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魔導物語 小説『王都復興記』 第六話 どんぱうんぱ
「…し、知らない。知らないよ。ボクは」 「アルルさん、逃げてはいけませんわよ?」 「う…。で、でも…。いや、まさか…」 視線を逸らし、天井を見上げるアルルの頬を汗が伝う。 握っている手にも、じわりと汗が滲み、それが自分の本心を代弁していた。 「認めたくないのは脳みそだけみたいですわね」 「ううう…。う、ウイッチこそなんでそんな冷静なの?」 アルルは思考をねじ曲げて質問する。 「あら、平気な訳がありませんわ。わたくしは、その女狐がどんな端女なのかを確認したいだけですわ」 「女狐って…。いや、だから別にそう言う関係とは…」 「アルルさんがそこまでして逃げるのであれば、つまりわたくしがナンバーワンとみなして宜しいのですね? 張り合いがなくて寂しいですわ」 「違う違うっ! それはダメっ! 行く! ボクも行く! この目で、耳で、全部確認するからっ!」 「あら、嬉しい半分、残念半分ですわ」 ウイッチはにっこりと微笑んで言った。 「ウイッチのその度胸だけは、ほんとに脅威だよ…。強いよね、ウイッチ」 「では、善は急げと申します。参りましょうか」 「はい?」 「何を間抜け面されてますの。のうのうとシェゾの家に居ると言うのであれば話は早いですわ。大人しく神聖な愛の巣から出ていくなら良し。駄々を捏ねるようなら痛い目にあわせてさしあげるだけです。ナマスにしてさしあげても宜しいかしら。これだけわたくし達がギリギリのラインで牽制しあっている中、空気も読まず鳶が油揚げをかっさらうような巫山戯た真似をする女がどうなるか、体にみっちり教えてあげませんとね。うふふふふ」 ウイッチは立ち上がり、音は出せないが、指を鳴らす真似をして拳を握る。 「ち、ちょっとまったぁっ! ウイッチ! キミ、冷静な振りして実はテンパってるだけじゃん! 落ち着いて! 深呼吸しよっ?」 今にも走り出しそうなウイッチを、アルルが抱きしめて制止する。 「いやぁっ! 離して下さいまし! これ以上ライバルが増えるなんて嫌っ! あのフラグメイカーが無自覚とは言えもう辛抱できません! こちらで片っ端から折っていかないと、もう後に残るは修羅と刃傷沙汰の茨道だけですわっ!」 「微妙にメタフィクショナルな発言禁止っ! とにかく落ち着いて! そもそもアルさんは狙われているんだよ! 危険が危ないんだよっ!」 「……」 暴れていたウイッチの動きがぴたり止まり、はっとアルルの顔を見る。 「お、落ち着いた? ね? そういう事だから、ね? 助けるのが先だよ?」 正気を取り戻したウイッチをみてアルルがほっと息をつく。 「…すいません、わたくしとした事が、取り乱していましたわ」 「うんうん、ウイッチは分かる子だもんね」 ウイッチは頭がいい。分かってくれた、とアルルは胸をなでおろした。 「脅すより、恩を着せて自分の立場を分からせた方が、上下関係がはっきりしますものね」 「分かってなかったーっ!」 アルルは更にウイッチをなだめ、兎に角まずは事実を確認しよう、と言う事で手を打たせる。 「では、望まぬ結果が事実となった時には遠慮無く正義の鉄槌をぶっこむと言う事で」 「望まぬ結果が本当だったら。望まぬ結果が本当だったら、ね? オッケ?」 人の道を外れると書いて外道と読むんだからね? それは駄目だよ? 何よりシェゾに嫌われるからね? と念を押す。 「…委細承知致しましたわ」 本当に渋々と言った表情で頷くウイッチを見て、アルルはやっとの事で本当に胸を撫で下ろす。 そして、翌日早々にシェゾの家へ向かう事を約束し、その日は早めの就寝となった。 「戦の前に英気を養うのですわね」 「いやいや、そういう意味じゃないから」 アルルは興奮気味のウイッチを宥めながら、何とか横になる事が出来た。 「…アルルさん。起きてます?」 少しの後。一緒のベッドに寝ていたウイッチがぽつり、と問いかける。 「何?」 何だかんだで自分も興奮気味らしく、中々寝付けなかったアルルが顔を向けると、そこには月明かりに照らされ、歳相応の幼い、不安げな表情をしたウイッチが居た。 「…シェゾが心配?」 アルルが問いかけると、ウイッチは視線を逸した。 「二人がかりって事は、やっぱり大変なお仕事なんだって事だもんね。心配だよね。でも…大丈夫。シェゾは、大丈夫だよ。だってシェゾだし…ね?」 「…やっぱり、アルルさんの方が強いですわ」 ウイッチはアルルに聞こえないように呟いた。 「そう言えばさぁ、今思ったんだけど」 アルルがそっと問いかける。 「はい?」 「…悪者が誰かを拉致しようとするなら…何時を狙うかな?」 「それは当然、人気が少なくて本人が油断している時間帯でしょうね。周囲が見えにくい状態でしたら尚宜しいかと思いますわ」 「…それって」 「まぁ、丁度今の時間でしょうかしら?」 アルルは勢い良く体を起こした。 「ど、どうしよう!」 「落ち着いて下さい。そもそもそれが本当かどうかも分からないのですわよ? わたくし達の単なる妄想にすぎないのかも知れませんわ」 「そ、それはそうなんだけど…」 だが、もしもアルが今襲われているとしたら。 シェゾは今居ないのだ。 そう思うと、もはや眠ってなどいられなかった。 「ぼ、ボク、行く!」 「アルルさん?」 アルルはベッドを抜けだすと乱暴にパジャマを脱いであっと言う間に下着になり、そしてあっという間に着替えを済ませてしまう。 髪を整えるのもまどろっこしい気がしたが、シュシュがシェゾの家の鍵も兼ねている為に付けない訳にはいかない。 アルルは小瓶の魔導酒やナイフを入れた簡易の冒険用ポシェットを腰につけ、よし、と気合を入れた。 「ちょ、ちょっと! 今からシェゾの家に行く気ですか? 夜に行った所で、道は険しいし、明け方になりますわよ? 下手すれば遭難ですわ!」 そう言いつつ、ウイッチも言われもしないのに急いで服を着替えている。 結局のところ気になるのは同じらしい。 「大丈夫! 取っておきがあるから!」 「取っておき?」 着替えかけていたウイッチが首をかしげた。 後ろ前に来てしまったワンピースを首だけだして回転させつつ、ウイッチは問いかける。 アルルは机の引き出しを開き、奥に隠すように仕舞っていた箱を取り出す。 「これ!」 箱を開くと、そこには球を半分に割ってかどを取ったような、強いていうなら石で出来た肉まんのようなものが入っていた。 「…う、嘘っ!?」 ウイッチが着替えていた手を思わず止めて、目を丸くして驚いた。 「そ、それって! それって、どんぱうんぱじゃありませんか? アルルさん! 何処から盗ってきましたの?! 叱らないから白状なさい!」 「人聞き悪い事言わないでっ! 貰ったの!」 「それこそ嘘ですわ! どんぱうんぱなんて一介の村娘が持つ事なんて一生無いものですわ! レア中のレア! 例えるなら純度の高い藍水晶と同じくらい貴重な魔導器ですっ! そんな物を子供にあげる物好きはこの世に居ませんわっ!」 「し、知ってるもん! そこらの転移魔導器の何十倍も高級なものって事くらい!」 「知ってるなら尚悪いですわっ!」 「後で知ったの! だからこうして大事に隠して仕舞ってるんだもんっ!」 「木箱に入れて引き出しの奥に仕舞う程度を隠しているなんていいませんっ!」 どんぱうんぱ。 それは最もエネルギーロスの少ない自動転移魔導器。 通常の転移用途の魔導器は、それを扱うこと自体が難しく、且つエネルギーのロスが多い。 更に転移軸座標もあてにならない事が多く、例えて言うならF1マシンをペーパードライバーが扱うくらいに取り扱いが難しい。 対してどんぱうんぱは極端な話誰でも安全かつ確実に使用出来る魔導器であり、しかも術者のエネルギー、マナの類をほぼ消費しない。 更に転移距離が反則級に長く、且つ一度に転移できる質量も膨大。 歴史上においては、戦争においてどんぱうんぱの有る無しが勝敗の決め手になった事例も少なくはない。 だが、それ故にどんぱうんぱを巡っては文字通り血みどろの争いが繰り広げられ、結果どんぱうんぱはダイヤモンドや金など話にならない程に貴重なものとなった。 その上精製方法が未だに不明。 魔界、もしくは天界の技術で作られているのでは、と言う事ぐらいしか分かっておらず、どんぱうんぱを見つけたものは巨万の富を得るか闇へと葬り去られるかのどちらかを選択する事になるとも言われている。 そんなものが、一介の落ちこぼれ魔導学校生の部屋にあるのだ。 ウイッチが慌てふためくのも無理はなかった。 「いや、貰ったっていうのはね、シェゾからなの」 アルルがどんぱうんぱを大事そうに撫でて言う。 「え」 「言ったら怒られそうなんだけどぉ、これね、最初はシェゾの家で見たの」 「…ああ、シェゾなら、まぁ、持っててもおかしくはありませんわね。シェゾの場合は価値としてより、単に便利なものとして持っていたのでしょうけど」 「でね、棚の上に埃かぶって置いてあったそれを見たんだ」 「埃…」 「でね、ボク、単なるお饅頭型のペアのペーパーウエイトくらいにしか思わなくって、シェゾにね、お揃いのペーパーウエイトが欲しいって、一個頂戴って、お願いしたの」 「ど、どんぱうんぱをペーパーウエイト扱い…。そ、それで、どうなされましたの?」 「やる、って」 「やる…」 ウイッチは目眩を覚えた。 アルルさんはその価値を知らなかったからまぁ仕方ないとして。でも、その価値を知っているシェゾが、埃かぶらせて放置して、しかもそんな、飴玉でもあげるみたいに簡単に…。 「で、まぁ、その後、暫くはシール貼って飾ったりメモを挟んだりしていたんだけど、偶然に図書館でおんなじモノの記述を見つけて…」 「シール…」 アルルは、いやぁ、あの時は心臓が口から飛び出るかと思った、と目を泳がせる。 「ボク、慌ててシェゾに返すって言ったんだけど、やったものだからお前のだって。それで、なんか緊急の時にでも使えって。で、それっきり…」 「心が広いのか考えてないのか…。ていうか、一等級の物好き、居ましたのね」 ウイッチは呆れ半分、羨ましさ半分でアルルをみた。 「あの方の心の広さを再認識致しましたわ」 「ボクも暫く夜怖かったよ」 「まぁ、つまり、アルルさんじゃなくてもちょっとした知り合いになら同じようにあげていた訳ですわね」 ウイッチはさらりと牽制する。 「それはどーいう意味かな?」 「そんな事より、どうしますの? このどんぱうんぱ、使いますの?」 「使うよ。今こそ使う時だよ」 「…そうですわね。何かあったら、困りますわ」 「でさ、ウイッチ」 「はい?」 「そろそろスカート履いたほうがいいよ」 「あ」 上着を着てそのままだったウイッチは、丸見えだった木綿の下着を手で隠しつつ、慌ててスカートを掴んで着替えを済ませた。 「わ、わたくしとしたことが…」 「大丈夫だよ、女の子同士だもん。お風呂一緒に入ってるし」 「そ、それとこれとは違いますわ…。うう…こんな恥ずかしい格好、あの人以外には見せてなかったのに…」 「今なんか言った?」 「さぁ! どんぱうんぱを使って転移しましょう!」 ウイッチはどんぱうんぱを掴んで声を上げた。 「ちょ! それボクのっ!」 「こんなものを貰っておいて、最初に発動させる権利まで奪う気ですかっ!? せめて初発動の権利はわたくしに譲らせて頂きます! ああっ! きっとどんぱうんぱを使うなんて一生に一回あるかないかですわ! 感動ですわっ!」 「理不尽だー!」 「では、アルルさん、捕まって下さいまし。いきますわよ」 「ぐぬぬぬ…」 唸りつつ、アルルは置いていかれてはたまらない、とウイッチの腰を掴む。 ウイッチはどんぱうんぱを撫でながら、本で見た使い方通りにどんぱうんぱを始動させた。 「はい、転送っと」 一瞬、体が空気に溶けるような感覚を感じた次の瞬間、二人は真っ暗な別の部屋の中に立っていた。 急に暗くなったので視界は暗いが、それでもそこは二人にとって充分に見覚えのある部屋だと確認できた。 「…転送完了ですわ」 「わお、転送酔いがない! すごい!」 「成程、おばあちゃんの転移魔法ですら、ここまで完璧な相異軸座標の構築は出来ませんわ。本当に凄いですわね」 「あ、そうだ! えっと…アルさん! もしかして、居ますかー?」 居て欲しい半分、居なかったらそれはそれで嬉しい半分でアルルが声を上げた。 と、廊下の向こうから足音が聞こえてくる。 「アルさん?」 だが。 「ぱおー!」 廊下の向こうから顔を出しのは、てのりぞうだった。 「あ、てのり! あのね、ここに…」 「ぱお! ぱお!」 てのりぞうが必死に何かを言おうとしている。 「ど、どしたの?」 アルルがてのりぞうを拾い上げて首を傾げる。 ああ、こういう時はちゃんとした主従関係じゃないのが恨めしいよ。 そうなら、おおよその意思疎通は出来るのに。 てのりぞうは必死に外に向かって短い腕を伸ばしていた。 「…外に、何かありますの?」 「ぱお!」 ウイッチの言葉に頷き、てのりぞうはアルルの手から飛び降りて走りだす。 ついて来い、とこちらを振り向きながら。 「待ってー!」 二人はてのりぞうを追った。 途中、てのりぞうは一つの部屋に入り、ベッドの上にあった女物の服を指す。 「え? あっ! これ、アルさんが昼に着ていた服だ!」 「じゃあ、アルさん、やっぱりここに?」 「ぱお!」 てのりぞうが再び走る。 結界を解いて扉を開け、外に出ると真っ暗な森を指差す。 「外?」 「アルルさん!」 ウイッチが気づき、指を指す。 「え? あっ!」 森の奥、はるか遠くに閃光が見えた。 サンダーの光に見間違いは無い。 「…襲われている?」 「ぱおー! ぱおー!」 てのりぞうは激しく飛び跳ねながら、二人に向かって鳴いている。 「…助けろ、と言っているのでは?」 「!」 てのりぞうがぶんぶん、と首を縦に振る。 「あ! アルさんが襲われているんだ!」 アルルは走り出した。 第五話 Top 最終話 |
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