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魔導物語 闇に生きると言う事 第十八話



  サタンの城 午後6時42分
 
 飯。
 サタンの城に戻ったシェゾが、彼の部屋で最初に言ったのはそれだった。
 物。
 替わりにサタンは最初にそういう。
「…シャーレは?」
 この場合、シャーレとは力を移し変える為の魔導力付与物質を指す。
「これだ」
 プラチナの針金でぐるぐる巻きにされた水晶が投げ渡される。
 針金には、水晶に封じた力を拡散させないのと、性質を変化させない為の魔法付与がなされている。
 楕円形で、京茄子程度の大きさの水晶。
 シェゾは京茄子を握り締めると、少しだけ力を込める。かすかな紫色に茄子が輝いた。
「ほれ」
「余計な力は混ざっていまいな?」
 茄子を受け取ったサタンは言う。
「こんな気色悪い力、頼まれたって間違えないさ」
 シェゾはそれだけ言うと、さっさと部屋を出てゆく。無論、行く先は食堂だ。
「後はラボがやる。まあ、存分に食え」
 サタンはちょっとだけ優しい言葉でシェゾを見送った。
 部屋に戻り。
「さて、あほが飯を食っている間にちょいと調べてみるか…」
「あほで悪かったな」
「うお!」
 サタンがおののくのを見てから、シェゾは本当に食堂に向かった。
「……」
 サタンはあほの行動を哀れむべきか、どきどきしてしまった自分を悲しむべきかと、ちょっと迷った。
 
 シェゾが食事を済ませた後にサタンが彼を呼び出した。大体分かったと言う。
「で、この異変の原因は?」
「ああ…」
 サタンはわずかに悩み、そして言う。
「悪いが、ちょっと危険を冒してもらう」
 例が無く真剣な顔でものを言うサタン。
「その心は?」
「他の実力者の領地へ、行く事になる」
「……」
 シェゾも、これまた例が無く真剣な顔でその言葉を聞いた。
 
 魔界は、サタン一人の物ではない。
 簡単に言えば、いわゆる『魔界』は四つの表面的な領土と、十三層にも及ぶ未知と言っていい空間の連なりから構成されている。
 サタンは、その表面で四つに分かれた領土の、ある一角の主であると言うに過ぎない。
 残り三つを、他の実力者である『ベール』『アスタロト』『ベールゼブブ』と言った錚々たる魔人が治めている。
 そして、それら四人の様々な代行者が、人間界でも一部知識人にのみだが、知られている『魔王アガリアレプト』。実力こそ彼らに及ばずとは言え十二分に人外だが、魔界での役割は言ってしまえば、他の実力者のお使いなのである。
 他の世界との橋渡しとでも言うべきだろうか。
 シェゾは過去、彼に対面した事があった。
 実力拮抗にして、誰もがお互いに我こそ最強と謳う、事実最強の四人の魔人達。
 だが、両雄並び立たずと言う言葉が示す通りに、四大勢力は虎視眈々と互いの隙を狙う以外は、ここ数千年にわたり冷戦状態を続けている。
 そして、『闇魔導』。
 これもまた、魔界にとっては実に微妙な位置付けだ。
 極端な話、人と魔人の違いは外見でもなければ考え方でも無い。
 出来る事があるかないか、それだけだ。
 故に人間界においても魔導を扱える人々は賞賛され、畏怖される。前者のいい例が神殿の神主、大魔導師であり、後者の最たる例が闇魔導である。
 そして、分からないものは恐いと言う基本的な恐怖概念の構造により、闇魔導は魔と同類に属され、忌み嫌われ続けている。
 闇魔導はそれ故、いつしか魔と奇妙な連帯感を生んでいたのだろうか。
 魔だけではない。聖魔導すらも、闇魔導と無縁ではない。本人同士が否定しようとなんだろうと、それは何処かで、しかし確かに繋がっている。
 魔、聖、そして闇。それらはどれ一つとして例外なく、異なる存在にして何処かで繋がっているものなのだ。言ってみれば、それらは変則的でこそあるが、三竦みの関係に似ているのかも知れない。
 
「…他の奴ら、ね」
「何だ? お前にしては恐れるのか?」
 サタンは意外、と言う顔で聞く。
 シェゾはそんなサタンを軽く睨む。
「あのな、度胸と無鉄砲を一緒にするな。第一…」
「そこらの草なら気にも止めないが、岩となれば邪魔にも思うな」
「分かってるじゃねえか。俺を草や小石と思われちゃ困るぜ」
「私とて、お前が一介の魔導士ならこんな風に付き合ったりなどせんわ。あまつさえ、お前に頼みごとをするなど魔界の一主がしてたまるか」
「たかが岩にね…」
「岩の大きさが問題なのだ。でだ、お前、地下の宝物庫に行って来い」
「何で?」
「鎧の類は性に合わんだろうから、好きなマジックアイテムでも漁って来い。それくらい無いとマジで命を落とすぞ」
「…お前、俺をどこに連れて行く気だ?」
「今言うと逃げ出すから言わん」
「…その一言で十分逃げ出したいぜ」
 シェゾは、そう言いつつも側のメイドに案内させて、ずんずんと地下に歩いていった。
 なら、顔だけでももうちょっと臆しろ。
 サタンはそう思った。
 シェゾの姿が廊下の向こうに消えてから。
「…そう、氷山の様なものだ」
 サタンは呟く。
 その岩は、表に出ている部分はちょっと大きいだけだが、地面の下にとんでもない大きさで埋まっているかも知れん。だから、お前と言う存在を気にとめずにはおれんのだ…。
 私も、他の奴らもな…。
 サタンは思う時がある。
 運命や時の定めなどと言う、事後報告の戯言を信じる気は毛頭無いが、シェゾが闇の魔導士として生まれた事は決して偶然ではなかったのだろう、と。
 例え奴の潜在能力がそれに相応しく無くして生まれてたとしても、それでもきっと奴が闇魔導士として覚醒する事実は変わらなかったのだろう、と。
 
 部屋で本を読んでいるサタン。そこへ、程なくしてシェゾが地下から戻ってきた。
「シェゾ、いいものはあったか?」
「ああ。まあまあだった」
「? 何も持って…それに、『だった』?」
 かすかにだが、気力を増大させているシェゾ。
「ブツは必要ない。身だけ貰った」
「…今、なんつった? シェゾ?」
 特に話す気も無さそうなシェゾに代わり、彼についていったメイドが少々おろおろしながら、サタンに耳打ちする。
「…あっそ…」
 能力やその質の高さ、貴重さでは指折りのものばかりの宝物庫となっているサタンのコレクション。
 その珠玉のマジックアイテム達が、良い物から数えて三分の二程、ただの貴金属になってしまったと言う事実をサタンは聞いた。
 
 
 

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