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魔導物語 闇に生きると言う事 第十六話


  森  午後2時20分
 
「っと!」
 シェゾは再び元の世界に降り立った。
「…ここは、森か」
 いつもと同じ風景、いつもと同じ風だ。
「……」
 いや、何かが違う。
−その通り。
「!」
 頭の中に響く声。そして、忘れ様が無い声。
「ルーン・ロード…」
 視界には、当然存在しない。
 だが、居る。
 奴は今、精神のみの存在。未練たらしい死に損ないとでも言ったらいいか。
 まあ、奴に言わせれば、もっとも純粋な『人』の姿、だそうだが。
−久しぶりですねぇ。元気ですか?
「…おかげさまでな、退屈の無い生活を送っているよ」
 シェゾは皮肉とも本音とも取れる挨拶を送る。
「お前が俺の前に現れる時なんて、もう俺がくたばる時だけかと思っていたが」
 シェゾは皮肉な笑みで毒づく。
−それだけでは寂しいですよ。闇魔導は一子相伝。この世に二つと無い力。私とて我が子を可愛がるくらいの度量は持っていますから。
「ぬかせ。第一、まがい物は結構あるぜ」
 シェゾは過去を思い起こし、うんざりして胸の空気を吐き出した。
 脳裏に浮かぶのは、思い出すも憚るような粗悪な闇魔導士ども。
 神聖、と言う言葉が正しいかはさて置き、この偉大なる力を、粗悪なまがい物と言えども単純でちゃちな悪事の片棒担ぎ代わりに利用されるなど、闇魔導士として許せるものではない。
−まぁ気にしない気にしない。本物はあなただけです。誰にも真似する事は出来はしません。誰にも、ね。
「へいへい。で?」
 シェゾはおしゃべりを止めた。
−闇の剣が寂しがっています。行ってあげましょうよ。
「…何か変な事、話してないだろうな?」
−まったくの世間話ならたっぷりしました。
 ルーンロードの気配は消えた。
「……」
 奴と、闇の剣の奴ってのは何かあやしいんだよな。別に何を企んでとかじゃないが、何かが、こう、なー…。
 これを焼きもちだと言ったら、彼は全力で否定するだろう。
 シェゾはもう一度溜息をつくと、森の奥へと足を踏み入れた。
 さっきから肌がぴりぴりする。
 マナの変化。それは如実に現れている。無論、それを感じる事が出来る力あっての話ではあるが。
 シェゾは、闇魔導士が相手でも、マナは分け隔てなく影響していたのだな、と当然といえば当然である事実だが、少しだけ嬉しく思っていた。
 そして瞬間、ゆるくなっている自分のそんな感情を、頭の中から根こそぎ捨て去った。
 同時に、異質な気配が迫る。
 青々と茂る葉が、カサカサと鳴る。
 そよ風とは違う風が吹いているのに、どこが風上か分からない。
 耳鳴りがした。
「……」
 シェゾは、目を閉じる。
 視界は闇に閉ざされ、代わりに頭の中に光の点が浮かび上がる。
「!」
 シェゾは跳んだ。地面の落ち葉が風で浮き上がり、上を見るともうシェゾは二十メートルも飛び上がっていた。
 そして、シェゾが新たに地面に足をつける頃になってやっと、先程までシェゾが居た地面に雷が落ちた。
 空気との摩擦が、鼓膜を裂く様な音を一瞬遅らせてそこに招いた。
「……」
 シェゾは一気に不機嫌になる。
 攻撃に対して自体ではない。
 そのちゃちな攻撃に、だ。
 不機嫌なシェゾを相手にすると言うのは、機雷でドリブルをする様なものだ。
 扱うより、逃げた方がいい。
 だが、シェゾに向けて第二波、三波がやって来た。
「……」
 もうシェゾは避けない。
 片手を出し、まるで蝿を掃うかの如く手を振る。それだけで、襲い来る雷は反るどころか掻き消えてしまった。
 少しでも頭があるのなら、今の対処で相手がどういう存在か充分に理解できるだろう。だが、それは更に攻撃を仕掛けてきた。愚かにも。
「……」
 シェゾは、溜息一つとともに、落雷に向かって飛び跳ねる。
 火元は遥か頭上だった。
 舞い上がるようにしてシェゾは目標に近づく。
「…?」
 途中、シェゾは違和感を憶えた。
 相手の様子が、いや、シルエットが不自然だ。
 ちゃちとは言え魔導を扱う、つまりはある程度上級の魔物だ。
 だが、そのシルエットは見た事が無い。
 そう思っているうちに、みるみるそれは近づく。
 そして、正体が分かり始めた。
「!?」
 俺は飛びのいた。
 恐怖じゃない。奇妙だからだ。
「なんだありゃ?」
 それは、ぷよだった。だが、ただのぷよじゃない。様々なぷよがくっつきあい、巨大なアメーバの様になっていた。
 まるで、意志を持つ樹液みたいにして木に纏わりつくそれは、沢山の目でこっちを見ると再び気の凝縮を始める。
「!」
 一秒と掛からず、再びサンダーがシェゾを襲う。
「…まさか!」
 シェゾは驚いた。サンダー自体はちゃちなものだが、あのぷよがサンダーとは。しかも、あの異様な変体は何事か。
「……」
 シェゾは、ちょっとだけ考えた。
「まあ、いい」
 十メートルは離れた木の枝の上。シェゾは右手をぷよの集合体に向けた。
 ぷよの集合体は、百は下らないであろう目でシェゾを見ている。かわいいんだか不気味なんだか分からない。
 じわり、と高温を帯びる手。
「待て」
「……」
 シェゾは手を下げる。
「殺るのはいいが、サンプルくらい取れ」
 その声は頭上。そして、程なくして高さが等しくなった。
 シェゾの立つ木の枝の反対側、今までそこに居たみたいに当然の如くサタンが立つ。
「…どうせあんなのがまだまだ居るんだろ?」
「なら、最初に採った方がいいだろうが。後になると、ますます事態が進んで解析が困難になるやも知れん」
「まあ、そうだな」
 シェゾは改めて右手を上げた。
 ほんの少し念を込める。
 集合体とシェゾの間に一瞬、放電の様な閃光が走った。
 すると、たった今までガムみたいに木にへばりついていたぷよの奇形集合体が、ゼリーみたいに震えて、ずるりと滑り落ちた。
 ほんの少しの間を置いて、彼方下方の地面に、濡れた重々しい落下音が響く。
「よし。今奪った力は後で私の城に戻ったらよこせ。こちらのラボで見るとしよう」
「…あんまり気分よくねえな。この力」
 この事件の発端は闇魔導にある筈なのに、いま奪った力の感触の悪さにシェゾは吐き気すら覚えそうだった。
「まあ、そうだろうな。シェゾ、闇の剣を見つけたら戻って来い。解析の用意をしておくからな」
「ああ」
 シェゾが瞬きする。サタンはもうこの次元から消えていた。
 普段からは考えられない機敏かつ聡明な行動だ。
「……」
 シェゾは今頃、けっこう大変な事態が起きているのだと言う実感を湧かせていた。
 
 

 

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