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魔導物語 闇に生きると言う事 第十一話



  ウイッチ自宅 午後5時56分
 
「と、いう事は、わたくしがシェゾを見つけた時刻の少し前ですわね」
「話だと、居なくなった時は元気だったらしいんだけど」
「まあ、彼は無理に聞いても素直に話すような方ではありませんわ。そのうち、お話してくださるでしょう」
「そうだね、なにがあったんだろう…」
 アルルは、ウイッチの肩越しにシェゾを覗こうとする。
「さて、もうお帰りください」
 ウイッチの小柄な体が、それでいて十分にアルルの視線を邪魔する。
「え?」
「『え?』じゃありませんわ。これ以上居られると迷惑です。治るものも治りませんわ」
「え、そんなぁ。ボクだって、シェゾのこと気になるし…。あの、やっぱり、一応付き合い長いし…、それなりに心配…」
 ウイッチの眉がぴくりと吊り上る。
「アルルさん。普段、変態呼ばわりしているような方に、あなた御用がありまして? それに、あなたにとっては長く付き合ってと言うよりは、単に魔力目当てで付きまとっているだけの方です。本当は居なくなったほうが良いとか、思っているのではありませんの?」
「ウイッチ…!」
 ウイッチは、まるでボクにケンカでも売っているような口ぶりだった。
「そ、それじゃまるで、ボクがシェゾを…」
 胸が、ものすごく痛かった。
「とにかく、シェゾの看病はわたくしが行います。あなただけならまだしも、カーバンクルにいたっては行動の予測が不可能です。そんなものをシェゾの、病人のそばには置いておけません。万が一、ビームでも撃たれた日には、わたくし、本気であなたを後悔させてあげますわ」
 ウイッチの目が恐いけど、言うなりにはなれない。
「えと、カー君は置いてくれば…」
「あっちが勝手に付いて来ますわ。抑制が効くような生物ですか?」
「で、でも…」
 何故か、引き下がりたくなかった。なにか、今引き下がるともうシェゾに会わせて貰えなくなるんじゃないか。それくらい、ウイッチの剣幕はすごかった。
「あの、ボク、シェゾの事居なくなって欲しいなんて…思って…ないし、それに…」
 だから、何が何でも引き下がるわけにはいかなかった。いや、なぜかはよく分からないんだけど…。
「しつこいですわ…」
 ウイッチは、明らかにいらつき始めていた。アルルには、何故ウイッチがそこまで一人でのシェゾの看病にこだわるのか分からない。人手は多いほうがいいはずなのに。
「えっと、あの、看病って、大変でしょ? だから、ボクもお手伝いを…」
「私一人で充分だと言っています」
「でも…やっぱり…」
「…しつこいと…」
 なんだか、ウイッチの気が高まっているような…。
「あ、あの、病人の前…」
「わ、分かっています!」
「…何やってんだ、お前ら」
「わ!」
「きゃ!」
 ボク達の息が合った初めての行動。
「なんか、妙な気配がすると思ったら、何やろうとしてんだ? いつの間にかアルルは居るし…」
 シェゾこそ、いつの間にかベッドから体を起こしてボク達を見ていた。
「あ、いえ、別にわたくしは…」
 ウイッチは急にしおらしく髪をいじりだして、おろおろと取り繕ってる。なんか、カチンとくる。
「シェゾ、あの、体、大丈夫? 心配したよ…?」
 と、言いつつボクもなんか猫なで声。あれ?
「…俺が、迷惑かけているならすぐに出て行く。だから、二人も余計な争いはしてくれるなよ」
「い、いえ! 争いごとなんて! ねえ、アルルさん?」
「あ、うんうん! そんな大げさなことじゃなくってぇ…」
 いきなりボク達はお友達状態。いや、元からお友達だけどね。
「そうか? なにも、俺に遠慮することなんてない筈だろ? 邪魔ならそう言えば、いらん迷惑をかけるつもりはない」
「じ、邪魔じゃありませんわ!」
「そうそう! 今も、看病の順番決めていただけなの。ね、ウイッチ?」
「え!? …あ、ああ、そう、そうですわ、ね…」
 ウイッチが引きつりながら微笑む。やったね!
「だ、だから、シェゾも安心して寝ちゃって! じゃ、あの、早く良くなってね! ボク達うるさくしないように向こうに行くから!」
「ああ…」
 アルルは、名残惜しいような、納得いかないような表情のウイッチの手を引いてさっさと消えてしまった。
 あはは、これで安心だね。これって、棚からぼた餅って言うんだっけ?
「わたくしに言わせれば、薮蛇もいいところですわ…」
「へ?」
 
「俺の存在は、迷惑か…?」
 そこには、今までになく後ろ向きな考えにとらわれているシェゾが居た。今セリリに会ったら、きっと前に彼女に言った科白は言えないだろう。
 自分自身が、その資格を持っていない。今のシェゾは自分に対する意義を、自信をまるまる見失っていた。
「自分に穴が空くってのは、こういうことか」
 少し前に、自分の力をごっそり奪われたこともある。一度や二度じゃない。しかし、今の自分の感覚は、そんなものではなかった。
「そりゃ、そうか…。『こんなこと』になれば、な…」
 シェゾは横になったまま、自分の両手をじっと見詰めていた。
 
「でさ、ボクは何すればいいのかな?」
「ですから、あれはシェゾを安心させ…」「まーまーまー。ご飯とかならボクも得意だし、買出しだってするよ。薬のことは流石にわかんないけどね…」「あの」「でも、まーそれ以外ならOKだから」「ではなく…」「ささ。ね、どうする?」
 ボクは一気にたたみかけるようにしてウイッチに立ち向かう。優位に立ったら、引いちゃいけないね。
「うー…」
 ウイッチはどうにもならなくなっている。畳み込むとまだまだこの子は弱いね。
 その後は、とりあえず共同戦線?、で分担作業。今日の夕食にはあっさり味のナポリタンを作ってみました。
 さて、その後ウイッチとじゃんけん1回勝負のハズが、なぜか互いに再挑戦し合って最終的に71回今度こそまったなしバトルを最終決行。
 見事36勝35敗で圧勝したボクは、飲み物とちょっと冷えたパスタをもって部屋に…「居ないし!」
 ボクが夕食を運んでいったとき、バカはそこに居なかった。
 
「…いい風だ」
 俺は、丘の上で風に当たっていた。横になっていると、風の冷たさと大地のかすかな温かさを同時に感じる。自然なそれは、とても心地いい。
 頭を切り替えろ。それだけを考えていた。
 
 らしくない。
 
 そう、らしくない。
 
 俺は、一体何に悩んでいる?
 そんな暇があるなら、誰か獲物でも探して魔導力を高め…。いや、それは違うか?
 とにかく、何か知らんがこんなみっともなくへこんでいる場合じゃない筈だ。
「そうだ、剣はどこいった?」
 冷たい風に長くあたったせいか、頭痛がする。まだ、本調子じゃないのか?
 頭を上げると視界がゆがむ。
「いや…もう、大丈夫な筈だ。いつまでも寝ていられるか…」
 俺は、ふらつく足で闇の剣を探しに行こうと立ち上がる。
 頭を押さえつつ、とりあえずは森へ向かって歩こうとした、が。
「こらあ!!」
「なにしてますの!!!」
 脳に突き刺さる黄色い声が俺の足の自由を奪う。
「ぐ!」
 俺はその場に崩れ落ちたようだ。目の前が、暗転する。
 
「…とうに、何考えてますの?」
「知らない! もう、子供なんだから!」
 頭に、聞きなれた声が響いてきた。まぶたに灯りを感じる。俺は…。
「う…」
「!」
「!」
 声の主二人が、同時に『行動』を起こそうとしていた。しかし、このままではお互い優位に立てないのは経験上、火を見るより明らか。
「スリープ!(×2)」
 二人の声の主は、まったく同じ事をまったく同じ時間に考え、まったく同じタイミングでまったく同じ強さの呪文を放った。
「…何だ、こいつら…」
 シェゾが体を起こしたとき、ベッドの側には爆睡したアルルとウイッチがマグロのように転がっていた。
 
 …深くて、でも恐くない、暖かい闇の中。
 視界は無かったけど、伸ばした腕に何か軟らかく、暖かい感触がある。細い髪の感覚。自分の頭の下にも、軟らかい、しっとりとした感触がある。これは、腕…?
(これは…だれ…?)
 その問いに、少女は無意識に想像を固定する。
(このうでは…きっと…)
 心臓が早鐘と化す。恐る恐る、しかししっかりとした意志でもう片方の腕を相手の頭である筈の場所に伸ばす。と、自分の頭の上にも同時に、今頭の下で感じているのと同じような腕の感触が伝わってきた。
 腕と腕が触れ合っているのが分かる。お互いの頭に、腕が絡み合っている。
(このまま、もっとそばに…)
 その思いが通じたのか、闇の向こうの相手も頭を寄せようとしている。
(…いいよね)
 お互いが、同じ力でお互いを引き寄せようとしていた。
 視界の一切無い深遠の闇の中でそっと寄り合う。少女の心臓は壊れそうなくらいにドキドキと鳴っていた。
 瞬間、魅惑的な闇に光の点が生まれ、膨らむようにして明るくなる。
 多分、同時に二人は目を覚ました。
 アルルとウイッチが、ベッドの上でお互いを見詰めていた。
 二人は、鼻先がくっつくまでぴったりと抱き合い、寄り添いあっている。
「…………」
 永い沈黙。機械的に瞬きしつつ、二人とも思考が飛んでいた。
 
「ん?」
 居間のソファーで寝ながら本を読んでいたシェゾが寝室の方を見た。
 殆ど超音波と言っていい黄色い悲鳴が、2つ重なって聞こえた。




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