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魔導物語 闇に生きると言う事 第十四話



  街道  午前2時59分
 
 夜風が心地よかった。
 まだ体が少し重いが、彼女達のおかげでだいぶ良くなった。
 感謝の言葉一つ言わずに出てきたのがどうにも気がかりだったが、それよりも彼の心を動かしたのはこの気配。どこからか、自分を呼んでいる。
 強い意志が、強い力が。
 闇夜の月明かりに照らされた男は、見えない糸に引かれて行くようにして歩いていた。
 
 その日の午前。
 アルルとブラックは、シェゾの家に来ていた。
 とりあえず、何はともあれ昨夜のシェゾに対しては文句の一つも言わなくては気が済まなかった。
 多分、戻っている筈という希望を頼りに二人はやって来た。
「シェゾ!」
 アルルが戸口で彼の名を呼ぶ。
 帰って来た返事は静寂。
「…シェゾー! 居るー?」
 ブラックが続けて呼ぶ。
 と、声がした。
「…ん?」
 だがそれは人の声ではなかった。
「ぱおー」
 その声はてのりぞう。
 小さな体の短い足で一生懸命走ってきた。
「なあ、てのりって事は…」
 ブラックがアルルを見る。
「帰ってないの?」
「ぱおーん!」
 てのりが二人の傍までやってきて、しゅた! と手を上げる。一応歓迎してくれているようだ。
「ねえ、てのりぞう? シェゾって、帰ってないの?」
 アルルはしゃがんで、てのりぞうに聞く。
「…ぱお」
 その沈んだ声はその意味を考えるまでも無い。
「何だかね、あいつは。自分の家にも帰らないで…」
 ブラックが頭を掻いて溜息をつく。
 初めてシェゾと出会った頃よりは彼の事をよく分かっているつもりなのだが、未だに理解及ばない部分が多い。それは彼女には何とももどかしかった。
 無論、それは彼女以上に付き合いが長いアルルも同じなのだが。
 
 同時刻、シェゾ。
 彼は今、街道から外れた林の中で浅い眠りについていた。
 少し前には、人がいることで安心して眠っていたにもかかわらず、今は独りで居ることが彼の心を落ち着かせていた。
 自分でも気分屋だと思う。そんな風に一人で苦笑した後の眠り。
 今だけは昨夜の気配を忘れ、ただ眠りたかった。
 気配を追うのに疲れきっていた。不思議な事に、近づいている筈なのに近づけば近づく程気配は薄れていった。そんな気配を、シェゾは一晩中必死に追いかけていた。
 そして、明け方になりとうとう見失ってしまった。
 この一晩の徒労は一体何だったのか? そんな気疲れが彼を睡魔に負けさせたのだ。
 今は眠れ。
 これから何があるか分からないのだから。
 しかし。
「起きろ。こら」
 彼にはとことん苦労症の気があるようだ。
「…何の用だ? 俺は眠いんだ」
「私がわざわざ出てきたのだ。さっさと起きろ」
 シェゾの目には、太陽の逆光に映る一つの影。その巨大な水牛の角はサタン。
「誰が水牛だ!」
「よく分かったな」
 シェゾが眠い目をこすりながら起き上がる。
「お前の考えそうな事だ」
 シェゾが思いっきり伸びた。
「くあ…。で? 何でお前が出てくるんだ? お忙しい魔界の実力者様が」
 



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