第五話 Top 第七話


魔導物語 闇に生きると言う事 第六話



  精霊の森の外れ ウイッチ自宅  午後4時38分
 
 ウイッチが降り立った先。そこは、当然自分の家。街の外れにあり、店舗を兼ねる自宅は森を背景にしてひっそりと、しかしどこか威厳を持って建っていた。
「戻りましたわよ」
 ウイッチは独り暮らし。誰に対して?
「ウイッチか…」
 家の奥から、少し足をもたつかせながら出てきたのは男。シェゾだった。
「また起き出していますわね? あれほど寝てなさいって言いましたのに…」
「…平気だ」
 シェゾは、わずかによろめきながら近くの椅子に何とか座った。
 ウイッチも、下手に手を貸しても素直になる相手ではないと知っているので、とりあえずは買った物の整理だけをしている。
「具合は、今のところは良さそうですわね。安心しましたわ」
「…世話を、かけるな」
「え?」
 何の事はない礼の言葉だが、それでもシェゾが言うと何か新鮮な響きがある。
「あらあら、またシェゾにお礼を言われるなんて。やっぱりどうにも不思議ですわね」
 いたずらな顔でクスリと笑うウイッチ。
「……」
 だが、シェゾは軽い皮肉にも反応しない。いや、出来ない。椅子に座っているだけで精一杯なのだ。
 ウイッチは、すぐにシェゾのやせ我慢に気づく。額の汗と、何よりシェゾに似つかわしくない生気のない顔色が痛々しい。
「やっぱり、まだまだですわね。ベッドにお戻りなさいな。これから、精のつくものを作りますわ」
「…すまん」
 立ちあがろうとするシェゾ。しかし、まるで石でも背負っているように足が重い。
「く…」
 何とか気合を入れようとするシェゾの肩に、軟らかい金髪が優しく触れる。
「よ!」
 ウイッチがシェゾの肩を持ち、歩き出す。
「…すまん」
「そればっかりですわよ? もう少し憎まれ口をたたいていたほうが。あなたらしいんではありませんこと?」
「お前には、世話になりっぱなしだからな」
「意外に、しおらしいところがありますのね」
 部屋に入り、シェゾは横になる。
「眠らせて、もらう…」
 …って、あら? もう眠りましたの? …また、ずいぶんと無害な寝顔ですわ。これで闇の魔導士といっても、信じる人がいますかしら?
 でも、これだけの衰弱ぶりは一体何事ですの? 私の知る限りでは、妖精のいたずらの眠り病か悪質な呪い以外では、こんな素早い眠りが可能なのは、東洋に住むと言われている青い達磨猫のカラクリに世話される、丸眼鏡の軟弱な愚者くらいですわ。
 ひとしきり、思考をめぐらせる。どうも彼がそばに居ると考え事が多くなるようだ。
「さて…おかゆを作りましょうか。…でも、まるで、旦那様の世話をしているみたいですわね」
 …な、何を言っていますの? わたくしったら…。
 程なくしてウイッチは、東洋のカンポウと呼ばれる薬草を配合したおかゆを作る。
 シェゾの部屋に運ぶと、ウイッチは彼をそっと起こす。
「さ、これをお食べなさい。ちょっと変わった味がしますが、滋養があって、大変体にいいおかゆですわ」
 その表情はおかゆへの自信からか、満面の笑み。
「あ、ああ。ありがとう」
 やや寝ぼけ眼だが、空腹に体が反応する。
「どうやら、食べたがると言うことは回復には向かっていますわね。よいことですわ」
 おかゆをゆっくりと口に運ぶシェゾ。
「…どうです?」
「ああ、薬膳って言うからどんな味かと思ったら、別に気にはならない。…とても、美味いよ」
「そう言っていただけると思っていましたわ。これでも、病人にきつい味にはしないように注意しましたのよ」
 自慢げなウイッチ。
「…あ」
「あ?」
「い、いえ、何でもありませんの。別に、料理に何かとかではありませんから」
「そうか?」
「……」
 すこし頬を赤らめるウイッチ。シェゾの使っているスプーンは、最後に自分が味見したときのままだったのを忘れていた。
「では、後は横になってなさいな。食後の安息は体にいいですわ」
 シェゾは食事の行為自体で疲弊していた。ウイッチは、諭すようにして睡眠を促す。
「ああ、そうさせてもらう」
 シェゾは横になると、また程なくして寝息を立てる。
 ウイッチは気づいていた。最初のころの寝顔とはだいぶ表情が変わっている。血の気も出てきたし、なにより安心して眠っている。それは、きっとこの場所だから。自分の看病だからだと、そう思えていた。
 そしてそれが、なにかとても嬉しかった。
「シェゾがわたくしの家でご飯を食べて、眠って…。看病のためとはいえ、不思議な感じですわ」
 ウイッチは思い出していた。二日前から、今日にかけての事を。
 
 
 

第五話 Top 第七話