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魔導物語 闇に生きると言う事 第四話



  アルル自宅  午後3時30分
 
 なーんか気分が悪かった。
 あのあとセリリに『詳しく』話を聞いて、どうやらシェゾのバカが情緒不安定になっているのではと言う結論に至り、それゆえの一時的な行動ではないのかと頭に思い込ませた…けど、それでも何故か、なんか気分は晴れなかった。
「だってさ、シェゾのバカってばさ、いっつもはボクに向かって『お前(の魔力)が欲しい!』なんて言っているくせにさ、セリリがあんな骨抜きになっちゃうようなコトしてたんだよ。これは、何の理由があれ、間違いの無い事実なんだよね! いや、それなら、ボクがそんなコトやらせるかって言うとまた話は別だけどさ…。でも、シェゾの馬鹿がそんなコトを他の女の子にやっていたなんてさ、なんて言うか…とにかく、なんかヤダ!」
「ぐぅ?」
「…キミに言っても、しょうがないね…。悪いのは、シェゾのばかだもん」
 よくは分からないが、そうらしい。ベッドの上、カーバンクルを持ち上げて一気にまくし立てた後に、アルルは同じ位一気にむなしさに襲われた。アルルは無造作に横になる。カーバンクルはアルルから開放されると、意味もなくその辺で踊り始めた。元から関係ないとは言え、意に介せずとはこの事か。
「シェゾのバカがさ、ボクに向かってそんなコトしようとした事なんて、ないんだよ…」
 いいかげんしつこい。
「あの時、いろんなダンジョンで時々一緒に行動したとき、あの時のシェゾのバカって、けっこう頼りになっていたんだ…。シェゾのバカの、いろんなシェゾのバカを見て、ボク…」 
 窓の外を見つめる瞳は、どこか裏切られたような憂いをおびている。
 単純に、悲しかった。
 何故かは分からないけど、自分以外の女性に自分以上に接していることが、何故か悲しかった。
「…何で? ねえ、シェゾ…」
 
 
 
  街の生鮮市場  次の日 午前9時22分
 
「今日はどうしようか? やっぱカレーは飽きたからお魚なんかいいな。…押さえつけて、ハラワタ引きずり出して、三枚に下ろして…」
 …なんか、違う。
「あ、あれ?」
「ぐー」
 カーバンクルはよだれをたらしている。
「…? なんで、こんな…?? えーと、やっぱ、今日は野菜だね! うん!」
 本人の自覚こそ無いが、アルルの『女』もやはり恐ろしい。
「アルル!」
 その声は頭の上、とある宿屋の2階から聞こえた。
「…ん? その声は…。あ、ラグナス!」
 二人と一匹は、宿屋のテーブルでお茶を飲んでいる。ラグナスが誘ったから。
「ねえ、なんか、ラグナス疲れてない? 目がくぼんでるよ?」
 それだけではない。ラグナスは顔や手にバンソウコや包帯を巻いている。特に言及しないのは、幸いと言うかなんと言うか、怪我をある程度見慣れているせいだろう。これなら気に病むほどではないと、わかるのだ。
 それに、そういうコトはあまり言わないほうが男の子は良い場合が多いという経験のせいもある。
「…まあ、昨日の今日だからな」
「何が?」
 ラグナスがコーヒーをすする。砂糖と牛乳たっぷりのそれはコーヒーと言うより、カフェオレに、さらに正確にいうならばコーヒー牛乳に近い。
「アルル、シェゾの奴、最近おかしくないか?」
「シェゾのバカはいつでも変態だよ!」
 シェゾ、と言う言葉に何か過敏になる。
「…どうした?」
「あ、なんでも…」
「やっぱ、何かあるのか…」
「な、なに? 何かって…」
 ぬるくなったコーヒーを一気に胃に流し込む。おかわりを頼んで一息つき、ラグナスは昨日の恥を話した。
「…シェゾに、負けたの?」
 真実にしてキツイ一言。
「悔しいけど、その通りだ。本当に本気で戦って、俺は、負けた。しかし…」
「シェゾ、キミの魔力に手を付けなかったんだね」
「ああ、それどころか、何か悩んでって言うか、とにかく苦しんでいた。今倒した俺のことなんて、眼中にないって感じでね」
「……」
 アルルは、最近シェゾと出会ったことで何かないかと思い出していた。
 しかし、シェゾと最後に出会ったのは、考えてみればもう一ヶ月以上前なのだ。
 たしかに、それがおかしいと言えばおかしい。最近は確かに聞かないが、ともすれば魔力をよこせと言ってきたシェゾが、アルルを避けるように行動していたのだ。間接的に会ったことはある。街で、街道で、時には、図書館で。しかし、自分を視界にいれたと判ると、彼はきびすを返して視界から自らを消してしまう。
 でも、シェゾのことだから、またそのうち、自分の前に現れてしょうもないコトを言ってくれる。また、なんとなく一緒に居られる。そう思っていた。
 だって、シェゾは自分が困っている時には居てくれるから。そう思っていた。どこかで、彼を、何故か、信じていたから。
 単なるお人よしと言えばそれまで。自分の魔力のためにかもしれない。しかし、彼女はどこかでそんなことの為ではないと信じていた。
「シェゾ…」
「あいつは、ルーンロードに魅入られた男だ。でも、シェゾも元々闇の力を欲しがった上でなら、それはお互い様って意味で、当人同士に問題は無い筈だ。だけど、一方的な意思によるものなら、どっかで『ズレ』が出てくる」
「ずれ?」
「シェゾの、本来の心って言っていい」
「…シェゾって、操られているの?」
「いや、奴の意思に違いはない。ただ、それを少しずつある方向に引っ張ろうとする意思があるってことだ。シェゾの元々の自意識。そして、ルーンロードの明らかに邪悪な意思。奴は、シェゾの強くなりたいって言う同じベクトルの意思を見て、シェゾを選んだと見るべきだな。もちろん、奴が本来持つ力の影響もあるだろうけどな」
「シェゾの、気持ち…」
「これは多分、だけど、シェゾはルーンロードの件が無ければ、けっこうまっとうな魔導士として生きていたかもしれない。まあ、元の奴の性格があるから素直に進んでいたかどうかは分かんないけどね。力の求め方が奴によってゆがめられてしまったから、あんな風に他人の力を奪うって言う暴挙に堕ちたのかも、しれない…。勝手な予測だけどね」
 自分でも何故、こんな予測をアルルに言ったのか分からない。まるで、シェゾを養護しているかのように。しかし、ラグナスはどうしてもシェゾを必要以上に危険人物扱いしたくはなかった。それは、自分自身がどうしても許さなかった。
「…ふう」
 ラグナスは溜息をつくと、おかわりのコーヒーにスプーン山盛り数杯の砂糖とミルクを加えて、一気に飲み干した。
 アルルはそれを見て、別の意味で胸がいっぱいになった。




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