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魔導物語 当たるも八卦、当たらぬも八卦 第三話



  難の三 火難
 
「今度こそ、大丈夫だな」
 そこは、現場から更に十キロ以上離れた森の中。
 シェゾは正式な転移を行ったので体への負担も最低で済み、地形情報も構築出来ていたのでまったく普通に出現、着地できた。
 
 転移魔法ってのはもっとも便利で、且つ面倒な魔法だ。
 己の体を信号に分解してある一点に送信し、分解情報を元に再構成、元の物体として再起動する。…落ち着いてみると、考えただけでぞっとするぜ。
 語弊はあるが、言ってみればそれは料理に似ている。
 完成品と言う元情報。これを魔導力によりレシピとして蓄積。体と言う完成品を、材料まで分解。
 材料をそのままどこかに運ぶ。
 そして、その場についたら、レシピを元に材料を使って料理を作り直す。
 そんなもんだろう。
 だから、もしもレシピと言う命綱が不完全だったりした場合、もう元には戻れない。
 移動に関しても、転送のための残留魔導力が確固たるモノとして構成されていないと、言わばガス欠を起こしてしまい、そこまで辿り着けないか、材料を撒き散らす事もある。
 最初から最後まで当り前なのだが、確固たる魔導力が無いと転移は成功しない。
 特に、己を分解して、エーテル体以下の物質になるのだ。
 本来、生きてこその精神力に依存する魔導力を、物質になっても保持すると言う残留魔導力として確保する。
 それだけでも、それが如何に優れているか、あるいは、異常かが分かるだろう。
 だからこそ転移を扱える奴は上位魔導師ですら少ない。上手い下手ではなく、出来る出来ないだけなのだから、真似事も出来ないのは当然だ。
 そいつが本当の意味で一流かどうかは、転移が出来るかどうかにかかっているとさえ言われる。俺もそう思う。
 もっとも、遠くまで行ける行けない、現地の情報を正確に把握出来る出来ないと言う点では上手い下手は存在するのだが。
 だから、バカが転移すると固形物質の存在する軸で再構成を発動してしまい、同化してお終い、そんな泣くに泣けない事例もある。
 そんな魔導だ。
 体力も魔導力も多く消耗するし、転移先の情報をきちんとサーチしないで発動した場合とそうでない場合では、その消費は倍以上の差がつく事も多い。
 転移先の地形、その他情報をサーチする事自体にも、時間と力が要る。
 転移魔法を、繊細でエレガントな上位魔法と言えば聞こえはいいが、俺に言わせれば面倒で融通が聞かないだけだ。
 そう言えば、千里眼ってやつは転移の一歩手前を視覚的に確立させた魔導だそうだ。
 だから、転移が出来る奴は無論それも出来る。逆も然りだ。それが出来れば、あと少しで転移を操れるようになる。
 まあ、異世界にも行けるって点では便利この上ないと認めるがな。
 シェゾは、異世界に行けると言う事実。それが、どれだけ特異な事かと言う自認は自分には無かった。
 空間を越える事が出来る人間など、有史から現在までの信頼できる書物をありったけ探しても、五人といないのだ。
 シェゾの様な歴史の表に出ない人物がいるとしても、十人は超えまい。
 だが、馴れとは恐いもの。サタンやシェゾなど、当然の様に扱える者が居る界隈だからこそ、彼らの知り合いは驚きも恐れもしない。
 その特異性を知らないからこそ驚かない者。知っていても騒ぎ立てない度量を持つ者。それは様々だが。
 
「ううわ!」
 しかし、ドラコは転移に慣れている訳も無い。見ると経験するは別物だ。
 出現の際に感じる体の再構成の感覚に目眩を起こし、掴んでいたシェゾの腕からずるりと滑り落ちる。そして、そのまま無様に尻餅をついた。
「…あたた。助かったの?」
 ドラコが尻を押さえながらふらふらと立ち上がる。
「…気配は、無い。まぁ、あれだけ暴れたんだから、あのドラゴンも許してやったってところか」
「助かったぁ」
 ドラコはもう一度ぺたんと座り込んだ。
 シェゾも、とりあえず腰を下ろす。
「あは。あんた、泥だらけだね」
 ドラコは申し訳なさそうに言う。
「……」
 確かに、今のシェゾは頭からつま先まで土にまみれていた。それはドラコも一緒だが。
「やれやれ、戦闘向けの服が汚れるのはかまわないが、この服がこうなるとな…」
 街に用があると言うのに。
「あはは。ホントにゴメン」
 ドラコも、体の埃を払いながら言う。
「髪まで埃まみれだよ。いい女が台無しだね。あははっ」
 ドラコは気持ちよさそうに笑った。
「ふっ」
 シェゾもかすかに笑う。
 何故だろう。こうやって笑う女には時として好意さえ覚える。
 騒がしい奴など嫌いな筈なのに。
「…さて、どうするか…」
「何が?」
 ドラコが、頭の上から聞いてくる。
「街に行く予定だった」
「ふんふん」
「このかっこうで行くってのはな…」
「あたしはそのまま帰ればいい話だけどね」
 けろりと言うドラコ。
「お前はな…」
 諦めと言うよりも、だろうな、と言う感じで溜息をつくシェゾ。
「なんなら服貸そうか?」
「絶対無理」
「だよね」
「言うだけ無駄な事を言うな」
「はいはい。でもさ、もうちょっとウイットに富んでてもいいんでない?」
「俺は行く」
 いいかげん付き合うのも疲れたので、とりあえずその場を離れようとするシェゾ。
「まーまー。一度あたしの家に来なよ。服、なんとかしないと」
「何とかって?」
「洗って乾かすとか」
「…今日、街に用があるっつっただろうが」
「だめ? だって、迷惑かけっぱなしだし…」
 ここで初めて真面目(?)にしゅんとするドラコ。どうやら、今までも表面上はあっけらかんとしていたが、それなりに責任は感じていたようだ。
「一応、悪いとは思ってさ…」
 珍しく、女の子みたいな仕草でうつむくドラコ。
「かまわん。俺は行く」
「…うん」
 俺はドラコをそこにおいて歩き出した。
 あれ以上一緒にいたら調子が狂う。
 
 とりあえず街には行こう。そこに着けば、服もどうにかなる。
 そう思って歩いていた。
 が。
「…ゾンビかと思ったぞ」
「何でお前がここにいる…」
 ラグナスが何故かこんな山奥に居た。
「ちょっと前に怪しい波動を感じた。何か起きているんじゃないかと思って、こうしてパトロールって訳だ」
 …殊勝な奴。
 シェゾは鼻で笑った。
「ん? 何だ?」
「何でもない。それより、見回るなら気をつけろ。面倒なのに遭うかもしれないぞ」
「お前、遭ったのか?」
「この服がいい証明だろ?」
 ぱたぱたと服をはたくシェゾ。
 乾いた細かい土塊がぱらぱらと足元に落ちる。
「怒りっぽいから気をつけろ」
「相手は?」
「Highly-placed Dragon.」
 シェゾは正式名称で告げた。
「…気をつける。なに、俺だってちょっと前にドラゴン二匹と渡り合った。下手に刺激したりとか、おかしなマネはしないさ。安心しろ」
 ラグナスはそう言いつつも、幾分緊張した顔で笑うと、シェゾの通ってきた道を進んでいった。
「しかし、本当にどうするこの服?」
 多少疲れるが、転移で一度帰ってもいい。だが、基本的問題として、服が無い。
 と、言うか、この服でなくてはいけないのだ。
「…こんなんなっちまって…。どうすりゃいいんだよ?」
 シェゾは改めて服を見た。
 裂けたり焦げたりこそしていないが、ほころびは目立つ。
 今日初めて着た服だと言うのに、この扱いは流石に悲しい。
「やばいよなあ…」
 普段なら気にしない様な点にこだわるシェゾだった。
 
 そこへ。
「…ぅぉぉおおおおお!」
「…きゃぁぁぁあああああーっ!」
 ドップラー効果で悲鳴が二セット近づいてきた。
「…………」
 シェゾは、既に今日何度目かの、途轍もなく嫌な予感に眉をひそめる。
 そして、予感は確信へ否応なく進化した。
「GUUUOOOOOOOOOOO!」
 振り向くと、空を覆わんばかりに翼を広げて飛翔するドラゴンがいた。
 そして、まっすぐこちらに向かってくる二人も。
「貴様ら成長しろおおおっっ!」
 やけぼっくいに火をつけた(?)Highly-placed Dragonが、とっておきの熱い吐息で三人をもてなしたのは、シェゾの怒りと悲しみの絶叫直後だった。
 
 

 

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