魔導物語 小説『王都復興記』

第四話 アルルとアル




「この街、とっても素敵ね」
 青空と雲のコントラストが切り絵のように視界を埋め尽くす。
 アルルと一緒に歩くその女性は、その胸に大きな荷物を抱き抱えながら楽しそうに言った。
「えー? そうかなぁ? ボク、ここに住んで割と長いけど、どこにでもある田舎だと思うよ。あ、勿論嫌いっていう意味じゃなくて。うん、この街は大好きだよ。まぁ、住めば都って言うのもあるかも知れないけど。でも田舎だと思うけどねー」
 そう言えばここに住んで結構経つなぁ、とアルルはふと思う。
 魔道学校に通うために住み始めて、ここに来るまでにも色々あって、そしてその色々は、この街に来ようと思ったからこそ起きて、それがいろんな出会いになって…。
 彼や友達、他に色々な出会いがあるこの街の事を改めて考えてみる。
「…やっぱり好き、かな」
 アルルの顔がふにゃりとほころぶ。
「本当に楽しいのね。それは、この街がとても良い街だという事。素敵だわ」
「ふぅん…。いい街かぁ。考えた事なかったなぁ」
「それよりも、その、えーと、ほほほ? のジュース屋さんってどこなの?」
「ん? あ、ほほほじゃなくって、のほほね」
「あぁ、そうだったわね。なんだか覚えづらくて」
 女性はごめんなさい、と笑う。
「わかるわかる、ボクも最初はそうだったもん。でも、顔を見ればもう一発で覚えるよ。個性強烈って言うか、個性が服着て行商している感じだから。まぁ、服着てないのも多いけど」
 アルルがそりゃもう、とおどけて言った。
「さっきも聞いたけど、そんなに強烈なんだ…」
 女性が楽しみだわ、と笑う。
「そう言えばさ、商人'sって割と大陸中に居るはずなんだけど、見たことないの?」
「え? でも、その場所その場所で…」
「ううん。みんなおんなじ。名前が同じならみーんなおんなじ顔しているよ」
「…え」
 女性が本当? と汗を垂らす。
「ふーん、本当に知らないんだぁ。商人'sの事知らないなんて、もしかして、どこかのお嬢様?」
「そんな、お嬢様だなんて事無いわ」
「そっかなぁ…」
 とはいえ、その言語の端々ににじむ育ちの良さ。仕草。
 アルルは怪しいなぁ、と顔を覗き込んだ。
 …でも、本当に綺麗。
 顔を覗き込んだアルルは先程までの考えも忘れ、改めてそう思う。
 ほんと、さっき初めて会った時も思ったけど、綺麗だなぁ…。
 名前は似てるのになんでこうも?
 背は程々。無論美人。で、なんか爽やかな香りするし。それに…おしりと、胸、おっきいし。
 アルルは欲しいおもちゃが目の前にぶら下がっている子供みたいな瞳で女性を見ていた。

 彼女の笑顔から遡る事、十分程前。
 ターメリックの香りがふんわりと漂う中、アルルは声の主を見上げ、きょとんとした顔で女性の顔を見る。
「うふふ、ごめんなさい。驚かせちゃったみたいね」
「あ、いえ。全然平気。…えっと、旅の人、ですか?」
 アルルが何となく佇まいを正して問いかける。
 住み慣れた街だ、まるで見知らぬ顔はそうそう居ない。
 こんな美人なら尚更だ。
 というよりも、地元の人間とそうでない人間はやはりどこかが違う。
 見た目や言葉以上に、その雰囲気がそう告げている。
 アルルは迷い無く外の人だと確信して尋ねた。
「そうね、旅行中みたいなものかしら?」
「みたいな?」
「あ、気にしないで。こっちの事だから」
 そう言って女性が笑う。
「あ、そうだ。えーと、ボク、アルルって言います」
 初めまして、とアルルは首をかしげる。
「あら」
 女性があら、と目を丸くする。
「え? あれ? 何か変?」
「あ、いいえ。違うの。ええと、ありがとう。私は…アルって呼んで」
「アル!?」
 今度はアルルが目を丸くした。
「ふふ。そうなの。私、アルって呼ばれているから」
「ふわー、アルルにアルだぁ。一文字違い」
 びっくり、とアルルが笑う。
「なんだか不思議な出会いですね」
「ええ、私もそう思うわ」
「そうですね!」
 ああ、そうかぁ。だからこの女の人、さっき驚いていたんだ。
 でもさぁ、なのに、なんでこんなにスタイル違うかなぁ? 神様の嫌がらせ?
 笑顔で応えつつも、アルルはアルのスタイルにやや嫉妬気味だった。
 アルルのスタイルが悪いわけではないが、女性として自分よりくびれやラインが美しいと見られる対象がそばにいる場合、どうしても自分が劣って見えてしまう。見た目が素敵なら尚の事だ。
 女性特有のジレンマは、アルルにも平等に降り注いだ。
「…で、アルさん。アルさんは何を買いに来たの?」
 その問いにアルは、ん? と首をかしげて何となく上を見上げる。
「…そう言えば、なんだったかしら? ねぇ?」
「はい?」
 アルルも思わず首をかしげた。
「あ、そうだ、お夕飯だったわ。そうそう。で、お買い物の最中にあなた達の声が聞こえて、それでうっかり忘れちゃってたの。多分」
「そ、そですか」
 …多分って。…アルさん、結構天然?
 アルルは容姿と不釣り合いな物言いに、えもいわれぬギャップを感じ、戸惑った。
 その後、折角会った事だしと言う事でアルルもアルの買い物に付き合う。
 アルは、アルルの買い物に触発されたのか、同じように香辛料を買い込んだ。
「ふふ。つい買いすぎちゃった。何人前作れるのかしら?」
「あはは。でも、日持ちするし、平気ですよ。あ、零れないように気をつけてくださいよ。単価高いからもったいないし」
 アルルはどこか危なっかしい持ち方のアルを気遣う。
「ありがとう。途中からは持ってくれる子がいるから大丈夫よ」
「あ、そうなんですか」
 やっぱり一人って訳じゃないんだ。
 言っちゃ悪いけど危なっかしい気がするもんね。
 アルルは妙に納得する。
 買い物の用事を済ませた二人は、その後何となく街を一緒に歩いた。
 アルると比べたら全然少ないとは言え、アルも買い物をしたのにいつまでも荷物を持って貰うのも申し訳ない、とアルルは荷物を持つアルにその旨を伝えるが、アルもせっかくなのだから、と意外に強情で、結局そのままアルルの家まで付き合ってしまう。
「いやー、アルさんに結局最後まで持ってもらっちゃった。本当にどうもありがとう!」
「いいえ、私だって楽しかったわ。外に出たのって久々だったから」
「え?」
「何でもないわ」
「…そ、そうですか」
 アルが何気なく呟いた一言。
 アルルはその言葉に違和感を覚えた。
 そう言えば、アルさん、元からそうなんだろうけど、ホントに色白だよね。まるで陽に当たってないみたいに…。
 雪の様に白い肌。
 いや、相当、本当に白い。
 ぶっちゃけ嫉妬するくらい。
 自分で言うのも何だけどこの健康的な肌の色がただの無頓着なわんぱく坊主に見えるくらい。
 …まぁ、わんぱくって言われる事あるけどね。
「あのー。そう言えば、アルさんって、どこから来たの?」
 アルルがのぞき込む様にして問いかける。
「あー、そうねぇ…」
「言いにくい事でもあるんですか?」
 あからさまなアルの困り顔にアルルがますます訝しむ。
「言いにくいって言うのかしら…。どっちかって言うと、止められ…あ、ううん。ごめんなさい。ちょっと、出来ればこのお話はここまでにしてもらえると嬉しいわ」
 アルはごめんなさい、とアルルの問いかけを制止する。
「あ、別に言いにくい事だったら無理にとは言いませんけど…」
「んー、言いにくいって言うか…」
 アルが首を傾げた。
「考えておくわ。また会った時に、ね」
「え?」
 考えておく?
 どういう意味ですか? とアルルは首を傾げるが、アルはもうその話題には乗らない。
「えーと、ところでアルさんはどこに滞在中ですか?」
「…そうね、大きい所」
 大きい所って言うと…。やっぱりここだとあそこしかないよね。
 アルルは、街に幾つかあるホテルで一番大きなホテル、チューリンパレスを想像した。
 街を一望できる高い建物で、一番上のスィートルームはちょっとした要人でも満足させられるレベルの自慢の宿。
 部屋には入った事はないが、ホテルの屋上へは行った事がある。
 街で一番高い建物である鐘楼とほぼ同じ高さのそのホテル屋上へ登り、その眺望の良さに驚いたのはよく覚えていた。
 高額故、めったに使われないのがホテルにとっての難点なのだが。
「あそこ、眺めがいいですよねー。街の屋根がぜーんぶ下にあって」
 アルルは、この人ならそういう所で間違い無いだろう、と勝手に想像して呟く。
「ええ。街からはちょっと遠いけど、街も湖も森も全部見渡せるのが素敵よね。奥の鍾乳洞なんてすごく素敵」
「そうで…鍾乳洞?!」
 問いに賛同してくれた。
 だが、その内容がだいぶ違う。スケール的な意味で。
「…アルさん? あの…」
 思わず問いかけようとしたその時、アルがふと表情を曇らせる。
「いけない…。アルル、それじゃ、そろそろ私行くわ。時間なの。ごめんなさい」
 アルは持っていた荷物をアルルに渡し、踵を返す。
「あ! あの! ボクの家、ここなの。お茶でも…」
 アルルが引き止めるが、アルは振り返るも申し訳なさそうに首を傾げる。
「本当にごめんなさい。またね?」
 そして、アルは後は振り返りもせず来た道を戻っていった。
「…アルさん?」
 取り残されたアルルは、いきなり量が二倍になって視界を遮りそうになっている大きな袋越しにアルの背中を見送る。
「…なんだったんだろう?」
 状況が分からない、とアルルは空を見上げた。
「ま、いいか。またって言ってたし、多分暫くこの街に居るんだよね」
 分かんない事は考えてもしょうがないよ、とアルルは考える事を一旦やめ、夕食の支度に頭を切り換える。
「さーて、今日のカレーはどれくらいの辛さにしようかな」
 気を取り直して家に入るアルル。
 暫くの後、アルが消えていったその道を、影のように追う人影があった。



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