魔導物語 小説『王都復興記』

最終話 王都へ




「てのり! 仕舞ってあるわたくしの箒を出して! 大至急!」
「ぱお!」
 ウイッチに言われ、てのりぞうが何もない空間に向かって垂直にジャンプする。
 最高到達点に達した時、拍手するみたいに両手をぱん、と叩いて落下を始めると、落下に合わせてその手に箒が現れた。
「ありがとう!」
 ウイッチはその箒に腰をかけ、空に飛んだ。
「緊急ですので余剰魔力がだだ漏れですわ。何とか十分くらいはもつといいのですが…」
 ウイッチは上空からアルルを追い越し、戦闘らしきものが行われている場所へ飛んだ。
「あの方は!」
 森の木々がまばらになった場所で、女一人が三人の男に取り囲まれていた。
 女は、見覚えのある顔だった。
 そして男は三人とも深くローブを被って顔は不明。
 二人は杖を持ち、一人は剣を持って一番前で構えていた。
「剣士にサポートの魔道士二人。無難なチームですわね」
 誰もまだウイッチには気づいていない。
 アルルもまだ遠い。
 その時、魔道士の一人がアルに向かってサンダーを放つ。
 いけない!
 手をだそうとした時、暗くて分からなかったが、アルの足元に居た黒い何かが動いて雷を跳ね返した。
「あれは!」
 よく見れば、アルの足元には二匹の黒猫が居た。二本足で立つそれは、一目で使い魔と分かる。
 ウイッチは知っている。あれはシェゾが良く召喚する使い魔だ。
 こうもり羽を背中に生やし、ブーツを履いた黒猫二匹が、アルの前に立って毛を逆立たせている。
「使い魔にあの女性を守らせていますのね」
 だが、使い魔は基本あくまで補助が役割だ。
 見たところ、アルという女性は魔道士の類には見えず、剣士にも見えない。
 このままでは、時間の問題だろう。
 まずは牽制だけでも。
 そう思った時。
「こらーっ!」
 三人がはっと意識を逸らす。だが、手練らしく視線だけを後ろに向けて得物はアルに構えたままだった。
「ナイスタイミング!」
 ウイッチは箒の上から、三人に向けてホーリーレイを放った。
 三人が今度こそ驚いて顔を上げる。
 同時に複数の光線を撃っている為、その威力は目標に当たっても火花が散る程度だ。
 だが、それで充分だった。
「そこぉっ!」
 これは、目印なのだから。
 アルルが両手を上げて魔導力を解放する。
「ダイアキュートクァットゥオルっ! あーんど! ファイヤーーーっっっ!」
 振り下ろしたアルルの手から三つ、ファイヤーが放たれた。
 ただのファイヤーではない。
 じっくり時間を掛けて練ったダイアキュート四倍がけによって威力が強化された、凶悪なそれが、三人を襲う。
 隕石でも飛んできたかと思わせるそれは、剣で受け止めようとした剣士を吹き飛ばし、障壁を張った魔道士は吹き飛ばされる事こそ免れたが、対消滅しきれなかった膨大な熱エネルギーで服が燃え出し、火だるまとなる。
 魔道士二人は、体の炎を消すのに躍起になりながら逃走し、起き上がった剣士も足をもつれさせながら、魔道士を追って逃走を始めた。
 空から三人の逃走を確認したウイッチがアルの側へ下り、アルルも同時に走りよる。
「アルさん! 大丈夫っ?!」
「アルル?」
 アルは心底驚いた顔でアルルを見た。
「にゃあ」
 アルの下に居た使い魔二匹が、ぺこりと頭をさげて空間に消えた。
 役目は終わったと判断したらしい。
「ご苦労様」
 アルルが呟いた時、ウイッチがアルをじろじろと見ている事に気づく。
「…まぁ、少しはそれらしい体つきですわね。わたくしと…もう数年したらそんなには変わらない程度だと思いますが…」
「あ、あの…」
 アルの動きやすさ優先のぴったりした服装が体のラインを誇張している。
 ウイッチの舐めるような視線に、アルが思わず胸を隠す。
「ち、ちょっと、ウイッチ」
「アルルさん、この方がくだんのめぎつ…」
「Wait wait wait!」
 アルルがウイッチの口を塞ぐ。
「あははは、アルさん、えーと、無事だった? 詳しい話は、とりあえず一回シェゾの家に戻ってから、ね? だから、戻ろう?」
「アルル、シェゾの知り合いだったの?」
「まぁー、知り合いと言うか、こ…」
「単なる顔見知りですわ」
「それ違うから! 兎に角行きましょ!」
「え、ええ…そうね。それしか、ないわね」
 選択肢はない。アルはしょんぼりと項垂れて言葉に従う。
「一人だと、何も出来なかった…」
 アルが悲しげに呟いた。

 シェゾの家に戻り、アルルはお茶を入れてひとまず落ち着く事とした。
「シェゾの家の中なら安全だよ。てのりぞうも居るし」
「まずは、訳を聞きたいですわね。貴女が誰なのか、何をしようとしているのか。それとシェゾとは何時どこで具体的に何をしてどうやって家に入り込んもが」
「ウイッチ、ちょっと黙ってようね。ね?」
 アルルが、気持ちはわかるから、とウイッチの口を塞いでお願いする。
「……」
 ウイッチは渋々それに従い、如何ともしがたいやるせない表情でえびせんべいを齧る。
「話すわ。どうやら、彼と親しいみたいだし、二人とも」
 彼ぇ?
 ウイッチに言っておいて何だが、アルルもアルのシェゾに対する馴れ馴れしさに、ぴくりと眉根を寄せた。
「…『ウチの』シェゾとは、どういう?」
「うーん、一言では難しいわね。色々あったし…」
 な、なんでそんな訳ありげに言うかな? 狙ってないよね? いくら天然系だからって。あ、ウイッチ、ハンカチ千切れるから噛み過ぎちゃ駄目だよ。
「ぱお」
 そこへ、てのりぞうがお茶を持ってきてくれた。
 ナイス。
 刃傷沙汰一歩手前の空気だったから。
 そういえば、てのりがここに居たのは、あくまでもてのりはこの家を守るガーディアンだったからなんだよね。
 てのりこそ付いていればもっと安全だったのにって思っちゃったけど、離れられなかったんだよね。
 それに、手乗りが居なかったらそれこそアルさんを助けに行けなかった。ごめんね、てのり。
「ぱお」
 そんな考えを知ってか知らずか、てのりは気にするな、とでも言うように手を上げて自分専用の椅子に座る。
 三人と一匹となったテーブル。
 お茶を一口飲んで胸を落ち着け、すぅ、と息を吐いて整えたウイッチが問いかける。
「で、改めまして。シェゾとは…どういうご関係で?」
「…わたし、ね」
 アルは唇を噛み締めてじっと自分を見るウイッチを見て、聖母のような美しい微笑みと共に言った。
「あげたの。ぜんぶ」
 直後、部屋にはウイッチと言う名の超局地的暴風雨が吹き荒れた。

 二日後。
「…ほんとーに、アルさん、あの時は絶対にわざとだって思ったよ、ボク」
 街道を進む馬車。
 二人は、もももの引く馬車に乗り、あの日の夜の事を思い出していた。
「ふふ。ごめんなさい、言葉が足りなかったわね。本当、あの時はびっくりしたわ。生きている中で一番怖かった」
「…ボクも、途中でてのりぞうがウイッチの顔面におしりパンチして気絶させなかったら、どうなっていたか…。アレが底力ってやつなのかなぁ」
「罪作りね、彼って」
「…そうかも」
 アルルはため息を付く。
 本当はここにウイッチも居る筈だった。
 でも、ウイッチはついてくる事が出来なかった。
 正確に言えば、許されなかった。
 翌日、ウイッチの元にウイッシュさんの使いの魔女が来てウイッチに告げた。
 ウイッチはこの件にこれ以上首を突っ込んではいけない、と。
 当然ウイッチは反発したけど、それでも頑として許されなかった。
 ウイッチが顔を挟むという事は、この件に森の魔女が関係してしまう事になる、と。
 森の魔女は基本中立。
 ウイッシュの孫であるウイッチが国に絡む事件にこれ以上絡んではいけない、という事だった。
 ウイッチは、泣いていた。
 ごめんね。でも、ウイッチがどんなに頑張ってくれたかは包み隠さずシェゾに話すから。
 帰ってきたら、思いっきりシェゾに甘えていいから。ボク、その時は我慢してあげる。
 だから、我慢してね、ウイッチ。
 魔女みんなの迷惑になることは、キミはしちゃいけないから。
 それに、アルさんも、明るく振舞っているけど…大変なんだよね。
 シェゾとラグナスが受けた仕事。
 それは一国を左右する大事に関する事。
 今隣りにいるこの女性は、実は王都ブレフティビアの王女様。
 詳しくは教えてもらえないけど、クーデターみたいなことが起きて大変な事態になり、命を狙われているらしい。
 それで、色んなつてを使ってシェゾの事を知り、何人かのおつきの人と一緒にボクの住む街まで逃げ延びたんだって。でも、それまでにおつきの人はみんな死んだ。
 アルさんは、本当に命からがらでシェゾに助けてもらったらしい。
 で、シェゾが受けたお仕事がこの事と繋がっていて、それを全部終わらせる為に奔走している。
 アルさんには、予め決められた日、今回の場合は生誕祭前までに王都に戻って来いって話をしていて、それまではシェゾの家に隠れているって事になった。
 でも、やっぱりどこからか情報は伝わっちゃったみたいで、あの日の夜、シェゾの家にアルさんを亡き者にするための刺客がやって来た。
 アルさんは、逃げなければ籠城になって出られなくなると思って決死の脱出を敢行したけど…。
 その時、ボク達が現れた。
 ほんと、危機一髪だったよ。
 で、ボクとアルさんは、シェゾが待つ王都へ移動中。
 本当はボクいらないけど、黙って見送るなんてできない。
 シェゾは商人達に護衛を依頼していたみたいだけど、ボクが参加したっていいよね。
「まったく、アルさん、あんな言い方するから…。魔導力なら魔導力ってちゃんと言ってくれればあんな誤解されなかったのに」
「ふふ。ごめんなさい」
 アルさんが邪気のない笑顔で笑う。
 ああ、この人、こんな感じで周囲の人が怒れない雰囲気を振りまいているんだろうな。
 やはり、不思議と怒る気になれない。
 そう思ったアルルは、諦めたように笑った。
 ぜんぶあげたって言うのは、魔導力の事だった。
 アルさん、実はすごい魔道士。
 だけど、その魔導力が仇となって、どこに逃げても感づかれていたらしい。
 そこで、シェゾが魔導力を取っちゃったんだって。
 アルさんに、そんな事していいのって聞いたら、元から魔道士にそんなに固執はしていなかったからいいって二つ返事であげちゃったらしい。
 そうは言っても、きっと何か魔導力でつらい事があったんじゃないかなって、ボクは見ているんだけどね。
 でなきゃ、ボクが一応魔導士だからわかるけど、魔導力を無くすって、大変な事だもん。
 兎に角、ボクはシェゾのやっている事を知っちゃったし、商人'sは確かに頼りになるけど、やっぱりそれだけじゃ心配。

「アルさん! 隠れてっ!」
「もももー! 後ろなのー!」
「了解っ!」
 ボクはサンダーを撃つ。
 馬に乗って襲ってきた盗賊は馬ごと転んで遠くへ消えた。
 馬に罪はないけど、ごめんね。
「アルル、大丈夫?」
「平気平気、大船に乗った気でいて!」
 そういう訳で、ボクはアルさんを王都まで護衛することにした。
 それに、そうすればシェゾに会える。訳を全部聞けるしね。
 アルさんの魔導力を取った事も、めっしないと。
 それにしても、王都まではあと四日はかかるのかぁ。
 長いなぁ。
「……」
 静かになった旅路。
 アルさんはお昼寝中。
 アルさんって、猫みたいによく眠る。
 ボクは天窓を開けて快晴の空を見上げていた。
 …ん?
 ふと、思い浮かぶ。
 もしかして、あのどんぱうんぱって…。
「あ」
 ふと思い浮かぶ、どんぱうんぱの有効的な利用価値。
 どうしよう。
 ボク、とんでもない事したかも。
「どうしたの?」
 脂汗を滲ませていたボクに、目を覚ましたアルさんが問いかけてくる。
「…あの、アルさん、あの…。あのね、シェゾの家に、どんんぱうんぱがあったのって、知ってる?」
「知ってるわ。片割れだけだけど」
 にこやかに応えるアルさん。
「ごっ! ごめんなさいっ!」
 ボクはおもいっきり頭を下げた。
「え? どうして?」
「だってだって! アレでしょ? どんぱうんぱがあったんだから、あれを使えば、こんな馬車を使わなくたって、一瞬で王都に行けたんでしょ? それを、ボクが、何も考えなしに貰っちゃったから…。ごめんなさい。こっちは命がけの旅なのに…」
 ボクは縮こまって俯く。
 ああ、そう思うとどんな顔してシェゾに会えばいいんだろう。
 シェゾ、きっと本当は何でやっちゃったんだって思っているよ…。嫌われたら嫌だよ…。
 思わず涙ぐみそうになる。
 と、アルさんがぽん、と頭に手を載せて優しく撫でてくれた。
「…アルさん」
 恐る恐る顔を上げると、そこには慈しむような表情のアルさん。
「気にしないで。あなたにどんぱうんぱをあげたのは今回の事が起きるずっと前。それに、時期が同じだったとしても、私にはきっとそれは預けてくれなかったと思うわ」
「そんな事…」
「私ね、試されていると思うの」
 アルさんがふと悲しげな表情を見せて呟いた。
「え?」
「私はね、理由はどうあれ、国民を置いて国から逃げてきた卑怯者なのよ」
「そ、それは! そうしないと国がもっと大変な事になったからで!」
「どんな理由でもよ。どんな理由があっても、国の責任者、責任者に近しい者が国民を捨ておいて逃げるのはいけない事なの。国を背負うって、そういう事」
「……」
 ボクの世界とはスケールが違うよ。
 真摯な瞳で話すアルさんの真剣さこそ伝わったけど、その意図はいまいち掴めていない。すいません。
「分かってもらえなくても、そういう物だとさえ思ってもらえればいいわ。だからね、私はきっとシェゾに試されているの」
「…試されるって?」
「石にかじりついてでも国に帰ってこい。それが出来なければ、生きる価値はないってね」
「シェゾ…」
「だから、シェゾはきっと、どんぱうんぱがあったとしても、使わせてはくれなかったと思う」
「そう、なんですか?」
「そう。だから、本当に申し訳ないと思っているの。本当なら、誰にも頼らず国に戻らなくちゃいけない。なのに、シェゾの大切な子の一人にこうして守ってもらいながら国へ帰っているんですもの」
「え? あ、いや…大切って…いやぁあはははは」
 アルルがくねくねと身を捩らせて顔を赤くし、そしてはた、と気付く。
「大切な子の…一人?」
 アルは何も言わず、ただくすくすと鈴のように笑うばかり。
「ううう…。そりゃ…まだ、今は…でも、でも…」
 自分でもうまく言葉を返せない。
 アルルは自問自答を繰り返しながら頭をひねり続けた。
 アルはそんなアルルを見て更にくすぐったそうに笑う。
「もぉー! 笑わないで下さいっ!」
 真っ赤な顔でそういうアルルを見て、アルは逆に耐え切れなくなって声を上げて笑い始めた。
「アルさーんっ!」
 アルルが我慢しきれずアルの両手をとってぶんぶん、と振る。
 アルは尚楽しそうに笑い続けた。
 ああ、この先大丈夫かなぁ。
 アルルはまるで敵いそうにないアルの笑顔を見て苦笑いする。
 アルルはもうすぐ会えるであろうシェゾの事を考えて気分を切り替える。
 シェゾ、アルさんをちゃんと送り届けるからね。
 だから、その時には何があったのかちゃんと話してね。
 ちゃんとお使いするから、だから、褒めてね?
 あ、ボクが送るって知らないのか。
 びっくりするかな?
 でも、喜んでくれるかな?
 シェゾ、早く会いたいよ。
 お話ししたい。
 顔を見たい。
 もうすぐだよ。
 だから、待っててね。
 アルルはいつの間にか外を見ながら微笑んでいた。
 アルもそんなアルルを見て同じように微笑む。
 馬車は軽快に走り、風は柔らかく旅人の道を指し示す。
 地平線の向こうへ消えていく馬車に、迷いはなかった。






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