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魔導物語 闇に生きると言う事 第十五話



  サタンの城  午前10時13分
 
「まずはしゃきっとしろ。お前、最近たるんでるぞ?」
「なんだよ不躾に…」
 サタンの城。シェゾはベッドみたいな大きさの皮のソファーにうつ伏せに突っ伏し、顔も上げずに言う。
「お前が不躾じゃ!」
 コーヒーを飲みつつ、サタンが怒鳴る。
「…寝てないんだよ」
 対照的に精気の無い声。
「知るか。それよりも大事な話がある」
 サタンはやれやれ、と言う顔でシェゾを見る。
「何なんだよ? 一体…」
 シェゾはやっと起き上がった。
 それを待ち構えていたメイドが、熱いコーヒーを運んでくる。
 メイドも無論魔族だが、少々耳がとんがっている以外は人と変わらない。
 そう言えば、キキやブラックもああ見えて一応魔族か、とシェゾはどうでもいい事を思い出した。
 メイドは、シェゾの瞳と目が合うとかすかに頬を赤らめて下がった。
 …朴念仁のくせに…。
 サタンは罪深い女殺しを目で非難する。
 最高級のブルーマウンテンは上品な味と芳醇な香りでシェゾの眠気をゆっくりと払う。
「美味い…」
 シェゾは深呼吸してその香りを楽しむ。
「でだ、お前、ちょっと私と一緒に来い」
「ん?」
「お前の力、少々貸してもらう」
 シェゾは一つ大あくびして、サタンを見た。
 その目は至って真面目だ。
 いつもの、箸にも棒にも掛からない恐ろしく下らない提案をする時の、腐った魚みたいな生き生きとした目じゃない。
「…殴るぞお前」
「何で分かるんだ?」
「だーから! 真面目に聞け!」
 サタンは心底やりにくそうに言う。シェゾを相手にするといつもこうだ。
「あー、つまりだ、我々魔力を持つ物に関する重大な…」
「最近の、マナの異質な変化に関してか?」
「……。お前、分かっとんのかい!」
 サタンはやりきれない、と再び怒鳴る。
「五月蝿いな。耳障りだ。第一、魔導士がそれに気付かなくてどうするよ。…って事は、魔界もそうなのか?」
「…お前、これで素直ならあっちでも相当な、いや、このまま腕を磨き続ければ、実質的な一番と言ってもいいんだがな…」
「奴を忘れていないか?」
「アルルの潜在能力は、あくまでも言葉通りの内に潜む能力、可能性と言うに過ぎん。センスなり修行なりの追従がなければただの持ち腐れだ。澄んだ泉の水とて、流れなければやがては腐る」
「結構言うな…」
 シェゾはコーヒーを飲みながら、意外そうにサタンを見る。
「それはどうでもいい。で、分かっているなら話は早い。その原因は、どうも魔界にあるらしいのだ」
「…自分の庭の不始末は自分で処理しろ」
「それも最もだが、更に闇魔導が関わっていると言ったら?」
「…何?」
 シェゾはやっとはっきり目を開けた。
 
 その日の昼。
 サタンは昼食の席で、シェゾに事の経緯を話す。
「知っていたなら、特に言う間でも無いと思うのだが、お前、どういう風に異変を感じていた?」
「ああ、まふ、みふどがおはひいんだ」
「食ってから喋れ」
「いあ、うまひな、このキッシュは…んぐ!」
 シェゾは喉を詰まらせた。
「…誰か水もってこーい!」
 サタンは、半ばやけくそに叫ぶ。
「…ふう、でだ、とにかく密度がおかしいんだ」
 シェゾはやっと普通に喋る。
「ほう、密度か」
 サタンは、その返答に満足そうに頷く。
「って言っても単純に薄いとか濃いとかじゃない。とにかく、感触に違和感を感じる」
「まるで、物質が変異しているみたいに。何か他のものに変わっているみたいに、か?」
「ああ、そういう感じだ」
 シェゾはコーヒーを飲んだ。
「ふむ、やはりこっちの感覚と同じなのだろうな。お前が言うからには、それで間違い無いだろう」
 サタンは確認して頷く。
「…そう言えば、こっちも、だったんだよな。お前の城じゃ結界が強すぎて分からんが、外はそんな感じなのか?」
「ああ。しかも、広がりつつある。マナ自体を栄養とする魔物などは、既に体調に異変を来たしている奴も出始めている。…シェゾ、今回の異変、これは厄介かも知れんぞ」
「しかも、俺の力がらみ、か」
「そうだ」
「ん?」
「お前、闇の剣はどうした? 今のお前からは、あれの波動を感じないぞ」
「サタン、そんな事もわかるのか?」
「伊達に実力者やっとらん。で?」
 シェゾは天井を見上げる。
「…どっかにいった」
「は?」
「だから、どっかに落としてきたってところか」
「……」
「本当だぜ」
「ならさっさと探してこいっ!」
 サタンは感情に任せて思いっきり怒鳴ると、シェゾを魔界の空間から追い出した。
 たった今までシェゾが手に持っていたコーヒーカップが、主を無くしてテーブルに落ち、そのまま割れた。
「…まったく、これだけ世に対して影響のある力の持ち主だというのに、本人の自覚が無さ過ぎるわ。そもそも話が始まらん…」
 サタンは席にどっかりと座ると、大きく溜息をつく。
「まったくまだまだ青い…。最も、あんまり早く熟されてもつまらんがな…」
 そんな城から見える窓の外の空。それは、一見平和な世界に見えていた。
 
 

 

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