベンして、とフラフラになりならが飛んで帰宅するドラコ。その後ろ姿は、何かこっけいだった。
 そして、残った二人。
「…シェゾ」
「ん?」
「一体何なんだろうな?」
「そりゃ俺の科白だ」
 そう言い残して、シェゾも歩き始めた。
「じゃな」
「あ、ああ」
 服はとりあえず歩きながら考えるとしよう。
 一人その場に残ったラグナスは、彼を少しの間見送ってから、ふう、と深呼吸する。
 そして、一応山を見回ってから自分も戻る事にした。
 
 暫くは平和な行進が続いた。森も平坦になり、もう麓を過ぎている。
 このまま街に着けそうだ。
 そして…。
 そう思っていた矢先。
「!」
 強力な魔導の波動。
 いや、何かそれ以上に感情の波動を感じる。
「……」
 空気が、ぎりぎりと軋む。
 シェゾは背中がぞわりと波打った気がした。
 怒り、妬み、嫉妬…どれかは分からないが、明らかにその方面の感情だ。
 そして、気配は実体となり、彼に降りかかった。
「!」
 怒級のサンダーが彼を襲う。
 シェゾは跳躍し、それの落下地点から転移した様な速さで離脱する。
 白色の閃光に一歩送れて、ドラゴンの咆哮の様な轟きがシェゾを襲う。音の大きさならさっきのドラゴンといい勝負だ。
 そして、そのサンダーの早さも並ではない。彼の反射神経が無ければ、今頃白煙を上げて地面に転がっていただろう。
「これは…」
 シェゾは、帯電したであろう自分の体から半端な電子を捨て去り、誘導雷の危険性を削除する。
 そして、目に付いた杉の樹に向って跳ぶ。
 高さが三十メートルは下らないその樹の頂上へ飛ぶのに、三秒と掛からなかった。
 頂上、その柔らかな枝の上に彼は鳥の様に立つ。
 そして、それを発見する。
 樹の上、更に三、四十メートルは上空に、それは居た。
「…サタン」
 遥か頭上にして、彼のその形相は正しく鬼だった。
「しぇぞおおおぉぉぉぉ…」
 子供が聞いたら泣きそうな声で呼ばれる。
 …どこの国の祭かは忘れたが、ナマハゲってのは確かあんな顔だったな。
「どうした? 髪でも薄くなったか?」
 次の瞬間、杉の頂上に滝の如く落雷が降りそそぐ。杉の樹は油をかけたみたいに勢い良く燃え上がり、そしてマッチの如くあっさりと黒焦げになり、燃え尽きた。大変な熱量だ。
「…すげえな」
 シェゾは、とうの昔に宙に逃げていた。
「いきなりこれかよ。失礼な奴だな」
「貴様に言われたくないわっ!」
 二人の目線は同じになった。
 だが、彼の発する怒りのオーラは吹き付ける突風となり、それはシェゾすらも易々とは近づけさせなかった。
 この容赦が無いと言うかヤケクソな力の解放、そしていつもながらの壊れっぷりを見れば彼がどれだけトサカに来ているかが分かる。
「…ところで、何で俺にその阿呆みたいな怒りが向けられるんだよ…」
「ほぉ…。シラをきると…」
 何をどうするとそうなるやら、サタンは怒りに体を帯電させ、時折パチパチと体から放電現象を起こしている。髪も、猫みたいに逆立つ。
 シェゾは覚悟を決めた。
 こうなると、こいつはもう人の話を聞くと言う高等な真似は出来ない。
 例え、何を聞いたとしても行動を曲げる事はしない。
 そういう奴だ。
 そして今、自分の目の前で冷静にしているシェゾを見て、サタンは尚更暴走を加速させていた。
 逃げるか。
 シェゾはあっさりと背を向けた。
 こう言う場合の逃避を、特に恥とは思わないから。
「待たんかぁっ!」
 雨霰と火の玉が襲い掛かる。
 一つでも当たれば致命傷になりかねないそれだった。
 少しでも物理法則が通用するなら、と言う事で上空に向って飛ぶシェゾ。
 幸いな事に、重力は味方してくれた。魔導を元とする攻撃とは言え、そのエネルギーは物理的なものだから。
「待ったら大変な事になるな…」
 シェゾは鋭い疾風と化す。
 そして、その疾風を追うのは濁流の如き勢いの暴風だった。
 その気迫は、まるで追い風の如く彼を押す。
 正直、恐ろしさを感じない訳ではないが、いつもこういう時に残念とも思う。
 もう少し、まともな舞台でぶつかりたいものだ、と。
 気がつくと、刺す様な寒さが肌を襲う。
「…飛びすぎたか」
 いつの間にか、下を見ると街が点のように見えていた。
 それどころか、雲も目の下だ。
 だが。
 彼の目の下にあった白い雲が、押し上げられたように膨らんだ。そして、弾けたみたいな速度で鬼が姿を表す。
 両手を、まるで愛しい人への求愛の如くゆっくりと差し出しつつ上昇し続けるサタン。
 その微笑みは凶悪にして美しい。
 どす黒い血の様な気さえ吐き出さなければ、落ちない女はいないであろうその美しく、凶悪な笑顔だった。
 美術界、かどうかは知らないが、狂気美と言うものがあると言う。シェゾは、ほんの少しだけそれがどう言うものか理解出来た気がした。
「さぁて…シェゾ君。鬼ごっこはそろそろ終わらせようか…」
 二人の距離は約三十メートル。そして、視線は今同じ高さとなる。
 何か、彼と今鬼ごっこを終わらせると、同時に色んなものが終わる気が、いや、確信がある。
「なぁ、魔王様」
「何だ? 聞いてやろう」
 その素直さは、獲物をしとめると言う自信からくる哀れみか。
「怒りの理由をこの俺にも、無知なる俺にも分かる様に教えてくれ」
 彼としては、出来るだけ神経を逆撫でない様に気を遣ったつもりだった。自分を卑しめるなど、普段は絶対にやらないから。
 だが。
 ビシ、と空気が音を立てた。
「…貴様…貴様、こんな事も分からぬ愚か者なのか…。こん、こんな愚かな男が…こんな愚鈍な男が…何故…わたしではなく…わ・た・し・で・は・な・く…!」
 危い(ヤバイ)。
 彼は失敗を悟る。
 下手な事をするものじゃない。
 サタンは完全にトサカに来た様子だ。
 しかも、どうにも理由が分からない。
 これが一番問題だ。
「……」
 ちらりと下を覗く。
 街は真下。
 これは、我らが女神様に助けを乞うた方が良さそうだ。
「サタン、あばよ」
 シェゾは消えた。いや、自由落下を遙かに越える速度で街へ向かっていた。
 一つ、いや、二つに増えたそれが地上にたどり着くのは、僅か十秒後だった。
 
 
 

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