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魔導物語  精霊光臨祭前夜 Prologue
 
 
 
 Prologue
 
 街の街道は、その殆どが歴史を刻み込んだ古い石畳だった。
 花崗岩を切り出して作られた石畳には、無数に街を駆けめぐっていた馬車の轍が、その往来の激しさを語る証として深く深く彫りを刻んでいる。
 場所によっては信じられぬ事にその深さは二十センチ以上にも達し、轍と言うよりも溝に近い。
 小型の馬車では、その車軸をこすってしまう程の深さである。
 その為、この都市の道路事情を知らぬ者が時々轍にはまり、馬車を立ち往生させてしまう事もあったが、それはさして珍しい光景では無かった。
 直せと言う声もあるにはあったが、当時は例え数日でも道をふさいで工事など行った日には、街道は大渋滞を起こし、大切な流通を止めてしまう羽目に陥る。
 それほどに街は産業が盛んであり、尚かつ街道は他の都市や街を繋ぐ重要なパイプライン、中継所の役割も果たしていた。
 故に、小型の馬車は迂回しろの一言で片づけられる。
 轍の残る石畳の街道は、現在も実際の往来の他、都市の歴史を物語る観光名所の一つとして残される程となっていた。
 そんな轍が残る都市の中央には、石と赤煉瓦で建てられた美術館が存在する。
 その美術館を円上に取り囲み、街道は網の目の様に放射状に広がっていた。
 その道は曲がりくねりや太さの差こそあれ、全てが街の外まで続き、全ての道の先が他の街、都市に繋がっている。
 元はと言えばこの地形に恵まれたからこそ、中継都市にして商業都市としても街は発展出来たと言える。
 そんな過去を持つ都市は、今日(こんにち)も内容こそ違えど、変わらず人で賑わっていた。
 人口十四万人の都市、ライラントの主な産業は、二世紀程前までは良質な綿の栽培と縫製による織物だった。
 だが、およそ二世紀前のある年の秋、綿花の収穫時期に事件は発生する。
 その頃、少し離れた地域で、局地的な地域紛争が突如勃発。
 ライラントは狙い澄ましたかの様に一番に被害を被り、産業は紛争のあおりを受け取引が大幅に縮小、綿産業の市場は衰退する。
 更に戦争は人外の魔物をも呼び寄せ、街は一時、昼も尚外出が阻まれる程に荒廃した。
 時の領主、オストー・アンデル二世は紛争の影響による税収の落ち込みと、人的被害、同じく紛争による国の重い臨時徴収に頭を抱えていた。
 このままでは街が消滅する。
 人々がそんな絶望的な憂いを抱いていた中、幸いにも奇跡的に紛争は収まり、最悪の事態は回避する事が出来た。

 さて、そうなると次の問題は復興である。
 戦後となれば需要は高まる。
 だが、収穫を放棄した土地は荒らされ放題のままに放置され、紛争の収まる頃には時既に遅く、見るも無惨に荒れ地と化していた。
 畑だけではない。
 都市自体もあちこちが瓦礫の山と化していた。
 そして一度痩せてしまった土地から再び良質の綿を育てるには時間が掛かり、当然それを使用した服飾品の生産は更に街の産業環境が復興したその後の話となる。
 しかもその間に、他の地域の綿産業がここぞとばかりに売り込みをかけた。
 質は落ちるものの大量、かつ安定した綿製品を作る市場が出来てしまった為、尚の事質で売っていたライラントは打撃を受ける羽目となる。
 小さな街を都市に発展させた綿を中心主要生産品としてきた街が、そうそう容易く方向転換できる道理がある訳もなく、街は貧窮と疲れに迷走していた。
 そんな中、復興の為の定例集会に顔を出していた神聖魔導教会の新任神父が、一つの画期的提案を打ち出す。
 この都市は他の街々を繋ぐ拠点でもある。
 それ故に太古から様々な催し物、祭が盛んだった。
 つまり、産業に追いやられて衰退した祭を改めて見直し、物流産業の復興ではなく、様々な歴史を組む祭を優先的に復活させ、全国各地から観光客を呼び込む観光業を主軸に復興を考えてみてはどうだろう、と言う提案である。
 近年の産業の歴史と成功に囚われ、物流産業の事ばかりを考えていた皆は思いもしなかった提案に戸惑う。
 だが結局、主力産業を欠いたままの街が手っ取り早く行える行動はそれしかない、と参加者は納得する。
 最後まで難色を示した地主、老人達も、産業の伝統が根付く前は確かに祭の時代があった、と最終的にはそれに頷いた。
 こうして街は長い年月をかけ、しかし確実に姿を変えていくのだった。




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