魔導物語 小説『王都復興記』

第二話 王都復興記




 そもそも彼は、この依頼が気にくわなかった。
 理由は簡単である。
「報酬が気に入らんな」
 とある宿の一室。
 ソファーにふんぞり返りつつ、彼は吐き捨てた。
「どんな風にだ?」
 問う声が彼の反対側から聞こえる。
 ローテーブルを挟み、柔らかすぎるソファーにきちんと座っている黒髪の男。
 ラグナス・ビシャシ。
「報酬が良すぎるからだ」
「珍しい返答だな」
 普通、報酬は貰えるなら貰えるだけ貰うものだ。
 特にこの世界では控えめな性格など只の損である。
 そんな事は理解しきっているはずのシェゾが、報酬が良いから気に入らないという。
 どういう事か。
「どういう事だ? 良い報酬ならむしろ望むところだろう? っつーか、依頼主から更に引きずり出そうとするのが常套手段だぜ」
 仮にも光の勇者の言葉とは思えぬ物言いでラグナスが言う。
「内容が問題なんだよ。お前もそう思っているから俺に話振ったんだろうが」
「まぁな。三日考えても、やっぱそうなるか」
 ラグナスにしても実は同じだったらしい。
 だよな、とラグナスは笑う。
 分かってるじゃねぇか。
 シェゾがラグナスを軽く睨むと、ラグナスは分かってるさ、と笑い返した。

「いい仕事があるぞ」
 四日前。
 話を持ちかけてきたのは珍しくラグナスだった。
 これもまた珍しくシェゾを自分が泊まる宿に呼び、そう言ってわざわざ仕事の話を振る。
 一応居をこの街に構えるシェゾと違い、ラグナスは言ってしまえば根無し草の為、何かしらの用があればどこにでも行くしどこにでも住む。
 その中でもこの街に在住する割外が最も高い。それだけだ。
 仕事。
 普段なら、そうそうはそんな話を他人に、特にシェゾに振る事はない。損得の話ではなく。
 彼と組んだ場合、仕事の成功率は飛躍的に上がるのだが、それ以外、仕事とは関係の無い非情に厄介な行動に繋がったり首を突っ込んだりする場合が多く、そういった行動を制御出来る自信がラグナスには今ひとつ無い為だ。
 シェゾに言わせればお互い様だ、と言う事だが。
 だが、ラグナスは丁度その話をする数日前からシェゾが人里離れた住居ではなくこの街中に居るのを知っていた為、無駄な時間をかけることなく彼を呼ぶ事が出来た。
 意外に行動がきちんとしている彼は決まった時間帯は決まった場所にいる確率が高いのだ。
「どこから嗅ぎつけたのか、そもそも何処まで信じているのか解らないけど、ウチのギルドには闇の魔導士と光の騎士が名を連ねているってのを聞きつけてやって来た依頼者が居るらしいんだ」
「んだそりゃ? つうか酒臭いなこの部屋。人を呼んでおいてこれかよ」
「我慢してくれ」
「朝っぱらからこいつは…」
 シェゾはラグナス以外の誰か。自分のすぐ横に視線を流して呟いた。
「まぁまぁ。で、実は昨日な…」

 シェゾが住む街には、その規模にしては大きなギルドが存在する。
 通常はその名の通り職人が介する組合組織だが、ここのギルドはもう一つの顔がある。
 それはつまり表に出る事のない仕事の斡旋。
 所謂裏の顔だ。
 報酬の額さえ内容に見合うならばどのような内容でも引き受けられる、非合法な仕事の紹介である。
「いらっしゃい」
 その日、ギルドに明らかに街の者ではない男が訪れた。
 バイトでカウンターに立つブラックキキーモラは、相も変わらずの無愛想で挨拶する。
「仕事の依頼をお願いしたいのだが」
「……」
 ブラックは僅かに眉をひそめ、男を値踏みする様な瞳で眺める。
 外見は五十歳程度。
 身長は百六十センチ程度。
 体重は八十キロ程度だろう。少し太めである。
 肉付きの良い顔には顎と鼻の下に白い髭が並び、顔には丸メガネ。
 被っている帽子、質の良い布をふんだんに使った服装から見て、あからさまに貴族階級であろうと見て取れる。
 都市の人間だ。
 インテリの匂いがプンプンする。
 そんな人間がギルドに、しかもこの片田舎と言っていい街のギルドに来る。
 ブラックは面倒そうだね、とまゆを寄せつつも。
「…鳥が、飛んでいるね」
 外も見ずに呟いた。
「黒い鳥の方が好きだ。黄金の瞳の鳥が特にね」
 男は淀みなく答える。
「こっちへどうぞ」
 ブラックは奥で暇そうにぼーっとしていた給仕にお茶の用意を言いつけ、男を別室へ招き入れる。
「ここで待って」
「では用件を…」
「頭が来るから、それから話して」
 男は失礼、と帽子と上着を脱ぐ。
 ブラックはそれを受け取り、部屋の隅のハンガーに掛けると、申し訳程度に軽く一礼して部屋を出る。
「黄金の瞳、か。こんな大きいのは、割と久しぶりだね」
 ブラックは呟く。
 先程の会話。それは、裏仕事の依頼と、報酬を示した暗号だった。
 少しの後。
 部屋に、熊が人間になった様な集眼の髭親父が現れた。
「初めまして。わしがこのギルドの長です」
 根菜みたいな手を差し出すと、男は立ち上がってその手を握り返す。
「この度は、高名なこちらのギルドに是非受けて頂きたい仕事がありまして、こうして参りました」
「では、伺いましょうか」
 ボスがどっかりと椅子に座る。
「我が国は…」
 男が口を開きかけたと同時に。
「ビール持って来い! チーズとサラミもだ!」
「…は?」
「いや、気にせんでください。こういう話は多少アルコールが入った方が話しやすいのですわ。酒は嫌いですかな?」
「い、いや、そうでも…」
「結構! 酒の飲めんような奴はろくな仕事を持ってこんからな!」
 ボスは自分の腰をばん、と叩いて豪快に笑った。
「……」
 ここに来て良かったのか? 男はそんな表情で目を泳がせていた。

「で、今朝早くに、酒臭いブラックがやって来て、まず俺に話が来た。っつーか、お前も呼べって言う事で。俺ら二人をご指名だとさ」
 通常なら飛脚を使い仕事を頼む連中はギルドに呼ぶのが筋。
 こうして依頼主の使いが来るからには理由がある。
「…だから朝からこいつが居るのかよ。っつーか、お前、俺に押しつけ…んが」
「シェ?ゾ?。街にいたとはらっきーだねぇ?。んふふ…」
 二人が話をしていた居間のソファー。
 シェゾの腰には、だらしのない恰好でソファーに横たわり、前後不覚状態ながらも、がっちりとシェゾに膝枕させていたブラックがいた。
 と、不意にブラックはずるずるとシェゾに登りはじめ、彼の頭を自分の胸に抱え込んでしまう。
「かわいいね?。ホント…」
 そしてブラックはシェゾの膝の上に座り、だっこ状態で首根っこにかじり付き、本当にシェゾの首を噛む。
 酒が入り、体温が上昇しているせいかブラックの体からはほんのり甘い香りがする。
 そしてその姿、端から見るとなかなかに教育に悪い恰好だった。
「で、話の内容はな」
「無視かよ」
 慣れた、とラグナスは話を続ける。
 生贄の気分でシェゾが溜息を吐いた。

 男はこの街から馬車で約二十数日程の距離にある王国、ブレフティビラからやって来た者だと言う。
 自分の主が収める、歴史ある王都に、異常事態が起きている。
 先だって、王都内で発生したある暴動がある。
 だが、それは単なる暴動ではなく、革命だった。
 王制に反発する社会派思想を掲げた者達が極秘裏に革命運動を画策。
 学者、政治に不満を持つ一部政治家、そして多くの民衆は結束を固め、日増しにその勢力を強めていった。
 それだけなら、歴史的に見れば珍しくもない事。
 革命自体は正しい間違っているの問題ではなく、革命を起こす者達の利益だから行っているだけである。
 今回は、その基本的部分に少々毛色の違う問題があった。
「我が王国、と言いますか王制は、家臣が自ら言うのもおこがましいとは思いますが、民衆に対して充分に寛容でした。保証、保護を行うが為の税収こそ民衆、貴族を問わず払える者からは厳しく取り立てていますが、それは払える者に対して。そして、税を払えない者に対しての還元、私設や制度の充実に充てておりました。事実、わが王国は他の国と比べてスラムの比率の低さ、識字率の高さは水準を大幅に超えております。この様な政治形態に落ち着いたのは現国王陛下の二代前ゼグラチン四世の尽力と、その思想を受け継いで今に至る現国王トルガム陛下の同じく理想を追い求める尽力に因る賜物です」
 その話は事実であり、ブレフティビアの生活水準は事実、豊かであった。
 何故そこに政治革命が起きるのか。
 男は国の乗っ取りを企む集団が居る、と話した。
 その者達が、民を影で操り、先導し、革命へと煽っているのだと付け加えた。

「そこで俺達に依頼が来た」
「革命を起こそうとしている連中を潰せ、ってか」
「そうだ。他の国々への対面もある。出来る限り大ごとにせずに事を納めたい。そう言う訳で、俺とお前だそうだ」
「で、その内容は…っていい加減に離れろ!」
 シェゾは首の下でもぞもぞとじゃれていたブラックを引き剥がしてソファーに転がす。
「あん」
 甘い声で鳴いて、仰向けに転がるブラック。
「で、その内容と…」
「うりゃ」
 言おうとしたシェゾの首に、ブラックの両足が絡みついた。スカートなのに。
 ブラックはそのままカニばさみ状態の両足を思いっきり引き、シェゾはごろりと折り重なる様に倒れた。
「……」
「つっかまーえたぁ」
 けらけらと笑いながら頬をすり寄せるブラック。
「…シェゾ、とにかくそいつ家に帰せ。色々まずい。だだこねるなら、寝かしつけて来てから戻ってもいいからさ」
 頭痛を訴えるラグナスが言う。
「ああ…」
「それと、一応お前も確認してこい」
「ああ」
「やん」
 ブラックはいきなり米袋みたいにシェゾに担がれ、そのまま部屋を後にする。
 ほんの僅か、魔導発動の波がさざめく。
 流石に米袋を背負って街を歩くのは憚られるだろう、と転移魔法を使ったらしい。
 マナの消費が激しい燃費の悪い魔法だが、面倒くさいよりまし、と思ったのだろう。
「さて」
 ラグナスは暇つぶしを兼ね、やや遅い昼餉を取りに外へ出て行った。

「話の『腰を折る』ってのは、正にこの事なんだろうな…」
「え? 何が?」
 少しの後。
 ラグナスは食事を取る為に入った店でアルルと鉢合わせた。
 お茶をしていたアルルは、それじゃ一緒にご飯食べよう、とラグナスを同席に誘う。
 彼女の顔を見て、そこでまず呟いた一言がこれだった。
「どしたの? 何か疲れている?」
「いや…」
 言えるか。
 ラグナスは銀髪の阿呆への批判と自己嫌悪の入り交じった苦笑いを繰り返した。
「あ、そうそう。これ見てみて」
 アルルはトートバッグの中から紙片を取り出す。
「号外?」
「うん、さっきのほほが配っていたよ」
 ラグナスは号外を受け取り、軽く目を走らせた。
「…何?」
 書いてある文章を見たラグナスは眉をひそめる。
 それは、つい先程、泥酔メイドの口から聞いた名前の国についての事だった。
「ねー、珍しいよね? こんな遠い国のニュースが来るなんて」
「ふむ」
 その記事には、ブレフティビラで最近頻発している市民と衛兵との衝突に関する内容が書かれていた。
 その内容、男が言っていた事とおおよそ合致する。
「確かに、王都は大変な事になっているようだな」
「確かに?」
「こっちの話だ」
 ラグナスは別段はぐらかすでもなく言う。
「ふぅん」
 アルルも深くは問い詰めない。
 彼やシェゾが物を言わない時、それは大抵言えない時だと知っているのだ。
 そう言う時は話題を変えるに限る事も心得ている。
「ねぇ、ラグナス」
「ん?」
 気を利かせたみたいに話題を変えたアルルにラグナスは胸をなで下ろすが。
「シェゾ知らない?」
 次の話題でラグナスは紅茶を吹きそうになった。



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