魔導物語 小説『王都復興記』

第三話 秘め事




「どしたの?」
 口を押さえてむせているラグナスを見てアルルが問う。
「…い、いや」
 ラグナスは時々思う事がある。
 この少女、普段は抜けた様でいてボケ全開だが、時折それが演技なのではと思える様な鋭さがある。主にごく一部の相手に対して。
 まさかとは思うが見越してないよな?
 ラグナスは、今のくだんの彼を想像し、思わず脂汗が噴き出そうになった。
「知らないな。ここ最近は会ってない」
「そう。あのね、シェゾさ、ここ一週間くらい、家にいないんだ。だからさ、今キミが街に居るのなら、もしかしてキミの所かなぁって思って…」
「いや…。どうして?」
「何回かシェゾの家に行ったんだけどさ、てのりぞうがシェゾは居ないって入れてくれないの」
「普通だろ」
「ううん。普段ならさ、てのりって、ボクが入れてって言うと入れてくれるもん。シェゾが居なくても」
「…てのりぞうって、奴のガーディアンだよな? 一応」
 主不在の住居を守護すべき筈が、主人が居ない時に他人をほいほい招き入れるガーディアンをラグナスは知らない。
「だからさ、入れてくれないって事はなんかあるのかなーって。そう言う時は何かしらお仕事の時が多いから、もしかしたらって思って。ラグナスがこの街にいる時も、大抵お仕事がらみでしょ?」
 あながち間違ってはいない。
 役立たない所では鋭いな、とラグナスは感心した。
「で、何か用があるのか?」
「用って言うか…別に…ただ、顔見てないなぁ、何してるかなぁ。会い…あ、ううん。何でもないない」
 言うだけ言ってから顔を赤くするアルル。
「…会ったら伝えておく」
「う、うん。あの、あのさ、別に…その、ヘンな事言わないでね?」
「ああ」
 自分からお茶に誘ったのだが、アルルは何か気まずくなってしまったと思ったらしく、それじゃ、と早々に席を立ってしまった。
「…やれやれ」
 別に、周囲にはバレバレだけどなぁ。
 一人残されたラグナスは、ないまぜな心境で頭を掻いた。

 それから暫くの後。
 部屋に戻ったラグナスは、無事ブラックを寝かしつけてから戻ってきたシェゾを確認した。
 天井を仰いで何となく脱力しているシェゾに、先程のチラシを渡す。
「……」
 興味なさげに文字を追うシェゾ。
 その手には、どこの獣に噛まれたのか、しっかりとした歯形がいくつも付いている。
「その号外な」
「んー」
 ソファーに寝そべり、ぼんやりと文字を追うシェゾ。
「アルルに貰った」
 シェゾが固まり、その額から流れ落ちる一筋の冷や汗だけが時間軸を流れる。
「…いや、そうか。別にいいけどな。ああ」
 何事もなかったかの様にきちんと座り直し、目を泳がせながら号外を眺め続けるシェゾ。
 珍しい表情のシェゾを見たラグナスは、何となく気分が良かった。
 これだけでも依頼を受けてよかったと思う、とはいかないが。
「で、話の続きだ」
 ラグナスは居なくなった持ち主が持って来た書類を前にして言う。
「そう言やギルドで話さなくていいのか? 珍しい」
「ギルドよりも、俺かお前の居る場所で話した方が安全だとよ」
 確かに、契約によって箝口令のしかれたギルド内部とは言え人は多い。
 つまり、それほどに大切な話と言う事なのだろう。
 だから、ブラックが二人を集めにやってきた。
「面倒な話になりそうだな」
「そうだな」
 ラグナスは改めて依頼の経緯を話し始めた。

 翌日。
 太陽は昼前の高さで燦々と輝き、雲一つ無い空に鎮座する。
 窓からやや暑い程の日差しが差し込む、ギルドの応接室。
 二日前と同じ依頼主の男、その名をアガリス。
 彼は淹れられた紅茶に手も着けず、今か今かと腰を浮き沈みさせていた。
「入るよ」
 ドアがノックされ、ぶっきらぼうな声と共に開く。
 ブラックが、紅茶の換えを持ちながら部屋に入ってきた。
「あの、依頼の件は…」
「慌てないで。今来るよ」
「来たぞ」
 掛け合いの様に向こうから声が聞こえる。
「来たってさ」
 ブラックは阿吽の呼吸で返答を返し、廊下の向こうに顔を向けるとにっこり微笑む。
 程なくして、ドアの向こうから二人の男が入ってくる。
「おお…」
 一人は黒ずくめで眩い銀髪の男。
 もう一人は紺に近い青のリネンに身を包んだ黒髪の男。
 アガリスは腰を上げ、仏でも崇める様な表情で歓喜を露わにしていた。
「ウチの子じゃどっちも一番人気だよ」
 ブラックがシェゾとラグナスの頭をぽんぽんと叩いて言う。
「いかがわしい言い方すんな」
 シェゾは男をちらりと見ただけで、そのままソファーに座る。
 ラグナスもそれに続くが、はじめまして、と会釈をする点が違う。
 男はようやくここに来て礼儀を知る者を見た、と胸をなで下ろした。

「ごゆっくり」
 ブラックが三人分の茶を置いて退室する。
 扉がしまったのを確認すると、アガリスは話し始めた。
「我が国はこの大陸に幾多ある正式な独立国の中でも、自惚れではなく教育、治安の行き届いた方の国です。これは実際の数値が表しています」
 アガリスは簡単な自己紹介の後に簡単な国の説明を始めた。
「ですが、ここ最近、都市に不穏な分子が暗躍を始めています。その数は日増しに増え、今は数千が地下に潜んでいると思われます」
「兵隊くらい居るだろ」
 シェゾが言う。
「それはもちろん。ですが、お話は通っていると思われますが、公に、特に他国に対して公にしたくないのです。出来るだけ。今回の事は我が国の信頼、品位に関わります故」
「ひとつ、聞いておく」
 シェゾが昨日のチラシをアガリスの前に出して言う。
「お前はどこの誰だ?」
「ですから、王家の家臣の…」
「名乗れと言った。本当の名と、正体を」
 シェゾがラグナスをちらりと見る。交代しろと言っているのだろう。
「これは昨日、俺が街中で商人が配っているものをもらった物です。ここには貴方の国の事が書いてある」
「ええ、確かに」
「だが、ブレフティビラの事件の号外を配るにはここは遠すぎるんだ。内容は大事と言えば大事だがここまで知らされるようなものでもない。で、調べたが、奴らに仕事を頼んだのは外から来た奴だった。このチラシをどっさり抱えて、気前のいい報酬でな」
「……」
 シェゾが言うと、アガリスは顔色をわずかに曇らせる。
「安馬車に紛れて来たのは賢かったが、ちょっと荷物が多かったな。言っちゃアレだがここも田舎だ。よそ者ででかい荷物となりゃそれなりに目立つのさ」
「アガリスさん、用意周到ですね。国の有事をそれっぽく事前に流し、より信用しやすくする。しかもその情報が関係者以外から流れたとなると更に信用性は上がる。さて、この場合目的は主に二種類になります。是が非でも依頼を受けてもらいたいから、と」
「それか、依頼に裏があるか、だ」
 シェゾが鋭い瞳でアガリスを見た。
「…なんとも、まさかここまでとは」
 アガリスは恐れ入りました、と頭を下げた。
「どなたか間者でも雇われて?」
「自分の足でだ。根っこに近い情報は自分で見ないと信用に足らん」
「普段は無精だが、こう言う事には意外にマメな男でね」
 ラグナスは褒めているのかけなしているのかわからない言葉で称える。
「…お見逸れしました。さすがは噂に名高いお二人だ。お話しします」
 アガリスは要点を端的に語る。
 つまり、実際のところは国としては、噂では腕は確かと聞いているがそれでも辺境のギルドを簡単に信用はしておらず、実際のところ他の街の名のあるギルドや傭兵にも同じ依頼を考えているのだと言う。そのため、行く先先で情報を流し、本当に有事が起きているのだと周囲に知らしめ、足元を固めながら回っているのだと言う。
 姿を公にしないのは単純にクーデター派から身を護る為であり、実際、居場所は言わなかったが街に潜ませている共に来訪している数名の護衛が、この街に来るまでに一名命を落としていると言う。
「決して、欺こうとしたのではありません。是が非でも成功させなければいけないのです」
 アガリスは改めて頭を下げて訴えた。
「今回の事で尚の事貴方方が本物だと確信いたしました。力だけでなくその鋭い洞察力、行動力、感服いたしました。なにとぞ、依頼を受けていただきたい!」
 そして、懐から小さな木箱を取り出すと二人の前に置き、宜しいか? と尋ねてからそれを開いた。
 中にあるのは、幼児の小指程の大きさの六角柱の水晶が二つ。
 水晶のサイズとしては極々小さな物。だが。
「これは」
「ほう」
 二人が思わず声を漏らす。
「おお。流石、この石の価値が一目でお分かりになりますか。これは純度99.9パーセントの藍水晶。宝石としての価値は元より、魔導器としての価値も大変なものです。傷も無く、この大きさと色ムラの無さ、美しさを兼ね備えたふた揃えなど、他にありますまい」
「国宝級だな」
「ああ」
 ラグナスが見られただけで眼福だ、とばかりに頷く。
「決してお二人を裏切る意思のない証として、こちらを進呈いたします」
「おいおい」
「いや、それは…」
 二人が流石に一寸待て、と宥める。
 藍水晶とは、それ程の至宝だった。
「いえ、逆に言えば是非成功させて頂きたいと言う意味でもあります。この件には、国の存亡が掛かっていると言う事を、お二人にも肝に銘じて頂きたいのです。どうぞ、お納めください」
「国が無くなりゃ国宝も何も無いってか」
 シェゾは藍水晶をつまみあげ、室内の灯りにかざして眺めた。
「そう考えると責任重大だな」
 ラグナスももう一つを手に取り、しげしげと眺めて呟いた。
「前金として貰っておく」
 シェゾが言う。
「それでは!」
 アガリスが顔を明るくした。
「依頼内容の具体的な詳細は追って知らせてくれ」
 ラグナスも条件を呑む。
 アガリスはここに来て始めて笑みを見せ、満足げに場を後にする。

 残されたシェゾとラグナスは、冷めた茶には見向きもせず今後の事を話し合っていた。
「で、どう思う。お前は」
 シェゾがラグナスを見もせずに天井を仰いだままで尋ねる。
「どうって…まぁ、今のところはまだ半々だな」
 彼らに来る仕事はどのみち一筋縄ではいかない事情がある場合が多い。報償が良いとて、必ずしもそれに見合う、または素直に受け取れる内容ではない場合も多い。
「ビラには城がピンチだ。悪者から必死に市民を守っている、みたいな感じで窮地を訴えていたんだよな」
「ああ」
「……」
 シェゾが遠い目で窓の外を見る。
 その目にはどこか憐憫の情を滲ませて。
「お前、何を知っている?」
 ラグナスが我慢出来ずに問う。どうも今日の彼はどこかおかしい。普段の傍若無人唯我独尊の彼とは違う空気を感じる。
「…複雑だよなぁ。政(まつりごと)ってのは」
 シェゾはそれきり暫く何も喋らず、ラグナスもまたこれ以上の詮索は今は無意味、と書類の読み直しに専念する。
 部屋の中は外で鳴く小鳥の声が聞こえる程に静かになった。

 翌日。
「おじさん、このターメリック幾ら?」
 街の市場にアルルの声が響いた。
 恰幅のいい浅黒の髭達磨が指を開いて値段を指し示す。
「うーん、ちょっと高くない?」
「いやいや、こいつは上物だ。こいつで作ったカレーは極上だぞ」
 お陰で食が進んでこんなに太っちまった、と髭達磨は笑う。
 アルルもつられて笑う。
 そこへ、もう一人の含み笑いが加わった。
 ん? とアルルが横を向くと、そこにはアルルよりやや背が高く、細身の、しかしスタイルの良い長髪青髪の女性が立っていた。
「あ、ごめんなさい。聞いてて楽しくて…ふふっ」
 何かツボにでもはまったのか、そう言って女性は再び口を押さえながらくすくすと笑う。
「あ、そ、そうですか…」

 綺麗な人。

 それがアルルの第一印象だった。



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