Top 第一話


魔導物語 八百万の神の国 プロローグ
 
 
 
  プロローグ
 
 暫くぶりの船の旅だ。
 俺は心地よい波の揺れに身を任せ、視界を空の青と海の蒼で埋めつくす世界を見詰め続けていた。
 船を揺らす波、その音と振動が時折消えると、また別の波のざわめきが船を揺らし、その音が隙間無く、しかし心地よく耳を支配する。
 こんな開放的な独りの感覚は本当に久しぶりだ。
 最近、馴れ合いすぎていた感があったからな…。
 いや、別に誰と言う事はない、が。
 彼は自分で出した問答にくっと唇を緩ませる。
 
 俺は今、自分で情報を集めて、ある土地に向かっている。ギルドの依頼とかじゃない。完全に俺自身の独立した行動だ。
 自分の力を強める為の、な。
「シェゾの旦那、飯の用意が出来たぜ」
 ワイヤーの如き黒ヒゲも逞しい中年コックが甲板の俺を呼ぶ。
「ああ」
 この船、キングホエール三世は名前の割にそんなに大きい船じゃない。定員にして五十人も乗ればいっぱいだろう。だが、コック兼船長のヒゲ男、ダグラスは舵の腕も料理の腕もいい。
 それに船も観光船のようにゴチャゴチャ飾り立てているわけではないので定員の半分程度しか乗船した者はおらず、チャラチャラした観光客は殆ど居ない。宛ての無い旅人や訳ありの連中、そんな奴らが大半だ。
 お陰で互いの詮索も無く、俺は至って快適な船旅を楽しめた。
 少なくとも今は旅気分でいよう。
 目的地に着いたら、多分そんな気持ちでいられる時は無いのだから。
 シェゾはやや軋んだ椅子に座り、狭い食堂で野味溢れる海鮮料理を味わった。
 魚の殆どは、ついさっき一本釣りしたばかりだと言う。
 この時ばかりは、同席の連中もどこか安堵した顔を見せる。
 食は最高の安定剤、とはよく言ったものだ。
 目的地まではあと六日ほどかかる。
 今はたっぷりと船旅を楽しむとしよう。
 潮風がその考えを後押しするかの様に丸窓から滑り込む。それと同時に、シェゾの左腕につけられた白い布を揺らす。
 ふと、グラスの水面に誰かの顔が浮かんだ気がした。
 シェゾを見送ってくれた彼女の顔が。
「…俺もしょうがない奴だ」
 シェゾは苦笑してグラスを傾けた。
「もうすぐ、『揺れる』ぞ。気をつけろ」
 船長が告げる。
「ああ」
 船がゆらりと揺れた。
 波は告げる。
 
 ようこそ、『異邦人』よ、と。




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