魔導物語 闇に生きると言う事 第十話 精霊の森の外れ ウイッチ自宅 午後5時7分 「…さて、一体どうしましょうか…」 数分前から彼女は激しくやんごとなき状況に陥っている。 「けっこう重いですわ」 ふう、と溜息。彼女は今ベッドの上に仰向けになり、さらにその上にはシェゾがうつぶせになっている。 要するに、ベッドの上でウイッチの上にシェゾが覆い被さっているのだ。 「ちょっと、そろそろ目を覚ましてくださいません?」 血の気を失ったシェゾの顔からは、期待できる行動は想像できない。 数分前。シーツを取り替えるためにほんの少し立ってもらっていただけだと言うのに、シーツを換えた直後にウイッチは後ろから不意打ちを受ける。かろうじて前を向いたが、そのままシェゾのクリティカルヒットを受けてしまった。 「じ、冗談じゃなく、なんでこんなに衰弱しているんですの?」 いろいろと原因を考察する。そうでもないと、シェゾの体温と鼓動、そして耳たぶに触れている唇に意識を奪われてしまいそうだから。だが、それでも頭の中にはどんどん余計な思考が割り込み始めている。その意識は体温を上げ、鼓動を早める。 「こ、こういうマンガみたいな流れは、好きじゃありませんわ」 ウイッチはシーツをいじって遊んでいた指に命令を出す。 「ふん!」 ウイッチが、下からシェゾをどかそうと両腕に力をこめる。 「んー!」 しかし、力が抜けた人間は重い。 「…シェゾ、勘弁していただけません…? 流石にこのままでは困りますわ」 無言で回答するシェゾ。 「仕方ありませんわ」 すう、と息を吸うと、耳に向けて照準を合わせる。 「シェーゾー!」 久しくあげていない大声。 「…う、うわ!」 かろうじて意識を取り戻し、驚くシェゾ。だが、その動作は緩慢だった。 「あ、ウイッチ!?」 慌てて、しかしゆっくりとウイッチから離れるシェゾ。 「お目覚め?」 「…わざとじゃ、ないんだ」 かなりばつが悪そうな顔で弁解するシェゾ。なんとも今の彼は普通の青年だった。 「いいですわ。さ、今度は一人で横におなりなさい」 「ああ、すまん」 素直に横になるシェゾ。まるで子犬のように素直に従う彼に、ウイッチは少なからず優越感を感じていた。 「それでは、おとなしくお眠りなさいな」 ウイッチは、扉を閉めて消えた。 「なんか、迷惑かけっぱなしだな…」 扉の中で、シェゾ。 「いくらなんでも、女の子にあれは失礼だろう…」 天井を仰ぎ見たまま、シェゾは自分のふがいなさに失望していた。 「こういう迷惑なら、わりといいですわね」 扉の向こうで、ウイッチ。まだ鼓動が早い胸に手を当て、一つ、深呼吸。 「さて…」 ウイッチは、残りの家事を片付けにその場を離れた。 何か、こんなやり取りが続く、そんな日々が来たらどんな感じだろう、そんな想いが、心に浮かび始めていた。 ウイッチが家に入ってから暫くの後。 「さて、わたくしアルル探検隊(1名と1匹)はここ、謎の魔窟へとやってきたわけであります」 ウイッチの家の裏手、アルルは森から迂回して裏に廻っていた。 「ここには一体どのような謎が待ち受けているのか、われわれは今、深い謎への第一歩を踏み出し…」「ませんわ」「わああ!」 後ろからの声に飛び込むように前にこけるアルル。おかげでウイッチはティディベアを拝めた。別に見たくもなかったが。 「何、していますの?」 「あ、ウイッチ…」 もろにばつの悪そうなアルル。 かたやウイッチも、さっきの心地いい余韻を削がれて不機嫌丸出しであった。 「えーと…」 「……」 「あの…」 「はい?」 「おやすみなさ…」 「だめです」 なにげなく元来た道を戻ろうとするアルル。 しかし、言葉と箒が壁となりアルルを止める。 「そんなぁ〜」 ウイッチが、箒をピタリとアルルの眼前につけた。 「さて、なんで人の家を覗くような真似をなさったんですの?」 「…う…。あ、あのね」 アルルの視線は定まらない。 「あの、つまり、好奇心」 「わたくしの家に、ですか?」 「じゃ、なくって…」 「ですわよね。わたくしの家に、何かあるとお思い?」 「う、うん…。なんか、気になってさ。でも、人の家のこと聞き出すのもどうかなって思って…」 「人の家を覗くのでは、無理に聞きだそうとするのと変わりませんわ」 「…はい」 「ま、お入りなさいな」 「いいの?」 「ここで下手につまみ出すと、今度はどんな手で忍び込もうとするかわかりませんもの。よろしいからお入りなさい」 こういった行動をとったくせにその言葉は不本意に感じてしまうが、とりあえず目的は達した事になる。 「お邪魔します…」 店先からカウンターを抜け、アルルはウイッチの後について奥に入った。 「そういえば、ボク、ウイッチの家の中に入ったのは初めてだよね」 「初めての方の訪問が多い今日この頃ですわ」 「え?」 「で、あなたには少し酷かもしれませんが、病人が居ます。大声張り上げたり騒いだり、くれぐれもしませんように」 「ひどいなあ、ボクだって普段はちゃんとおしとや…え、病人?」 「かなり衰弱してますわ。警告に従わない場合、問答無用で叩き出しますわよ」 その声は掛け値無しで本気。 アルルは、この幼い少女からは想像も出来ない凄みを感じた。 「う、うん…」 アルルは、ウイッチの後について部屋に通された。そこで、思わぬ再会を果たす。 「…え!? シェゾぉ!!!!???」 すっとんきょうな黄色い声を出すアルル。 んばっちーん!!! 樹齢(以下略)の箒が、アルルの顔面に腰の入ったスマッシュヒットぶっこいた。 「ふぎゃん!」 その衝撃に、跳ねるようにして廊下に後ずさりしてしまった。廊下の壁に背があたって、やっとよろめきがとまった。 「ひひ…、ひたひ…」 ホントに痛かった。鼻血が出るかと思った。ボク、涙出ちゃってるし。 「…大声出すなって、言いましたわよ」 ウイッチは静かな声で、それでいて本気で怒っていた。さっきの言葉に嘘はない。 シェゾも、自分で言うのもなんだけどあれだけの声を聞かされて目を覚まさない。わずかに眉をしかめるだけ。 そして、ウイッチがボクを睨んでいる。かわいい顔なだけに恐い。その真剣な瞳で、ボクは分かった。 「ご、ごめんなさい…。あ、あの、シェゾ、本当に悪いの?」 鼻を押さえながら、小さい声で恐る恐る質問。 「ごらんの通りです。理由は知りませんが、わたくしが昨日見つけたときは、目を離すと気絶するほど衰弱していましたわ。さっきも、やっとのことでおかゆを食べて眠ったばかりです」 「え…昨日?」 「何か、ご存知?」 質問でありながら、その声は話せと命令していた。 アルルは鼻を押さえながら、手短に昨日のことを話す。 |