第三話 Top 第五話


魔導物語 当たるも八卦、当たらぬも八卦 第四話



  難の四 風難
 
 シェゾはもう、何が何やら考えるのが面倒になっていた。
 シルフィネル(風属性の半実体化している邪精)、ハピアン(人の体と、鳥の巨大な羽を持つモンスター)、ついでにキマイラ(ライオンを軸として、複数の動物が融合した姿のモンスター)に囲まれると言う状況がいったい人生に何回あると言うのだろう?
 しかも、お荷物付だ。
「…あ、あたしも一応、羽あるから…な、仲魔ではないかと…」
「字が違うて」
 ラグナスが現実逃避の如く裏拳でドラコに突っ込む。
「……」
 審査員は厳しい。笑いの替わりに、低い唸り声が聞こえた。
「受けなかったようだな」
 シェゾは仁王立ちで溜息をつく。
 
 四十分前。
「手伝え!」
 シェゾが叫んだ。
「やってる!」
 ラグナスが気を高める。
 ドラゴンの吐息は、岩すらもチーズの如く溶かす。
 そんな灼熱の中、シェゾは限界まで気を高める勢いでシールドを張り続けていた。
 だが、シールドは非常に効率の悪い魔導だ。
 シェゾの膨大な魔導力をもってしても既に限界が近い。
「…ど、どうだ? ラグナス?」
 苦しげなシェゾ。
「あと十五…いや、十秒待て!」
 それは、ラグナスの呪文詠唱完了までのカウントダウン。
「七秒だ!」
「4・5…」
 ドラコがあわあわとカウントする。
「いいぞ!」
「くっ!」
 声と同時にシェゾは突き飛ばされた様に転んだ。魔導力の展開を急激に閉じた為、行き場を失った魔導力の余波が、バックラッシュとなってシェゾを弾いたのだ。
「…あっぶなあ…」
 ドラコは一部始終を見て肝を冷やす。
 シェゾのシールド解除とラグナスのシールド展開は正しく同時だった。
「…く! …つか、シェゾ、きついぞ、これ…」
「あんなのの攻撃だ。それより、今度こそ本当に逃げるぞ。三人分の詠唱が要る。死ぬ気で耐えろよ」
「…が、がんばるさ。任せろ!」
 既に脂汗を流しているラグナスが、やせ我慢で笑う。
「…あ…あつい」
 ドラコはうだる熱さにグロッキーだ。
 シールドによる防御は完全ではない。特に、桁違いの攻撃に関しては完璧な魔導防御を発動しても、どうにも余波が来る。
 この場合は致死的な熱線と、炎による酸素の途絶えこそ防いでいるが、シールド内の空気は既に摂氏五十度を超えた。息をすると肺が焼けそうだし、何より呼吸によって酸素自体も残り少ない。
「…シェゾ、どう、だ…」
「五秒待て」
「…さ、三秒っ!」
 ラグナスの顎から大粒の汗が落ちた。
「捕まれっ!」
 シェゾの叫びと、熱波によるシールド崩壊は同時だった。
 三人が居た場所で、魔導防御崩壊による余剰エネルギーと魔導に拠る熱波のエネルギーが交じり合った。それは爆発的熱量となり、轟音と共に山肌を少々いびつにした。
 地図の等高線を、少々描き直す必要がある程に。
 
 現場から再び十数キロ離れた森の中。
 三人はそれぞれに横臥して深呼吸していた。
「きっつー…」
 ドラコが洩らす。
「ああ、Highly-placed Dragon。恐ろしい奴だ…」
 ラグナスも応える。
「……」
 シェゾは無言で空を見ていた。
「助かった。サンキュ」
 ラグナスが起き上がって言う。
 ドラコも体を起こす。
「ふう、今日は災難だったなぁ…」
「俺の科白だ」
 シェゾはやっと喋った。
「…シェゾ、整理しよう」
「なに?」
 シェゾは立ち上がって聞く。
「おかしいだろ? ここら一体は確かに他の地域と比べると色々異質な場所ではある。だが、いくらなんでもHighly-placed Dragonって事は無いだろ。あれは普通、人が居ない、って言うか、人が立ち入れない様な場所に棲んでいるもんだ」
「ああ」
「なぜ、こんな人里近い山に居る?」
「そういうもんなの?」
 ドラコがキョトンとして聞く。
「…そうだな」
 冷静に考えればそうだ。確かに、ドラコの言った経緯云々がそれらしいので別段疑問には思わなかったが…。そもそも、ドラコのパンチやキックで洞穴が崩れる事自体がおかしいと気付くべきだった。
「あれは、本来別の場所に居るべき奴、か」
「何らかの理由で移動、もしくは、呼び寄せられた?」
 二人は考える。
「ねえ、何か知らないけどさ、これからどうするの?」
 ドラコが、二人の傍に寄って来て尋ねる。
 ん? と首をかしげて尋ねるその姿は、どこかやんちゃな子犬を連想させる。言ったら怒るだろうが。
「あれだけ憂さ晴らししたんだ。どういう理由でここに居るのであれ、気が済んだだろ。ドラゴンの件は、片付いた」
「そういう事だな」
 ラグナスは、うん、と背伸びして言った。
「じゃ、もう安心? 本当に?」
 ドラコが、まだどこかに不安を残しつつも安堵する。
「…俺は行く。今度こそな」
 シェゾは、すごい事になっている服を見て、うんざりしながら言った。
 戦闘用では無いうえにこれは縫い物、頑丈ではない。もはや、つい今朝までおニューの服であったなどとは、冗談にも思えないありさまであった。
「そう言えば、お前どこへ行くんだ? そんな格好で…」
 ラグナスが一応心配して聞く。
「そんなは余計だ」
 そんな服にした原因の一端でもあるくせに、と思いはしたが、口に出す気もない。シェゾはそのまま歩いて行こうとする。
 森の中から出ると、そこは切り立った崖の上だった。視界の遥か彼方まで森が広がり、この崖から下までは二百メートルは下らない。
 三人は、そのまま方々に別れるかと思われた。
 風が吹くまでは。
「……」
 三人は、流石に話の流れを読んだ。
「一難去って…」
「また一難〜?」
 ラグナスとドラコは溜息をつく。
「一難どころじゃねえよ」
 シェゾが一番肩を落としていた。
 
 かくして、空をテリトリーとするモンスターが何故か仲良く群でやって来た。
 点のようだった彼らがその姿を確認するに至るまでは、二十秒も無かった。
「普段は、あいつらも敵同士みたいなもんの筈だよなぁ…」
 ラグナスが、もはやどうでもいい事にとりあえずつっこむ。律儀な奴だ。
「や、やっぱり、あのドラゴンに触発されて気が立っているとか…?」
 ドラコは、なんとか理由の整理をつけようとする。
「…読みとしては悪くない」
 シェゾは一応応える。
「だが、そんなことより…どうする?」
「……」
 三人は顔を見合わせた。
「まとめて消し炭ってのは…」
「シェゾ、無益な殺生はよせ」
「いや、命がかかっているぞ」
「…そ、そうそう!」
 ラグナスがちょっと不利だ。
「しかし…」
 そう言っている間にも、シルフィネル、ハピアン、キマイラの混合チームは気を溜めていた。奴らクラスの中堅どころとなれば、魔導の発動は珍しく無い。
 しかも、割と痛い。
「……」
 シェゾは一体、今日一日で何度溜息をつけばいいのだろう。
「シェゾ、あの、シールドは? もしくは転移…」
 ドラコがおずおずと聞く。
「売り切れだ」
「うそお!」
 無論嘘。使いたくないと言うのが本当のところだ。
 転移にシールドと、よりによって燃費の悪い魔導ばかり使っている。攻撃魔導ならまだいいが、防御やその他の魔導は疲れが早い。
 これ以上の精神力の減少は悪影響があるだろう。
 その様な理由で、彼は拒んだ。
 だが、代わりに彼は闇の剣を取り出す。
 クリスタルの渇いた音が響いた。
「…仕方ないな」
 ラグナスも剣を抜いた。
 悩みこそすれ、躊躇はしない。戦いに生きる者の定めだ。
 それを拒めば、明日は無い。
 三人は、お互いに五メートル程度の間を空けて立っている。向きは扇状。三体のモンスターも、それに合わせてお互いの正面上空に身を構えていた。
「ドラコ、いくぞ。相手は丁度同じ数だ」
「ハ、ハピアンと戦えっての?」
 空を制するモンスターでは、ハピアンは上位だ。
 飛べるとは言え、ドラコ達の様な人型に限りなく近いドラゴン族は地上で生活する事が主である。空中はおまけ程度となる。
 それと比べ、飛ぶ時間が地上に居る時間より多いハピアンである。
 それらに対して空における戦いとなると、あからさまにドラコには不利だった。
「普段、ドラゴン相手にも引けを取らないって言っているのはどいつだ?」
「ここ、言葉のアヤじゃないのぉ…。意地悪…」
 ドラコが泣く。
「どっちみち、一対一だ。諦めろ。サポートしてやる」
「どうせならまとめて相手してよ…」
「断る」
 出来る事はやらせる。それがシェゾだ。
「あぅぅ〜…」
 肩を振ってうにうにと泣くドラコにかまう事もなく、シェゾとラグナスは宙に舞った。
 攻撃姿勢をとり、低空に構えていたモンスター達と目線が水平になったのは次の瞬間。
 ラグナスは、シルフィネルに剣を定めた。精霊だと言うのに筋骨隆々な青銅の像を連想させる逞しい肢体。ラグナスは、分かり易く言うとヘラクレスだな、と思いながらそれの脳天に剣を落とす。
 しかし、その剣は岩の様な手に阻まれる。
 甲高い音と、火花が散った。とても精霊のイメージからは程遠い力強さだ。
 だが、それは思ったとおりの行動。
 受け止められた剣を軸に、ラグナスは更に上に跳ぶ。
 超人技だ。
 シルフィネルの頭上に跳び、ラグナスは浄化を唱えた。落下と同時に、その手が眩い発光を起こす。疾風の如き速さの手刀、それは頭の上からシルフィネルの体に突き刺さり、貫通する。ガードにと交差させた手も無意味だった。それごと、貫通する。
 水に手を突っ込んだみたいにして、頭から股間まで貫かれた。
 綺麗に体の真ん中に溝を作ったシルフィネル。
「!!!!」
 シルフィネルは、声を出そうにも頭が両脇を残して消失しているので、四肢をもがいてそのまま砂の様に四散しながら落下し、途中で消滅する。
 それを視界の端で見て、ドラコはぞっとした。
 霊体とは言え、体を掻き取られた様なものだ。彼女は、鳥肌を立てる。
「…い、痛そうだよ…」
 そんな当然の感想が思わず口から出る。とても洒落る余裕はないのだ。
 だが、特にドラコの言葉にラグナスが返す事は無かった。
 それと同時期、同じく正面に構えたシェゾに対してキマイラが紅蓮の炎を吐く。シェゾは羽があるかの様にして後ろへ下がる。
 シェゾは、ふわりと下の場所に着地した。
「シェゾ。一匹片づいた」
「ああ」
 今は、交戦中だ。まだ、敵は二匹残っている。
「ドラコ、来るぞ」
 シェゾがお情けで言う。
「え!?」
 慌てて正面を見るドラコ。
 目の前には、ハピアンが迫っていた。
「うわ!」
 ドラコは反射的に身構え、遅い来る敵に備える。
 反射神経で構えをとる辺りは、流石自称とはいえ格闘美少女だ。
 慌てているとは言え、それでも尚隙の少ない構えにハピアンは寸での所で止まる。
 黄金色の瞳が、憎々しげにドラコを睨んだ。
「…やるしかないよねぇ」
 ドラコは覚悟を決めた。呼吸を整え、気合を込める。
「はああぁぁ…」
 そんなドラコを見て、シェゾも構えを整える。
 目の前に雄々しく羽ばたくキマイラを見据え、剣をゆっくりと構えた。
 シェゾは、目の端でラグナスに合図を送る。ラグナスもその僅かな仕草を逃さず捉え、小さくうなずいた。
 シェゾの飛翔と、ラグナスが行動を起こしたのは同時だった。
「ひっさつぅ…」
 ドラコが、一撃必殺の技を繰り出そうと気合を爆発させかけた。
 しかし、一瞬ハピアンが早かった。
 基本的に素手同士の場合、高い位置の相手が有利だ。
「わ!」
 その体にしては異常に巨大な足の鍵詰が、ドラコの頭を鷲掴みにしかけた。掴まれば、頭蓋骨など簡単に穴があくであろうその爪で。
 しかし、その爪はラグナスの剣に阻まれた。どう言う皮膚をしているのか、やはり剣は渇いた音を残して弾かれた。
 チャンスは消えた。瞬時に下がるハピアン。
「…よ、余計だよ!」
 ドラコが、ラグナスより後ろに下がりつつ怒鳴る。素直に礼を言える程大人ではない彼女なのだ。
「悪い」
 ラグナスは、特に気にすることなくさらりと言う。
「後は任せるさ」
「ふ、ふーんだ!」
 その声と同時に踏み出すドラコ。ハピアンの怯んだ隙を逃すほどトロい彼女ではない。
「はぁっ!」
 次の瞬間、彼女はハピアンと同じ高さに飛び上がり、しなやかに体を捻ると全身をバネにして、渾身の『必殺キック』を放った。
 目にも止まらぬそのつま先が、見事にハピアンの鳩尾に食い込む。
 足先に感じるのは骨の砕ける感覚。好きになれるものではない。
 ハピアンは、押し潰された様な悲鳴をあげて、きりもみで落下する。
 数秒後、視界の下の森で、枝が折れる音と鈍い落下音が小さく響いた。
「ざまぁカンカンカッパのへ!」
 ドラコが、べーっと舌を出す。
「…何処の言葉だよ」
 ラグナスが妙な科白に質問する。
「ん? さあ? 何となくこう言う時の定番だからさ」
 その時、重々しい爆音と、それに負けない大きさの叫び声が、二人を振り向かせた。
 二人の視界に見えたのは、丸太程もある巨体を胴体で真っ二つにされ、しかも爆発的に燃えながら落下するキマイラの哀れな姿であった。
「!…」
 ドラコは、敵とは言えどもその凄惨な光景に息を飲む。
 何はともあれ、彼の敵でなくて本当に良かった。
 ちらりと、至って涼しげな顔で哀れな獲物を見送るシェゾの横顔を見ながら彼女はそう思う。
「シェゾ。あれ、落ちたら山火事にならないか?」
 やや別の視点でものを言うラグナス。
「大丈夫だ」
 シェゾがそういうのと、二つの大きな爆発音が空中に響いたのは同時だった。
 
 
 

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