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魔導物語 闇に生きると言う事 第七話



  精霊の森  二日前 午後2時51分
 
 この森は魔法薬の宝庫だ。
 一般人にとっても薬草的にはそうだが、魔女にとってはそんなレベルではない。マンドラゴラ、妖精の燐分、年代物の苔…。森に好かれさえすれば、その者は無限の保存庫を手に入れたのと同じことになるのだ。
「ああっ! 何時来てもこの森の材料は最高ですわ!」
 ウイッチは、今日も森に魔法薬の材料を採りにきていた。
「まったく、このコケのなんと美しいこと! こちらの黒薔薇も見事ですわ! こんな材料を使って薬を作っていると言うのに、常連さんが出来ないなんて、どうしてみんなこんなに鈍いんでしょう?」
 幸いにして森に気に入られた少女、ウイッチは、最高の森の恩恵を受けつつも自分の店がそれに見合った扱いを受けていないことに疑問を隠さなかった。
「あら…?」
 ウイッチは、森が何か違うことに気づいた。
「なにかしら? あちらに、精霊たちが集まっていませんこと?」
 通常は群れることをしない精霊が、巨大な木の根元にたむろしている。一つ一つは小さいが、発光する精霊がどれだけ集まっているのか、まるで木の根元が光っているようだった。「あなた達、一体どうしたんですの?」
−きちゃだめ
−キチャダメ
−ダメだめ
「?」
−変なのがいる
−ヘンナノガイル
−イルいる
「変なの? 一体、何がそこにいるんですの?」
 精霊の光を掻き分け、巨木の根元へゆっくりと、一応用心して歩を進める。
「…たしかに、変なものがいますわ」
 巨木に持たれかけて気絶するように眠る男。シェゾ・ウィグィィ。
「まあ、精霊達から見ましたら変でしょうね…」
−だって、こいつ知らない力を持っているよ
−シラナイチカラモッテイルヨ
−シラナイしらない
「…闇魔導のことですわね」
 つい、とシェゾに近づく。シェゾのことだから、気配に感づいて反射的に攻撃なんかしてこないかと思っていたが、まるで無防備だった。おでこをつついても、何の反応も返ってこなかった。
「あらあら。これじゃあまるで、眠り姫ですわね」
 確かに、無防備に眠るシェゾの顔からは普段の険が取れ、とても穏やかになっている。黙っていれば整った顔立ちが、今は眠りについた男装の麗人を思わせていた。今は、すべてのしがらみを忘れて眠ると言ったところか。
「……」
 暫く、ウイッチはシェゾの顔を覗き込んでいた。
 (結構まつ毛が長いですわ。それに、唇も整っていますのね…。あら、鼻毛もちゃんと手入れしていますわ。感心感心)
 少しの沈黙の後。
「…決めましたわ」
−?
−?
−??
「わたくしがシェゾを持って帰ります。そうすれば、もうあなた方にご迷惑はおかけしませんでしょう?」
−いいの?
 (以下略)
「ええ、知らぬ仲ではありませんし、せいぜい後でお礼をいただきますわ」
 この時までは、あながち嘘ではなかった。単にシェゾを介抱して、何か礼のひとつも貰うか言われればまあいいと、そう思っていた。自分って世話好きだったのか、と思っていた
−じゃ、こいつの荷物も持っていって
 (以下略)
「…あら、そういえば闇の剣がありませんわ?」
 シェゾの簡単な荷物の中には、一番大切な筈のものが含まれていなかった。
 ウイッチが眠り姫とともに森から姿を消した後。 
−あれは、持っていってもらわなくてよかったかな?
−イインジャナイ? ホネヤスメッテ、ジブンデイッテタシ
−ほね、あんのかな?
−かな?
 
 
 

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