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魔導物語 闇に生きると言う事 第十三話


 
  ウイッチ自宅  午前2時8分
 
 養生が一番。
 とは言ったものの、彼はどうも寝付けなかった。
 ベッドにこそ横になっているが、その瞳は窓の外の夜空を映し出している。
 猫の爪の月がうっすらとシェゾを照らし出し、周りで煌く星と共に彼を闇から浮き立たせていた。
 彼は按じている。我が分身とも言える存在を。闇の剣を。
 …小さな寝息が聞こえる。それは、彼を少しでも落ち着かせ、安息へと誘っていた。
 しかし。
 
「もうちょっとそっちいってくんない?」
 その声はブラック。アルルの頭の後ろから聞こえてくる。
「仕方ないでしょ、ベッドが足りないんだから…」
 別室。アルルとブラックはやや小さめのベッドに並んで横になっていた。
 元々、客人を二人も三人も呼ぶ事を考えて造られている家ではないので、ゲストのベッドはシェゾで埋まっている。アルル達はウイッチのベッドで眠っているのだった。
「ウイッチのベッドだから小さいんだよね。明日、ハンモックでも買ってくるかな?」
「…そんなので寝るの? 腰痛くなっちゃうよ? ってゆーか、泊り込まなくてもいいじゃない」
「そりゃあんたもだね」
「……」
 こうもすかさず切り返されては反論の余地は無い。
 窓の外から、虫の音が聞こえる。透き通った夜の風にその音は静かに響いていた。
「ねえ?」
「なーに?」
 少しうとうとしかけたアルルが億劫そうに言う。
「忘れてたけど、ウイッチは? これ、ウイッチのベッドでしょ」
「えー? …他のところでしょ?」
「どこ?」
「…どこって…」
「ねぇ?」
 答を促すような声のブラック。
「…!」
 アルルの寝ぼけ眼が鋭く眼光を放った。
 
 真夜中の廊下。二人は忍も真っ青な静けさで目的地へと進む。
「…アルル?」
 ブラックの促しに、アルルが頷いて応える。
 そっと、シェゾの部屋のドアが開かれた。
「……」
 二人は、部屋の中に視線を移す。
 部屋は月明かりを受けてベッドを照らし出している。そして、そのベッドには人のふくらみがある。
「男にしては丸い気がするねぇ…」
 ブラックが的確に現状を把握する。
 ボク達は部屋に入った。かすかな石鹸っぽい匂い。男の人からこんな香りはしない。
 これは抜け駆けだね。とにかく、抜け駆け。シェゾがどうこうとか、ボクが何とか、そういう小難しい理屈はさておいて、とにかく抜け駆け。
 ぶっちゃ可哀想だけど、ほっぺ抓られるくらいは覚悟してね。
 ふと、ベッドがもそりと動く。
「!」
 ボク達はちょっとびっくり。
「…アルルさん?」
 ウイッチは、自分から起き出す。眠っていなかった。
 アルルはウイッチを睨みつけようとしたが、ウイッチの瞳を見て、潮が引いたように感情が消えていった。
 ウイッチは、泣いていた。
「…な、何? どうしたの…?」
 一体何事かと、ボク達は思わず駆け寄る。夜中にベッドで泣いている。ボクは、思わず瞬間的に『様々』な予想が頭を過ぎってしまった。
 が、ブラックが冷静に状況を判断する。
「…ウイッチ、シェゾは?」
「へ!?」
 ボクは上半身を起こしたウイッチの向こう側を見る。
 ベッドに居るのは、彼女一人だった。
 
「はい」
 ブラックがウイッチに紅茶を渡す。
「…すいません…」
 ボクはウイッチのベッドに腰掛けて、まだぐずっているウイッチの背中を撫でながら、話を聞く事にした。
「で、どうしたの?」
 ブラックが傍の椅子に掛けて、珍しく優しく問い掛ける。
「…シェゾが…シェゾが…」
「シェゾが、何?」
 ボクはうなだれたままのウイッチの瞳を見詰める。
「行ってしまいましたの…」
「行った?」
 ウイッチは、カップをこぼしそうになってまたふるふると泣き始めた。
「落ち着いて、さあ?」
 ブラックが促す。
「…わたくし、今日はシェゾのところで眠ろうと思いましたの。だって、ベッドがもうないんですもの」
 意外にあっさりと白状するウイッチ。こういう時の彼女は、むしろ全然子供の感覚で行動するらしく、それ自体にどうこうと言う考えは持っていなかったらしい。
 それは、彼を様々な意味で信用している表れであろうか。
「シェゾもベッドを開けてくださいましたわ。そんなに端に寄らなくてもと、寒いですわよと、言ったのですが…」
 そんな事言わなくていいの。
「で、それから暫くして、わたくし眠っていました。でも、何か感じましたの。それで、目が覚めて横を見ると、シェゾは目を瞑っていて、眠られていたかと思いました。でも…」
「でも? 何さ?」
 ブラックが聞く。
「突然、シェゾが目を開けてわたくしの方を見ましたの」
「…ふんふん」
「そして、言いましたわ…。『済まない、ここまでだ』と」
「シェゾが?」
「ええ、そして、わたくしが何の事か分からずにいますと、『俺は行く。皆に、後でよろしく言っておいてくれ』と」
「…シェゾ、何処へ?」
「わたくしも慌てて聞きましたわ。でも…」
 
「まだ、分からない。だが、呼んでいるんだ」
 シェゾが、窓の外を見て言う。
「呼んで…? 誰がですの?」
 二人ともベッドから身を起こして話している。ウイッチがただならぬ彼の言動に慌てて問い掛ける。
「さあな…? 闇の剣かもしれない。それとも、他の何かが…」
 シェゾの顔はどこかピリピリしていた。ここ最近は自分に対してあれだけやさしい顔を向けてくれていたのに、今の彼の顔は言ってみれば何かと対峙しているときのような厳しい顔だった。
「で…でも…静養してくれるって…」
 ウイッチは消え入りそうな声で訴える。
 思わず彼の袖を握り、離さないでとばかりに引き寄せようとする。
「わたくしと…約束してくださいましたのに…」
「済まない」
 彼はウイッチの手を優しく取り、その手をそっとウイッチに戻す。
「シェ…」
 ウイッチの目が潤む。彼の手の暖かさが痛かった。
「…行かせてくれ」
 シェゾはウイッチの肩に手をおき、そのままベッドに横になるようにゆっくりと押す。
 ウイッチは、何故か逆らう気になれなかった。そのままベッドに横になり、とどめとばかりにシーツがかぶせられる。顔まで掛けると、シェゾは言った。
「着替える。そのままで居てくれ」
 
「そして、わたくし、そのまま動けませんでした…」
「シェゾ、行っちゃったの?」
「もう、シェゾは…」
 ウイッチは子供みたいに泣く。
 ボクはウイッチの肩を抱いて頭を撫でる。こんなときのウイッチは本当に子供。さっきまでの言い争いをしていた彼女が嘘みたい。
「…どこ行っちゃんたんだろうね、あのトウヘンボクは…」
 ブラックがたまらず悪態をついた。
「……」
 アルルも、こんな風にウイッチを泣かせたシェゾには少々腹を立てていた。
 
 

 

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