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魔導物語 闇に生きると言う事 第八話



  精霊の森の外れ ウイッチ自宅  二日前 午後3時29分
 
 ウイッチは2本の箒を器用に使ってシェゾを乗せ、帰宅した。
「さて、シェゾ。介抱のためとはいえ、わたくしの家に泊まる男はあなたが初めてですわ。感謝なさい」
 部屋にシェゾを運び、ベッドに寝かす。靴とマントだけは何とか脱がせ、後は目覚めを待つことにした。
「…眼、覚めますわよね?」
 ふと、妙な不安がよぎった。その時。
「う…」
「ん?」
「う…、うう…」
「あら」
「く、う…」
「あらあら? もう目覚めますの?」
「…ア…」
 ぴく、とウイッチの眉が動く。
「ア…?」
「ア…」
「ア? なんですの?」
「アレイ…」
「!!!」
「アレイヤー…」
 寝言ではない。シェゾの周りに気が凝縮しはじめていた。
 それは正しく禁呪。闇魔導の恐るべき波動。
「お待ちなさい!!!!」
 ばしん!!
 樹齢300年を越える老木から削りだした魔女の箒が、シェゾの顔にヒットこいた。
「ぐわぁ!」
 ショックがシェゾの悪夢を切り裂く。
「うわ!」
 飛び起きるシェゾ。顔の横筋が痛々しいが、とにかく彼は何かの悪夢から開放された。同時に、力の凝縮も拡散した。
「あ…ウイッチ!?」
 呆けたような声のシェゾ。
「まーったく! いきなり部屋の中でアレイアードなんて物騒極まりない魔法唱えられたらたまりませんわ! 自宅がこんな形で歴史に残るなんてまっぴらですわよ!」
 アレイアードは、世間一般にこそ知られていないが、魔導世界では一級の禁呪。
 それは、過去において闇魔導が出現すれば、それだけで個人で戦争が起こせていたと言う歴史が語っている。今こそまったく別のものだが、過去においては闇魔導は魔族と同じレベルで恐れられていた。
 神話においても、神と悪魔の戦いにおいて彼ら神を恐れさせたのは悪魔と同列で闇魔導だと言うのだから、その事実はともかく忌むべきなのは間違いない。
 禁呪の発動は、それだけで無条件に歴史のページを増やす原因となるのだ。
 幸いにして、ここはその闇魔導を上回る場合が多い魔族、特にサタンが姿を現す地。他の土地から見れば異常極まりない土地柄が、歴史の悲劇を起こさせぬ楔となっていた。
「…? 俺、なんかしたのか? それに、ここ、どこだ…」
「ま、あんなところで寝てたんですから、そんなところかと思いましたわ。ここはわたくしの家です。あなたを森の中で見つけて、わざわざ介抱しに運んできたんですわ」
 余計なことを。そういうセリフが返って来るだろうと確信していたのに、意外なセリフがくる。
「…すまん」
「はえ?」
 すっとんきょうな声のウイッチ。
「変な声出すなよ」
「あ、あなたが変なこというからですわ」
「礼を言うのは変なことか?」
「い、いえ、そうでは…」
 先手を取ったはずが後手に回ってしまったウイッチ。
「まあ、ともかく人の家を、夢を見ながら破壊しようとするのは、おやめになってもらえます? 看病のお礼が家の全壊では流石にへこみますわ」
「ああ…すまない。悪かった」
 これまでにないほど素直なシェゾ。ウイッチは、やはり何かがあったと確信した。
 人の気分は、時により180度変わることもある。
 しかし、その人の性質は変わらないもの。今のシェゾは、とても異質に見えた。
 その分、無害に見えて見目はとてもいいが。
 ウイッチがベッドの脇に座り、やわらかく微笑む。
「ふふ…」
「ん?」
「ふふ…。だって、あなたってばここへ来てから謝ってばかりですわ。もっといつも通りの自信を持ったシェゾの方が、あなたらしいですわよ」
「自信か…」
「かわいいあなたもいいですけど、やっぱりその方がいいですわ」
 言葉を残してウイッチは部屋の外へ消えた。
「あ?」
 外からそうそう、と声。
「着替えを置きます。それに着替えて、まずは横になりなさいな」
「あ、ああ。分かった」
 状況を、とても単純な状況をなかなか飲み込めない男が一人、部屋に残された。
「に、しましても…」
 部屋を出たウイッチは、ふと、神妙な顔になる。
「くしゃみじゃありませんのよ。古代禁呪を、寝言で唱えて発動出来まして?」
 魔力の源、キャパシティこそアルルには叶わぬ様だが、いわゆるセンスは人を遥かに飛び抜けている。その証明だった。
「前に着ていた服に似ているな」
 渡された服は、真っ白なローブ。最近はやっぱり闇の魔導士らしくということで黒い服にしているが、白い服はやはり個人的には好みだった。
 
 
 
 

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