魔導物語R Hot spring 中編 二夜 昨日の夜の不幸な惨事も何事も無かったかの様に収まり、宿はいつもの様に静かな朝を迎える。 早朝、シェゾの部屋で四人が食事を取っていた。 樹齢五百年を超える古木を輪切りにして加工された豪華この上ないちゃぶ台に、山海の珍味が並ぶ。朝食なので味は軽めだが、そのボリュームはバイキングを連想させる。 そんな料理の並ぶテーブルに四人は輪になって座り、食事していた。 ちなみに、四人はほぼ対角線上に時計回りで、シェゾ、ウイッチ、ブラック、アルルの順で座っている。 「……」 ウイッチは、朝が弱いと言う事は無い筈なのだが、さっきから半ば夢心地でぼーっと冷奴を食べている。 一晩経って落ち着くかと思いきや、何の想像を膨らませたのやら、昨日よりますます恥かしそうにしていた。 反省しようとして、逆の事を考えたのかも知れない。 「……」 アルルもアルルで、心ここにあらず、と言った感じで自動的に名物の鮎を食べている。 ぼーっとしているだけならいいが、時折思い出したみたいに唇をふっと押さえて顔を赤らめる。ちらりとシェゾを見ては顔を下げ、またぽーっとする。 …こいつら、ナニを思い出しているのやら…。 ブラックは、そんな二人を見てから、その前で平然とご飯を欠き込んでいる確信犯にも軽く非難の目を向けた。 「…で、今日はどうする? 明日で帰宅だよ」 「…ん…」 アルルは何も言えずに目を泳がせる。 「…そうですわね…」 ウイッチも以下同文。 …ま、その方が都合いいけどね。 ブラックは、密かに予定決行を確信する。 お子様の時間は終わり。 今日はオトナの時間だからね。 ブラックの目が、自信満々に光った。 大きく開け放たれた障子窓。 その外からは、朝の太陽が柔らかな日差しを部屋に降りそそがせ、小鳥の小さな鳴き声が響く。そして時折爽やかに部屋に入って来るそよ風が緑の匂いを運んでいた。 「追い出されなくて良かったぜ」 食事も終わり、自動的っぽい動きで渋々と帰っていったアルル達を目で送った後、自分の部屋で寛ぐシェゾ。 彼は、こんな景色に包まれて朝飯を食べられた事に感謝して呟く。 シェゾ達が無事に宿屋に泊まり続けられるのは、幸いにして宿の人に昨夜の現場を見られなかったからだ。もしも魔導士の攻撃など目の前で見た日には、一般の人間がそのまま彼らを泊め続ける訳が無い。 実際、樹齢千年を越す欅など、天然記念物になってもおかしくない樹木が数本コゲてしまった。折れた枝など数え切れない。 普段ならアルルもキチンと反省するのだが、今の彼女にとってそんな言葉はまるで意味をなさなかった。 それ以上の感覚が、未だ彼女を支配しているから。 昨夜、夜半頃までチェイスは続き、攻撃疲れした頃のアルルに、シェゾは結局一発の攻撃も返す事無く、余裕で逆襲した。 ブラックは、途中で彼を見失った様だ。 後先考えずに攻撃していたアルルは心身ともに疲れ果て、最後には彼が目の前に現れても罵声一つ上げられなかった。 「気が済んだか? 帰るぞ」 そんな精神的お子様を、シェゾはひょいと肩に担いで宿へ戻ろうとする。 まるでアルルをお子様扱いするシェゾ。 「…しぇぞ…しぇぞの…ばかぁ…」 こんな状態でも、尚非難するアルル。一体、どれほど彼女は憤慨していたのだろう。 彼の首にかじりついて泣きつき、手足を絡ませてしがみつく。 最初こそ、残った力を振り絞ってぽかぽかと背中を叩いたりしていたが、それはやがて、だだっこが甘える仕草に変わっていた。 「あうぅ〜〜…」 泣いているのか鳴いているのか分からない声。 なんか、ヘンな動物でも抱えているみたいだな…。 シェゾは、思わず失礼な事を考えた。 アルルは、はだける浴衣も意に介せず、ただシェゾにしがみ付き続けた。 シェゾの頭のすぐ下には、少し捲れあがったアルルの白い腿があった。 そして、彼女はもぞもぞ動きつづけるので、どうにも安定しない。 「落ちる」 シェゾは、肩への担ぎ上げから抱っこに移る。 と、浴衣の裾が捲れ気味だったせいか、抱き止めた際にシェゾの腕はアルルのひんやりした尻を、薄い小さな布越しに、直接触ってしまった。 「…わざとじゃないぞ」 アルルは特に抵抗もしなかったが、その代わり浴衣を挟もうとするシェゾの手を掃い、そのまま抱きかかえさせる。そして自分は両腕を彼の首に回した。 じっとシェゾを見詰めるアルル。 只でさえ幼げな顔は、泣いた後だと更に年齢が低く見える。ウイッチといい勝負だ。 だが、違うのは行動。 「…ん…」 そのまま、アルルの腕の巻きつきが強まる。そして、二人の顔は重なった。 普段は『攻→速攻受』だが、何か吹っ切れているのか今は、アルル先導のまま、彼女の欲するがままに唇は重なり続けていた。 「ん…ぅ…」 唇で唇をなぞり、更に唇同士で噛み合う。 アルルは夢中で彼の唇を求めた。 絡み合うそれは、彼女のあらゆる箍を外す。 そして唇自体を味わい尽くしたかと想うと、今度は舌が積極的に活動を始める。 唇の裏側まで舌がなぞられ、更に彼の口を蹂躙する。 シェゾも、積極的なアルルに何か不思議な気分になる。 彼は長すぎるディープキスについ唇を離そうとしたが、それは許されなかった。 「や…」 数ミリも離れなかった唇。言うが否や、アルルは顔を斜めにして更に唇を密着させる。 今までに無い積極的な彼女に、シェゾは少々驚く。 雰囲気が良かった訳でもない。 あんなドンパチの後にこうくるとは、予想外だった。 …妙な興奮状態の後だと、こうなるのか? 数分では済まない深い深い唇の包容が続いた。 「ん…は…」 やがて、アルルの唇が名残惜しそうに離れた。 「はぁ…はぁ…」 もう一度しっかりとシェゾにしがみ付き、彼にも強く抱いてと促す。 攻めていたアルル自身、すっかり息を上げている。 赤らんだ頬、とろけそうな瞳、そして官能的にシェゾの耳をくすぐる深い呼吸。 静かな森で、二人は自分達だけの世界に浸っていた。 特にアルルが。 自ら乱した呼吸を整え、唾を飲む。 「…シェゾ…」 「何だ」 「まさか…ここまでのキスは、してないよね?」 「…だから、誤解だっつう…」 アルルはどうやら、憶測でだがやられたぶんだけでも、確実にやり返そうと言う意識があった様だ。 「ホントに? キスとか…触ったりとか…」 「コケて覆い被さっただけだ。後は…ウイッチの勘違いだ」 狂言、とは言えなかった。女を悪者にし切れないのも、彼の弱点かも知れない。 「…そろそろ、服を直していいか」 「もうちょっと、このまま…。ウイッチの肌触り、シェゾが忘れるまで…」 素直、かつ大胆な物言い。 「覚えてないって」 「ボクが、気にならなくなるまでダメ」 そう言って、更に体を密着させるアルル。はだけた胸元が彼の胸と重なり、汗ばんだ肌が密着感を増す。 それは彼女を静かに興奮させていた。 「…もっと強く抱いて」 彼には拒否権は与えられなかった。最も、発動する気も無いであろうが。 「あ…ん…」 そして、シェゾも言い成りではない。 夢心地のアルルに唇を重ね、優しく、激しく彼女の唇を犯す。 シェゾのそれは、アルルのそれ以上に激しかった。 一変して彼になされるがまま。 アルルはそんな自分に酔う。 抱きしめられ、唇を弄ばれている。 彼に、愛されている。 それだけで気絶しそうになる。 「んー…」 頭が惚けたみたいに白くなり、もう何も考える事が出来なくなっていた。 だが、それでも彼は彼女を離さない。 どんな事であれ、受けた礼は返す男だった。 「ん!」 彼の手が、触っていただけのアルルの尻で動いた。 同時に。 「おーい、いい加減戻って来なよー!」 やけにいいタイミングで、どこか遠くからブラックの声が聞こえた。 そう言えば、元はと言えば二人に追いかけられている最中だったのだ。 こう言うときの彼の切り替えは早い。 あっさりとアルルを降ろし、彼女の緩くなった胸元を正す。 「……」 アルルは不満いっぱいの顔をしている。 「今日は終わりだ」 「…もっと奥に引き込むとかすればさぁ…もっと色々と、最後まで…」 「お前、時々えらく大胆な事言うよな」 「そ…そっちがその気にさせたくせにぃ〜!」 アルルはそう言ってから、今頃自分の発言に真っ赤になる。 そして、それをごまかそうとしてシェゾの胸をぽかぽかとたたく。 「痛い」 「痛くなんかないくせにぃ〜!」 そんなアルルの手をひょい、と掴むと、シェゾは歩き出す。 「わ」 いきなり手を引いて歩き出されるので、ついよろめいてしまうアルル。 「ほら、帰るぞ」 だが、アルルは中々素直に歩き出そうとしない。 「おい」 シェゾが言うが、アルルは不満げな顔で言う。 「…あのね、今のボク、まともに歩けると思っている? ん?」 「……」 そう、気の強い発言をしつつも顔を真っ赤にしたアルルを見れば、彼女の躯がどうなっているのかを知るに充分だった。 「だから、だっこ」 「いや、おんぶでがまんしてくれ」 「なんでー!」 「俺も腕が疲れている。だっこしすぎたな」 彼のその言葉に、アルルは再び顔を真っ赤にして従った。 その後、宿に戻った二人をブラックが待っていた。 とうの昔に夢の世界に旅立ったウイッチの隣に、これも半ば眠っていたアルルを横にした。 部屋を出ると、廊下までブラックが一緒に付いて来る。 「…何だよ」 「何でもない」 ブラックはちょっとだけ不機嫌そうに言うと、そのまま一緒に歩いていく。 「シェゾ、お風呂入ってきたら」 「…別に汗はかいてないが?」 そういうと、ブラックはわざとらしく顔を肩に近づけてくんくんと鼻をきかせる。 そして、あぐ、と肩を噛む。 「痛い」 「あの子の匂いがするよ」 そういうと、ブラックはくるりと振り返って部屋に帰っていった。 「……」 シェゾは部屋に戻った。バスタオルを取りに。 |