魔導物語 闇に生きると言う事 第十二話 ウイッチ自宅 午後10時41分 「も、もう少しで…」 「ボ、ボクのファースト…」 二人は、テーブルにつきながら九死に一生を得た事を感謝していた。 「何やってんだか…」 「あ、あなたに言われたくありませんわ!」 「そうだよ! 元はと言えばシェゾが勝手に家を抜け出すからじゃないか!」 「そのだいぶ後だと思うが」 「あ、後だけど…」 「ですけど…」 二人はさっきの光景を思い出したのか何も言えなくなる。 「あ、あの、わたし達をベッドに運んだのはシェゾですわよね?」 「ああ」 「…いえ、別にいいんですけど…」 「さっきの悲鳴と関係有るのか? 何があった?」 「もうそれはいいの!」 「はいはい」 三人に妙な空気が流れる。 「あ、そうですわ。シェゾ、寝てなくてよろしいんですの? 元はと言えばあなたが外で倒れたからこうなったんですわよ?」 「ああ、そうだな。正直、まだ本調子じゃないようだが、用もある。少しは無理してでも動かないとな」 「用って?」 「俺の剣がどっかにいった。探さなきゃならん」 「あー、闇の剣ですわね」 「そう言えば持ってないよね」 こういう時は二人仲良く呼吸が合う。 「ウイッチ。俺を見つけたとき、剣は無かったのか?」 「あなたの近くにあったのは道具袋だけでしたわ」 「…やっぱどっか変なところに飛ばしちまったのか…?」 「なに? シェゾが自分でやったの?」 「…いや、ちょっとな」 シェゾはバツがわるそうに頭を掻く。 「闇の剣って、意識ってあるんだったよね。自分で戻ってこないの?」 「だからこそ、自分で戻ってこないんだよ。奴はそんなに親切じゃない」 「剣のくせに我侭ですわね。自分の主人の下に戻ろうとしないなんて」 「捨てたようなもんだからな。ヘソ曲げたかもしれん…」 「すごい剣だね」 アルルが、感心したような、半ば呆れたような声を出す。 「付き合うのは大変だぜ」 体調はともかく、だんだん、自分の感覚が普段に戻ってきている。そんな気がした。 それは皮肉にも、自分が慣れてはいけない感情に囲まれているおかげでもある。 和やかになる暖かい雰囲気。彼女達が自分に向ける敵意以外の感情。そんな、自分が受けてはいけない筈の感情に囲まれた事が、シェゾの磨り減った精神を癒していた。 シェゾは彼女達と会うといつも惑わされる。 その優しさ、可愛さ、時として触れることのある肌の感触。 そんな甘美な感覚全てがシェゾにとって無意識に心の奥で求めるものでもあり、自分の生き方として不要なものの筈でもあるのに。 人はなんと我侭で不器用なのか、シェゾはこれを人生のテーマとしていた。 「まあ、あの剣があなたにとって大切なものと言うのは知ってますから、気持ちは分かります。ですが、少なくともあと二日、三日は大人しくして頂きます」 「二日もか?」 「どっちかと言うと三日です。半端な回復ではこれから先の行動に支障をきたします。それでは結局、行動が遅れる事になりますわよ。これはあなたのためです」 「…そうだな」 正論に対する反論は愚かなだけだ。 ウイッチの言葉に対して妙に素直なシェゾを何となく睨むアルル。 シェゾはそんな視線にも気付かず、今頃になって闇の剣の行方を案じていた。 一方。精霊の森。 『主は、忘れたのだろうか。それとも、忘れたいと思い込んでいるのだろうか? −何をですか? 『主が闇の魔導士になりたての頃、『来訪者』があった。その時、主はそれまでの人生で最も辛い思いをした。そして多分、今に至るまでそれ以上の目には遭っていない。 −そうですか…。 その声は包むようにおだやか。彼が闇の魔導士となった時にも、そんな思い当たる節があるのだろうか。 『常に思わずともいい。しかし、忘れてはいけない。…だが、主にまた、あんな思いを繰り返して欲しくは無い…。時とは悪戯なものだ。 その声は憎憎しげ。主を憂いているのだろうか。 −闇の剣よ。時には何の力もありはしません。お会いした事は無いが、時の女神とやらでさえ、時には正確には干渉できないのです。人がつむいだ歴史を読み直したり、ちょっと先を予想できるに過ぎません。しかも、その予想がはずれそうなら矯正する程です。 『……。 −時が人を動かすのではありません。人が時を突き動かすのです。例え繰り返そうとも、それは人が選んで、自らがやっているに過ぎません。時の女神に、時を動かす力なんてありはしません。人を惑わせ、人に時を変えさせるのです。人の手柄を自分の口先だけでやったような言い方をしてね。私に言わせれば。アレはただのペテン師ですよ。 『そうだな。ずっと昔にも、そういう話を誰かに聞いた事がある。 −それに、あなたの主人は大丈夫なのでしょう? 二人の会話は、シェゾにその心届けとばかりに風が運ぶ。 人に愛され、人以外のものにも愛される男は一体この世に何人いるだろうか? その風はシェゾに届いたであろうか? ウイッチの家、シェゾは窓の外に広がる夕闇の空を見ていた。 「シェゾ、もう寝たほうがいいですわ。さっき、静養すると言ったばかりですわよ」 「そうだよ。病気は治りかけが大事なんだから」 「…ああ」 二人がお互いに彼の身を案じて、尚且つ優位に立とうと静かに、しかし確実に争う。 当の本人だけがそんな水面下(?)の争いを知らず、部屋へと消えていった。 二人が残され、何とも言えない空気が流れる。 「コホン。さて、アルルさん」 「ん? 何?」 既に潜入に成功したので緊張が解けてるアルル。 「シェゾのため、と言うからまあ、ご協力は有り難くして頂きます」 「う、うん」 「と言う訳でお願いですわ。アルルさん、あなたは精霊の森に行って闇の剣を探してきて下さいな」 「はい!?」 「シェゾを安心させるなら、やはり無くした物を探してあげるのが一番ですわ。その大役を譲って差し上げるのですから、張り切って下さいな」 「は、はあ…」 いえ、嬉しくないです。 とっても。 「まま、待ってよ! ボク、闇の剣を探すなんてそんな事…」 「出来ないと?」 「出来るわけないじゃない! 普通の人は触ることもできないような剣だよ? 第一何処にあるのか見当も…」 「でも、他に主体で出来る事がありまして? 身の回りの世話一般はわたくしが一人で行えますわ。お手伝いだけなら箒にだって出来ますわよ」 「え、えっと…」 何故か隙を見せないウイッチにややアルルは不利だった。 「あ、えー。ほら、いわゆる『和み』ってやつ!」 「は?」 「ほら、病人にはメンタルケアが大切でしょ? ボク、人を楽しませたりするのって得意だから、話し相手とか、そういうこと出来るよ!」 「…つまり、シェゾを元気にしたり、和ませたりと…」 「そ! 今のシェゾが、『疲れて』いるのは確かだよね? そういう時って、案外精神的な癒しが肉体的な癒しに勝つ事もあるんだからさ、ね?」 「……」 そう言われてはその根拠を覆すのは難しい。メンタルケアの類は一概に是正も否定も出来ない。しかもその効果は確かに人に良い影響を促すのだ。 ウイッチも、時として薬以上にそれは良い効果がある事を認めている。 自分もその自信はある。しかし、それでもアルルとシェゾのそんな関係を否定できるほどウイッチは強くなかった。心のどこかで、二人に対する遅れを意識してしまう。 彼女の、そんな自信へ対する弱さが露呈する。 そんな困惑の表情を見抜き、アルルは今度こそ完全勝利を確信する。 「ね。だからウイッチ。ボク、しゃしゃり出たりとかしないから、一緒にシェゾの看病しようよ。ね? ボク達がピリピリしてると、シェゾが逆に疲れちゃうよ」 「…そうですわね」 アルルの言葉は優しく、そしてシェゾに対するケアの点でも正論。ウイッチがやっと本当に折れた。 アルルが勝利に酔う。と、その時。 「おーっす」 不意に、店の方から声がする。無造作にドアが開けられて、そこに現れたのは誰でもないブラックキキーモラその人。 「なんかシェゾが具合悪いって? 手伝いに来たよ」 ブラックは両手に買い物袋を持ち、ずんずんと台所に行ってしまう。 「…ブラックさん…」 「ウイッチ、夜はお店の鍵閉めなくちゃ…」 ついでに結界張って、とは流石に口に出さない。 お互いにとっての最要注意人物を、お互いが失念していた事に気付いた夜だった。 |