魔導物語 小説『ついでの冒険』

第二話




「……」
 翌朝。
 アルルはまんじりとも出来ぬままに朝を迎えていた。
「どこいったんだよぉ…。シェゾ…」
 その日の夜。
 シェゾはとうとう帰ってこなかった。
 収穫祭の出し物は見たかったが、独りで歩き回るのも気が引け、結局その後アルルが部屋から出る事は無かった。
 夕食は仕方なくルームサービスを頼み、シェゾの帰りをひたすら待っていたアルル。
 シェゾは、会えない時はとことん会えない。
 例え、今回のように一緒に旅行をしていても、だ。
 うっかり別行動などしようものなら、下手をすると街に帰るまで会えない、などという事も普通にあり得る。
 せっかく一緒に旅行出来たのに、そんなのは嫌だ。
 アルルはひたすらシェゾを待つ事にする
 夜も更け、仕方なくベッドに入り、もしかしたらもしかしてもしかすると、ボクが寝てる時を見計らって、ボクのベッドにこっそり…などとむなしい想像をしても結局待ち人は来ず、寝たのか寝ないのか分からないままに朝を迎えてしまった。
 ふと、ドアがノックされる。
「…ふぁぁい」
「ルームサービスだ」
 聞き慣れた声。
 アルルは飛び起きてドアを開けた。
「シェゾ!」
「よう」
 そこには、トレイに朝食を乗せ、ボーイのように立つシェゾがいた。
 衣服は昨日のまま。
 昨日、外に出たままの格好のシェゾがそこに居た。
「ど、どこにいってたのさ今まで! 何にも言わないで!」
 アルルがシェゾにしがみついて非難する。
「飯がこぼれる。それに昨日言っただろ。すぐ戻るって」
「……」
 アルルが呆れたような顔をする。
「シェゾのすぐって、一日単位なの?」
「今はな」
 シェゾは飯が冷める、とアルルをどかしてテーブルに食事を並べた。
 あっという間に朝食の用意が整う。
「シェゾ、変な所で手際がいいよね」
「先に食ってろ。俺はシャワー浴びる」
「うん…」
 シェゾはマントを部屋の隅のコートハンガーに放り投げて風呂場へ行ってしまう。
 シェゾが居るのに先に食べるなんて出来ない。
 アルルはシェゾを待つ。
「ん?」
 だが、待つだけでは暇なアルルは、何と無しに見ていたシェゾのマントに違和感を見つけ、それを確かめる為に近づく。
「…切れてる」
 昨日までは無かった、明らかに新しい切り傷があった。
 よく見れば、マントは他にも焦げ痕らしきものが幾つもある。
 しかも魔法によるものだ。
 流石に魔導士の卵たるアルルが物理的な焦げ痕と魔導による焦げ痕を見間違う事は無い。
 アルルは他に無いかと物証を探し、考え無しに風呂場の扉を開けてしまう。
「ん?」
「あ」
 そこには、今まさにシャワーを浴びて体を拭く所だったシェゾが立っていた。
「……」
 アルルの目の前に、一糸まとわぬシェゾ。
 しゃがみ込んでいたアルルはシェゾの一部を丁度目線の高さで目の当たりにする。
「……」
「うきゃーーーーーっ!」
 アルルはそこらのものを手当たり次第投げつけつつ、転がるようにして風呂場から逃げ出した。
「?????!!!」
 形容しがたい声を上げつつベッドに潜り込み、足をばたつかせるアルル。
「…何やってんだお前は」
 そこへ、部屋着に着替えを済ませたシェゾが戻ってくる。
 何事も無かったかのようにテーブルに座ると、冷めるぞ、と食事を始めてしまった。
「…うう…」
 アルルが布団の間からこっそりと顔を覗かせ、シェゾを見る。
「はう…あうう…」
「何鳴いてんだ。飯食え。今日からお前は追試だろ。留年は駄目だぜ。しっかり飯食ってさっさと結果を出せ」
 シェゾは至って冷静にアルルをたしなめる。
「…なんでそんな冷静なのさぁ」
 枕をかぶってシェゾを見るアルル。
「何でって、何かあったか?」
「…いやさぁ、シェゾのそう言う所は…もう、分かっているんだけどさぁ…。やっぱり君には足りない感情があるよ、うん…」
「分かってるならいいさ。食うぞ。今朝、市場で買ってきたカイメの実も調理して貰った。精が付くぜ。さっさと追試終わらせろよ」
「え? カイメって、あの滋養強壮の木の実? それ、ものすごく珍しい食材だよね? ガイドブックにも時価で、運良く手に入った時しか食べられないって…」
「見つけた。そこまで珍しいとは知らなかったから、まぁ、コックもびっくりしてたがな」
「…シェゾ、本当にどこに行ってきた訳?」
「後でな。さぁ、食おうぜ。本当に冷めちまう」
「はーい、いただきまーす」
 何処に行ってきたのか。まさか自分の為に木の実を探してきた等とは流石に思わないが、それでもせっかく彼が木の実をアルルの為に採ってきてくれたのは間違いないのだ。
 ベッドから這い出したアルルは、心から感謝を込めてカイメのサラダを頬張る。
「クルミに似てるね」
「栄養もそうだが、特に魔導士にとってもいいらしい」
「そなの?」
 もりもりとサラダを頬張りつつアルルが問う。
「ま、検証した文献がある訳じゃないから話半分だが、成分にマナの体内錬成を助ける未知の成分があるらしい。しかもライガ周辺のカイメにだけある特徴だとさ」
「ふーん、面白いね」
「ちなみに体内摂取から一日で揮発するらしい」
「え? それって…」
「今日、片付けちまえ」
「ええっ!? お、お祭りは?」
「終わるまでお預けだ」
「そんなぁ??…」
 だが、付き合って貰っている手前もあり、しかも自分の為を思っての提案である。それを断る事は出来なかった。
「…シェゾは?」
 アルルは一縷の望みを託してシェゾを見つめた。
 出来るだけすがるようにして。
 念を込めて。
「俺は俺のやる事がある」
 念は届かなかった。
「うう…やっぱダメ?」
「だからお前の追試だろ。頑張れ。終わったらなんか奢ってやる」
「…わかった」
 元からそうしなければならないとはいえ、やはり独りで事をこなさなければならい現実にアルルはがっくりと肩を落とした。
「もうちょっと頑張って試験受けてれば良かったなぁ…」
「半年前に気付くべきだったな」
 シェゾは最後のパンの一切れを食べ終えてから言った。
「あ、でも…」
 アルルがぱぁっと明るい笑顔になる。
「ん?」
「へへー」
 アルルはシェゾを見てにこにこと微笑む。
「何だよ」
「いい事もあるもんね。うん」
「…そりゃ良かった」
 シェゾは懲りない奴、と諦めたように笑った。

 その日の昼頃、アルルとシェゾは古戦場跡地を目指して街外れを歩いていた。
 ここに来るまでの間、バザーの民族衣服に引き寄せられ、カーニバルのピエロのパフォーマンスに引き寄せられ、時期限定シャーベットの香りに引き寄せられ、その度にシェゾがずるずると手を引いてアルルを誘惑から断ち切る。
 その度にアルルはにゃーにゃーと切なげに鳴きながら、終わったら、終わったら、と自分に言い聞かせて涙をのんだ。
「うう…古戦場が街の隣にあればいいのに…」
「んなとこにあったら開墾で速攻潰されて、跡形も残らねぇよ」
 古戦場跡地。
 古戦場跡地とは言っても、大抵の場所には特別に看板がある訳でも地図に印がある訳でもない。
 言われても分からないような平原であったり、特徴があったとしても、見た目では古い建物の残骸が所々に頭を見せた荒れ地にしか見えないものが殆どである。
 よほどの有名な戦争でもなければ、史跡や遺跡としての登録対象とはならない。
 ここが古戦場跡地と知っているのは、その筋の者達だけだった。
「…疲れた」
 街から離れ、一時間程も歩き、ようやく古戦場跡地へと辿り着いた時、シェゾはへとへとだった。
「どしたの? 意外に体力無い?」
「…お前な」
 シェゾが睨む。
「冗談冗談。誘惑からボクを守ってくれてありがとね。お陰で追試を早く終わらせたいって決意がやっと沸いてきたよ!」
「今まで無かったのかよ!」
「いたいいたい! ちょ、ちょっとはあったから! あった! ありました! いたいいたいいたい! うめぼしやめてやめて!」
 シェゾはアルルのこめかみをぐりぐりしながら、今からは本気で真面目にやれ、と釘を刺した。
「うう…そ、それじゃいってきまう…」
「ろれつ」
「いってきます…」
 アルルは叱られた子供みたいになってとぼとぼと歩き出す。
「アルル」
「…なにぃ」
 ふにゃふにゃと振り向いたアルルに、シェゾが何かを投げてよこす。
 アルルは慌ててそれを受け取った。
「わっとと! あれ? これって…」
 それは装飾の美しいブレスレットだった。
「お守りだ。本当に危険になったら使え」
「シェゾ…」
 アルルは先程までの重い気持ちを吹き飛ばし、一気に感極まる。
「シェゾ! ボク、頑張る! アルル・ナジャ! 粉骨砕身の覚悟で頑張ります!」
 そう言ってアルルは駆けだし。
「ふんぎゅ!」
 豪快にこけた。
 ミニスカートの下も豪快にさらけ出して。
「……」
 渡さない方が良かったか?
 シェゾは、鼻を押さえながら、心配ご無用! と丘の向こうへ消えていくアルルを見て思った。
「ま、大丈夫か」
 そう言ってシェゾは自分の腕にはめているブレスレットを見る。
「こっちが先に終われば」
 それはアルルと同じ形のもの。
 否、アルルのブレスレットを、そのまま鏡像にして写し取ったような形のブレスレットだった。

「ここだ! ここは何かある!」
 それから暫く、アルルは所々が林と化した古戦場跡地でいろいろな場所をサーチしていた。
 アルルが目をつけたのは、元は砦と思われる石造りの朽ちかけた建物。
 ぱっと見は低木の生い茂る小高い丘の斜面に石造りの壁の一部が露出しているだけに見えるが、ここから只ならぬ魔力を感じる。
「土の下か…。街から離れているし、指定遺跡とかでもないから、別にいいよね」
 そう言ってアルルは二十メートル程下がり、小さく呼吸してから魔導力を練り始めた。
「んん??! えぃっ!」
 気合いと共に土が吹き飛んだ。
 エクスプロージョン。
 炎に由来しない、小規模な空気圧搾型爆発魔法。
「よし! 方向、角度、威力良し! わお!今日はいい感じ!」
 アルルははしゃいで爆心地に向かった。
「イェス! 一発で大当たりだぁっ!」
 そこには、爆発によるものでは無い大穴が開いていた。
 丘の斜面に開いた穴は明らかに地面の下に向かって人の手が及んだ作りになっており、元扉があったと思われる場所の少し奥には地上の植物の根が網のように張り巡らされている。
 封印のように行く手を阻む根のカーテンをナイフで排除し、注意深く奥へ進む。奥からは、凍えるような冷たい空気が流れていた。
「さむ?い…。これは深いね。うん、これなら絶対に何かいいマジックアイテムがある! ライトカモン!」
 アルルはノリノリで簡易呪文を唱え、自分の一メートル程前に小さな光の球を浮かび上がらせる。
「んふふ?。追試はもらったよ! これは頑張り甲斐があるねぇ! 張っちゃいけない親父の頭、張らなきゃ食えない提灯屋っと!」
 アルルはどこで覚えたのか、到底年相応には思えぬ内容の啖呵売を唱えながら、ハイキングのような気分で洞窟の奥へと進んでいった。

 アルルが古戦場跡地で冒険をしている頃。
 シェゾはそこから更に一時間程歩き、とある遺跡に到着していた。
 アルルの試験会場と違い、こちらは明らかに遺跡と分かる場所であり、実際遺跡の周囲には結界があった。
 結界には主に二種類がある。
 一つはその名の通り、何者かからの進入を阻止する為の結界。
 もう一つは、警告の為の結界。実際に効力は無く、あくまでも注意を促す為の結界。
 さてここはどうか。
 シェゾは周囲数キロにわたって一定間隔で建っている石柱と石柱の間に近づいた。
 途端、体の周囲にちりちりとした空気の緊張が走る。
 シェゾは空を見上げた。
 薄い、不定形の膜のようなものが五つ、ふわふわと降りてくる。
 マント程度の大きさの陽炎のようなそれはゆらゆらとシェゾの頭上を舞う。
 ふと、頭の中に何か言葉と言うよりイメージのようなものが流れ込む。
 それは誰かが遠くへと歩いて行く光景。
 帰れってか。
 シェゾは意図を読み取る。
 だが。
 断る、とばかりにシェゾは前に踏み出す。
 頭上の陽炎たちは動きを激しくして頭の中にイメージを叩き込む。
 シェゾの足がとうとう石柱と石柱の間を超えた。
 その瞬間、陽炎たちはいきなり丙子の格好の人型へと姿を変え、シェゾに向かって滑降する。
 ヘルメットの中の顔は完全な骸骨。
 顎が外れそうな程に口が開かれ、暗黒の口の中から白い光が放たれた。
 まさにレーザーと呼ぶにふさわしいそれが五体から一斉にシェゾに向けて撃たれる。
 シェゾは優雅とさえ言える動作でマントを翻し、傘のように頭上を覆ったマントでレーザーを弾き、散らした。
 マントは僅かに煙をあげたが、それだけだ。
 落下し続けていた骸骨の兵士達は剣やらランスやらを構え、そのままシェゾに向かって隼のように突っ込む。
 一対五。
 しかも相手は幽体モンスター。
 不利すぎる戦いだ。
 但し、シェゾ以外の場合に限るが。
 シェゾはロケットのように跳び上がり、一番迫っていた骸骨兵士の頭蓋をヘルメットごと蹴り割る。
 一瞬にして骸骨兵士達の頭上に陣取ったシェゾは、運動法則を無視して停止し、鳥でも不可能な動きで宙を駆け、次の骸骨兵士に迫る。
 振り返った骸骨兵士の顔面をかかとで踏み潰し、頭を砕く。
 そのまま骸骨兵士の体を飛び石のように利用して跳躍し、残り三体へと迫る。
 三体が同時に再びレーザーを口から吐いた。
 シェゾの目が光る。
 衝撃波が空気を振動させ、レーザーを霧のように霧散させた。
 ならば、と武器を構えるが、何をするにしてももう遅すぎる。
 シェゾは三体の頭上に居た。
 独楽のように体を回転させ、三体の頭蓋が瞬きする間もなく纏めて砕かれる。
 最初に頭を砕かれた骸骨兵士が今ようやく、地面に落ちて砕け散る。
 その時、既に戦闘は終わっていた。
 地面に降りたシェゾは突如駆けだし、その手に空間から沸いたように出現した闇の剣を握る。
 駆けた先の土からブーメランのような形の剣が生え、シェゾに向かって飛ぶ。
 木の葉が風に吹かれるように不規則な軌道。
 シェゾのマントに刃が擦り、マントが切れた。
 一度離れた剣は、シェゾに磁力でもあるかと思われる程に不自然な動きで再びシェゾに迫る。
 だが、背中の死角から襲ったはずの剣は、振り向きもしないままの一撃で折れ、そのまま落下する。
 シェゾはバネで弾いたみたいに加速して、その勢いのままで剣が生えた地面に闇の剣を突き刺した。
 土ではない感触が刀身から手に伝わる。
 みりみり、と肉の裂ける感触。刀身に纏わり付いて滑りを鈍らせる血糊の粘つき。そして、痙攣。
 地面から闇の剣を抜く。
 その刀身には血糊どころか土塊一つ付着してはいなかった。
「昨日の借りは、返したぜ」
 シェゾは地面の下からにじみ出ていた生命活動の停止を確認し、奥へと進んだ。



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