魔導物語 闇に生きると言う事 第六話 精霊の森の外れ ウイッチ自宅 午後4時38分 ウイッチが降り立った先。そこは、当然自分の家。街の外れにあり、店舗を兼ねる自宅は森を背景にしてひっそりと、しかしどこか威厳を持って建っていた。 「戻りましたわよ」 ウイッチは独り暮らし。誰に対して? 「ウイッチか…」 家の奥から、少し足をもたつかせながら出てきたのは男。シェゾだった。 「また起き出していますわね? あれほど寝てなさいって言いましたのに…」 「…平気だ」 シェゾは、わずかによろめきながら近くの椅子に何とか座った。 ウイッチも、下手に手を貸しても素直になる相手ではないと知っているので、とりあえずは買った物の整理だけをしている。 「具合は、今のところは良さそうですわね。安心しましたわ」 「…世話を、かけるな」 「え?」 何の事はない礼の言葉だが、それでもシェゾが言うと何か新鮮な響きがある。 「あらあら、またシェゾにお礼を言われるなんて。やっぱりどうにも不思議ですわね」 いたずらな顔でクスリと笑うウイッチ。 「……」 だが、シェゾは軽い皮肉にも反応しない。いや、出来ない。椅子に座っているだけで精一杯なのだ。 ウイッチは、すぐにシェゾのやせ我慢に気づく。額の汗と、何よりシェゾに似つかわしくない生気のない顔色が痛々しい。 「やっぱり、まだまだですわね。ベッドにお戻りなさいな。これから、精のつくものを作りますわ」 「…すまん」 立ちあがろうとするシェゾ。しかし、まるで石でも背負っているように足が重い。 「く…」 何とか気合を入れようとするシェゾの肩に、軟らかい金髪が優しく触れる。 「よ!」 ウイッチがシェゾの肩を持ち、歩き出す。 「…すまん」 「そればっかりですわよ? もう少し憎まれ口をたたいていたほうが。あなたらしいんではありませんこと?」 「お前には、世話になりっぱなしだからな」 「意外に、しおらしいところがありますのね」 部屋に入り、シェゾは横になる。 「眠らせて、もらう…」 …って、あら? もう眠りましたの? …また、ずいぶんと無害な寝顔ですわ。これで闇の魔導士といっても、信じる人がいますかしら? でも、これだけの衰弱ぶりは一体何事ですの? 私の知る限りでは、妖精のいたずらの眠り病か悪質な呪い以外では、こんな素早い眠りが可能なのは、東洋に住むと言われている青い達磨猫のカラクリに世話される、丸眼鏡の軟弱な愚者くらいですわ。 ひとしきり、思考をめぐらせる。どうも彼がそばに居ると考え事が多くなるようだ。 「さて…おかゆを作りましょうか。…でも、まるで、旦那様の世話をしているみたいですわね」 …な、何を言っていますの? わたくしったら…。 程なくしてウイッチは、東洋のカンポウと呼ばれる薬草を配合したおかゆを作る。 シェゾの部屋に運ぶと、ウイッチは彼をそっと起こす。 「さ、これをお食べなさい。ちょっと変わった味がしますが、滋養があって、大変体にいいおかゆですわ」 その表情はおかゆへの自信からか、満面の笑み。 「あ、ああ。ありがとう」 やや寝ぼけ眼だが、空腹に体が反応する。 「どうやら、食べたがると言うことは回復には向かっていますわね。よいことですわ」 おかゆをゆっくりと口に運ぶシェゾ。 「…どうです?」 「ああ、薬膳って言うからどんな味かと思ったら、別に気にはならない。…とても、美味いよ」 「そう言っていただけると思っていましたわ。これでも、病人にきつい味にはしないように注意しましたのよ」 自慢げなウイッチ。 「…あ」 「あ?」 「い、いえ、何でもありませんの。別に、料理に何かとかではありませんから」 「そうか?」 「……」 すこし頬を赤らめるウイッチ。シェゾの使っているスプーンは、最後に自分が味見したときのままだったのを忘れていた。 「では、後は横になってなさいな。食後の安息は体にいいですわ」 シェゾは食事の行為自体で疲弊していた。ウイッチは、諭すようにして睡眠を促す。 「ああ、そうさせてもらう」 シェゾは横になると、また程なくして寝息を立てる。 ウイッチは気づいていた。最初のころの寝顔とはだいぶ表情が変わっている。血の気も出てきたし、なにより安心して眠っている。それは、きっとこの場所だから。自分の看病だからだと、そう思えていた。 そしてそれが、なにかとても嬉しかった。 「シェゾがわたくしの家でご飯を食べて、眠って…。看病のためとはいえ、不思議な感じですわ」 ウイッチは思い出していた。二日前から、今日にかけての事を。 |