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魔導物語 小説『王都復興記』 第五話 邂逅
「ごちそうさま。美味しかったです。流石はアルルさんのカレーでしたわ」 ウイッチが口をナプキンでそっと拭いながら言う。 「お粗末さま。そう言ってもらえると作った甲斐があるよ」 「流石アルルさん、カレーに関してだけはこだわりがありますわね」 「まぁねー…って言いたいんだけどなんか今の言葉のどこかが引っかかるなぁボク」 「気のせいですわよ」 夕方。 アルルはその後ウイッチの訪問を受けた。 ご飯は一人より二人で、と言うことで夕食に誘い、ウイッチが持ってきた果物をデザートに夕食を済ませる。 「それにしても、そのアルさんと仰る方、どこから来た方ですかしらね」 食後のラッシーを飲みながらウイッチが呟く。 これもウイッチの買ったものであり、まるでカレーを予想していたかのような買い物内容にアルルはその時おお、と歓声を上げた。 「うーん、きっと大きい都市から来たんだと思うんだよね」 アルルが天井を見上げて呟いた。 「それにしても、ここよりは大きい一番近い都市でも馬車で二日は必要な、こんな片田舎に…。物好きな方なのですかしら? まぁ、そう言う方もたまにはいらっしゃいますけど」 言いつつ、ウイッチは自分とアルルの皿を台所へ持って行くと、慣れた手つきで皿を洗い始める。 「あー、そんなのいいのに。ボクがやるよぉ」 と、アルルが立ち上がってウイッチに言う。 「ごちそうになりっぱなしと言うのは好みません。やらせて下さいまし」 「ん…それじゃ、お願い。ウイッチ、こういう所律儀だねぇ」 アルルが椅子に座り直して感心感心、と笑う。 「育ちがよろしいと言って下さいな」 ウイッチは食器を洗いながら微笑んだ。 「ありがとね、ウイッチ。今日はお泊まりオッケーなんだよね?」 「ええ、お世話になりますわ。突然で申し訳ありませんが」 「誘ったのボク。それにいつでも歓迎だもん。パジャマはいつもの使ってね」 「承知しましたわ」 何度も同じ事をしているのか、既に着替えが常備されているらしい。 ウイッチは、かつて知ったる他人の家、とタンスから着替えを取り出した。 「お風呂一緒に入る?」 「ご一緒は遠慮しますわ。この前みたいにのぼせるのは嫌ですから」 「残念」 アルルとウイッチは時折互いの家に泊まる事がある。 大抵は単に遊びに行きがてら気分で、と言う時が多いが、時には違う場合もある。理由は様々だが、今日は特にだった。 「さて、アルルさん。一つ質問があるのですが」 「え? 何?」 「最近、貴女何か冒険やら何やらで誰かの恨みを買うような事はなさいました? それか何かの事件に巻き込まれたとかは?」 「はい?」 「その様子ですと、心当たりは無いようですわね。まぁ、貴女の場合はあってもそれに気づかない事も多々ありますけれど」 お気楽でよろしいですわね、とウイッチが口に手を添えて笑う。 「ひどっ! 気持ち心当たりがあると言えばあるけどひどっ!」 確かに、と思う所がある為、アルルはあまりウイッチに噛みつけず、歯がゆく思いながら非難する。 「で、真面目な話ですわよ。どうですの?」 若草色のパジャマを抱えてソファーに座り、ウイッチは真面目な瞳で椅子に座っているアルルを見た。 「って言われても…。ボク、ここ最近冒険とか何にもしてないし」 はてな? という瞳でウイッチを見るアルルには、本当に心当たりは無いように思えた。 「日常生活ぐっだぐだですものね」 ウイッチが溜息をつきながら呟いた。 「いやいや! ボクふつーに学生やっているから! 学生生活を! 勉強しているから! そんな事言ったらウイッチこそ学校行って無いじゃん!」 「あら、わたくしは既に職を、と言うか自立していますもの。魔導学校級の知識なら、わたくしの里で他の魔女やおばあちゃんに教えていただいてますから」 ウイッチが髪をさらり、と掻き上げて言う。 「…そっか。まぁ、ボクも立派な魔道士になりたくって自主的に通っているだけだしね。それに、ボクの場合は永久就職っていう手も…」 アルルが不意に顔をにやけさせる。 「何か巫山戯た事をおっしゃいまして?」 「まぁお子様には分からない事だよはっはっはっ」 「…そのアルさんとやら、あの人絡みじゃないといいですけど、ね」 ジト目で呟いたウイッチの言葉がアルルの動きを止めた。 「な、何で今アルさんの名前が出てくるの?」 「さぁ」 だが、はぐらかすように言うウイッチの表情は、得意げと言うよりもむしろどこか不信、不満気な表情。 それは、自分で言った言葉がアルルに対してだけではないと物語っていた。 「そ…そんな事、ある訳ない…よ?」 ウイッチの言葉が売り言葉に買い言葉ではないと感じたアルルは、急に自分の自信がしぼんでゆくのが分かった。 …アルさんって、グラマーで、美人で…。天然っぽいけどどこか訳ありっぽくて、そう言えばシェゾは最近会ってなくて…。 急に彼への不満が湧き出す。 シェゾって女に興味はない、みたいな顔しているくせに割と美人に弱くて…。ああ見えて、流されやすくて…。 「……」 アルルが眉根を寄せて唸る。 「アルルさん、わんこみたいですわよ」 何か言いたいところだが、そこは抑えて、アルルはウイッチに紙を見せた。 「ウイッチ、このチラシ見た?」 王都で起きている事件を知らせるチラシを見せると、ウイッチは頷いて言う。 「ああ、これですわね。ええ、お客さんが話の種に、と持ってきて下さったので、存じてますわ」 「そう」 昼間に会ったラグナスの態度もそう言われれば気になる。 「これね、昼にラグナスに会った時に、ラグナスにも見せたの」 「あら、あの根無し草さん、今はこの街に?」 「あのさ、その言い方はどうなの? シェゾもそうみたいで嫌なんだけど」 同じギルドに席を置き、色々とあちこちを飛び回る事が多いのはシェゾもラグナスも同じ。 アルルは、そんな言い方をされるとシェゾまでそうみたいで気分が良くはなかった。 「シェゾはちゃんと定住地がありますわよ。けど、あの方はどうですか?」 「あ…あー。そう言われると…そうかも」 そう言えばラグナスって家あるの? いや、あるんだろうけどさ、どこかには。て言うか、ラグナスの場合は実家とでも言ったほうがいいのかな。 特に気にもしていなかった事だが、ウイッチに言われた事でラグナスに関しては成程、と思わずアルルも頷いた。 「って、そういう事を言いたいんじゃないの! でね、そのラグナスにさ、シェゾが今何処に居るか知らないって聞いたの」 「ああ、確かにシェゾとラグナスさんはたまにペアを組んでお仕事をなさいますわね」 「その時は気にしなかったんだけど…。今思うと、なんかラグナスの態度が急に余所余所しくなっていた気がするんだよね…」 その言葉を聞いたウイッチの目がきらり、と光る。 「…わたくし、ブラックさんを見ましたわよ」 「え? どこで?」 「午前中、街中で。ガンを飛ばしながらホテルへ入るのを見ましたわ」 「いや、いくらあの無愛想さんでも、ガン飛ばしながら歩きはしないでしょ」 「かも知れませんわね。もしかしたら、周囲に気を配っていただけやも。でも、どちらにしても似たようなものですわ。目付きが悪いのは生まれつきでしょうから」 「それ、ブラックに聞かれたらぶっとばされるよ?」 「返り討ちにするまでですわ」 ウイッチは涼しい顔で言う。 魔女(見習い)としての尊厳もあるのだろう。 いやいや、こう言っちゃあれだけどウイッチには無理でしょ、とアルルは思った。 パッと見は不真面目黒メイドだけど、ああ見えて実は人じゃなくって精霊に近い存在だもん。 よくは知らないけど、血筋っていうか種族的にはエルフの親戚みたいなものらしい。 だから、ああ見えて戦闘能力あるよ。 実は強いの、ブラックって。主に体術が。 遠距離ならともかく、懐に入られたら、ボクだって何にも出来ない。 お姉さんのキキだって、戦うの好きじゃなってだけで、やる時はやるから。侮れないよ。うん。 実際、ブラックってああ見えてキキの事は怒らせないようにしているみたいだし。 「…まぁ、物騒な話はおいておいて、ホテルって? どこの?」 「ジェニオですわ。この街では中堅ですわね。もしかして、ラグナスさんがこちらに来ていたという事は、そこにお泊りだったのではありませんか? そう言えば、あのホテルはグレードはそんなに高くはありませんが、元が石造りの貴族宅ですから基礎が頑丈ですもの。何かあった時に備える、と考えると彼らしいのではありませんか?」 「あ、もしかして、お仕事の依頼?」 「有り得ると思いますわ。あの方、一応ギルドに登録されていますでしょう? 大抵お仕事があるときはホテルに部屋をとってるらしいですから」 「成程。…そう言われると確かに根無し草だねぇ。少なくともこの街には住んでないもん」 「ですわね」 「いや、そういう話じゃないんだよ。他人の住宅事情は置いておいて、つまり、シェゾとラグナスが二人で何かお仕事をしている可能性があるって事だよね」 「高いと思いますわ。あのお二人、仲が悪そうに見えてペアは多いですから」 「…となると、ラグナスはあの時、ボクに敢えて事情を隠した可能性が有るわけで…つまり、そうだと仮定した場合、内容は結構おおごと?」 「必然的にそう考えるのが普通ですわね。それに、出会ったのは偶然では無かったと思いますわ。いえ、出会うべくして、と言うよりは、出会って当然の状況だったのでしょうね」 「うう…またボクに内緒で…」 と言うか、あの時紅茶吹いたラグナスをもうちょっと突っ込んでおけば良かった、とアルルは後悔する。 「部外者が何をおっしゃっていますのやら」 「そりゃそうだけどっ!」 アルルは、ただでさえ機密が厳しいギルド内の話故、自分に知らされないのが当然とは分かっている。だが、それでも疎外感を感じずにはいられなかった。 「また、危ない事しているのかなぁ…」 心配だよ、とアルルは溜息を付いて机に突っ伏した。 「そこで最初の話なのですが」 ウイッチが咳払いして、改めて問いかける。 「え?」 「アルルさん、本当に誰かに狙われる覚えはありませんのね? シェゾやラグナスさんと一緒に冒険した時とかも含めてお考えくださいまし」 「う、うん。でも、この前最後にシェゾに会った時も冒険じゃなくって普通に家でえ…って! と、とにかく冒険してないし何かと争った覚え無いから!」 「え、の次は何ですの?」 ウイッチが座った目でアルルを見る。 「いいの! とにかく、質問の答えはノーなの!」 「…まぁ、それはさておき、承知しました。となると、そのアルさん、やはり訳ありなのではありません事?」 「と、申しますと?」 「アルさんと言う方、つけられていましてよ」 「え!?」 「正確ではありませんが、昼に妙に紳士的な方がいらっしゃいまして、ある女性を探していると聞かれましたの。その特徴が、どうもそのアルさんとおっしゃる方にそっくりなのですわ」 「…ぐ、偶然って事は?」 「その連中、妙に礼儀正しすぎて逆におかしかったので、見た写真をこっそり水晶に写しておきましたの」 「わお、大胆」 「わたくしの勘がそうしろと告げたのですわ」 「それに写真って珍しいね。魔法使って像を転写したほうが楽で綺麗なのに」 「大きい都市ですと、意外に魔導に抵抗がある所もありますから」 そう言ってウイッチは下げてきたポシェットからピンポン玉程度の大きさの水晶を取り出す。 「咄嗟でしたのでちょっとぼやけてますけど、アルルさん、これを覗いてくださいまし」 「魔導錬成は?」 「要りませんわ。像を結ぶだけなら水晶に込めた残存魔力で充分」 「そ」 アルルは水晶を覗く。 すると、そこにはやや色あせた女性の顔が写っていた。 「…アルさん」 アルルが呟く。 「やはりそうでしたわね」 「ど、どうしよう? アルさん、悪者に狙われているのかな?」 逆の発想はありませんの? と聞こうともしたが、アルルの話すアルと言う女性のイメージからするにその線は無さそうと思い、それは言わずにおく。 アルルの人を見る目は、それなりに的を射ている事が多いのだ。 「その女性の事とシェゾ達の事件、関連が無いとは思えません。この片田舎で同時期にこれだけの出来事が起きるなんてありえませんから」 「…それでボクに何が繋がるのかな?」 「貴女はしょっちゅう突っ込まなくてもいい首を突っ込みますので、何かしら知っているのでは、と思ったまでですわ」 「言われればその通りなんだけどぉ…」 「で、それはいいとして、どうしますの?」 「それは…。そうだ! シェゾとラグナスに相談しよう!」 「お二人は街を出ていますわ」 「はい?」 「午後、ブラックさんがお使いでいらっしゃいまして。わたくしもその件が気になっていたから、ちょっとシェゾの耳に挟んでおいてもらおうと思いまして、ブラックさんにシェゾがギルドに居るかと訪ねてみたのですわ。そしたら、今朝から街を出ている、と言われましたの」 「…て事は」 「自動的に、ラグナスさんも居ませんわね」 「あう」 アルルはがくり、とうなだれた。 そしてすぐさま顔を上げる。 「で、でもでも! だからって放っておけないよ! アルさんが狙われているのは確かだもん! アルさんはもう友達だよ! なんとかして助けなくちゃ!」 「どこに滞在してらっしゃるかはご存知?」 「あー…。ホテル…じゃないみたいなんだよねぇ」 「あら」 「ボクも最初はホテルだと思ってさ、アルさんにね、聞いてみたの。そしたら、なんか森や湖が全部見えるとか鍾乳洞やらがって、良く分からない返答が帰ってきて…。そんなホテル知らないよ。あの人天然っぽい所あるから、なんか混ざっちゃってるんじゃないかなぁ?」 「森と…鍾乳洞」 ウイッチがふと思案する。 「アルルさん、ホテルではありませんけど…心当たり、ありますわよ」 「えっ?! どこどこ? そんな所あったっけ?」 「貴女もご存知の筈ですわ。よく考えてくださいまし。恐らく、アルルさんも知っている場所、かも知れませんわ」 ウイッチが、その幼い顔に似合わない訝しげ、と言うか思い出したくなかった、と言うような複雑な表情を浮かべている。 アルルは何とも表現しにくいウイッチの顔を見て、自分の中にもいつしか似たような感情が芽生えているのが分かった。 そして、はっと頭の中に答えが浮かぶ。あまりにも明確に、はっきりと。 第四話 Top 第六話 |
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