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魔導物語 Dragon Heart 第三話



  エプロンとしっぽ
 
 いつも通り、適当に気合いを入れつつも適度に手を抜きつつの鍛錬を終えたシェゾが家に戻る。
 空は既に半月の一人舞台と化し、エキストラとして他の星々が控えめに輝く。
 いつも通りに結界を低段階解除して家に入った。
「……」
 何か家の中に違和感を感じる。
 そして、その感覚は実感となった。
 台所から声が聞こえるのだ。
 それだけなら、正直あり得ない事では無い。
 某魔導士の卵や暗黒メイドがちょくちょくやる事だ。
 だが、今日のそれは何かが違う。
 と、言うか、そもそも聞こえてくる声が違うのだ。
「…え? そうなの? あ、フェンネルってお腹に詰めるの?」
「ぱお」
 それに相づちを打つのはてのりぞうの声。
「……」
 ハーブと魚の香りが折り重なり、なかなかに魅惑的な香りを漂わせる。
「…いさきの、塩包み焼きか」
 ボジョレーに合う料理だ。それか、ブランデーでもいい。
 いや、それより…。
 シェゾは一応、色々と確かめる為に台所へと向かった。
 この声は…アレだよな?
 薄暗い廊下から、台所の灯りにシェゾが身を晒す。
 最初に目に入ったのは、しっぽ。
 そして、エプロンを付けた後ろ姿。
 慣れていない格好なのか、背中の蝶結びが縦になっている。
 その蝶結びの下から見えるしっぽは、どこか妙に可愛かった。
「で、てのりさぁ、えーと、後はオーブンの温度だよ…わっ!」
 後ろのオーブンを確認しようとしてソレはシェゾに気付いた。
「…お、お帰り…なさい…」
 無意識に指を遊ばせようとしたが、手にはめたキッチングローブが邪魔をした。
 そして、驚いただけではない気恥ずかしさがそれの声に含まれている。
 会うのは必然であり、勝手に台所を使ったのも(てのりの許可はあるが)勿論何か言われる事を承知の上だ。
 だが、それでも面と向き合うとなるといつもの気の強さは何処へやら、勝手に彼の家に入った後ろめたさと、こんな事をしている所を見られる恥ずかしさがどうしても最優先されてしまっていた。
「…で、何やってんだ? ドラコ」
 そういうシェゾの左手はてのりの頭を鷲掴みしていた。これもまた気まずそうにぶらんとぶら下がるてのりぞう。
 お前、ガーディアンだよな? とシェゾはてのりぞうを見る。てのりぞうは視線とその意味を感じ、実に居心地が悪そうにしていた。
「え、と…お…おりょう…り…」
 彼女にしては気の弱そうな返答だ。最後など殆ど聞き取れない。
 キッチングローブをいそいそと外し、ばつが悪そうにもじもじしているドラコ。
「誰も壺焼いてるなんぞ思わんわ。何の用でここにいるのか、だ」
「…いや、あのぉ…」
 ドラコは、彼女にしては珍しくなんとも歯切れの悪い間で悩んでいた。シェゾはシェゾでいぶかし気にドラコを見ている。
「…一体、どんな気持ちなんだろう…って、思って…」
「気持ち? 飯作った事が無いって訳は無いだろ」
「い、いや…言っちゃうとさ、意味が無いから…あの、シェゾ…ちょっとの間、見逃しておいてくれない…かな? 美味しく作るつもりだから…」
 両手の人差し指を遊ばせながらもじもじと問うドラコ。
 何とも普段の彼女からは想像し難い、女っぽい仕草だ。
「…まぁ、飯作ってくれる分にはかまわないけどな」
 そして、知り合いとは言えあまりにも簡単にそれを許すシェゾ。彼は、自分のそう言った軽率な行動がばれた日には某女性陣が夜叉となって襲い来るとは予測出来ないのだ。無論、本人は軽率などと微塵も思っていないので始末が悪い。
 何しろ、自称硬派である。
「ホント?」
「ああ。てのり、勝手に入れたのは許すから手伝いを続けろ」
「ぱお!」
 鷲掴みから解放されたてのりは、喜んで料理の続きに取りかかる。
「あの、それじゃ…ご飯作るから、シェゾは待ってて」
「…分かった」
 ご飯作るから。
 その言葉が妙に初々しいドラコ。
 シェゾはその言葉と仕草にどこか妙な感覚を覚え、素直に従う事にする。
「ぱお」
「あ、温度OK? ありがと。こっちも急いで塩固めるね」
「……」
 シェゾは居間に引っ込んだ。
 どっかりとソファーに体を投げ出す。
 普段ならこのまま風呂に入る。
 あいつが居るのでは素っ裸になる事も出来ないが、外で一仕事した後の体のままと言うのも少々気分が悪い。
「風呂入っている」
「え? あ、うん。焼き上がるの少し時間掛かるから…」
 台所に顔を出し、尚も料理真っ最中のドラコに一言告げ、シェゾは風呂に向かう。
 ここの風呂は半露天風呂であり、洞穴から湧き出す温泉が丁度鍾乳洞の釜にたっぷりとお湯を張り続ける。
 岩天上に空いた穴から月明かりが差し、いい具合に湯船を照らし出していた。
 透明な月明かりにシェゾの銀髪は美しく映える。
 彼は意外に長湯な所があるが、食事の支度をしてくれているドラコが居るので今日は早々に上がる事とした。
 ここらへん、割と細かいところのある男である。
「上がった…」
 シェゾが楽な服装に着替えて居間に戻ると、丁度ドラコが料理をテーブルに並べている最中だった。
「あ、こっちももう少しだよ。割と上手く出来たと思うかな?」
 見ると、先程のメインディッシュとなるいさきの塩釜焼きが実に香ばしい香りで湯気を立てており、サフランライスも綺麗な色で出来上がっていた。アクセントのグリーンピースはあまり美味くないので好まないが、こうして絵的に見る分には美しい。
「上手じゃないか」
「そう?」
 ドラコが嬉しそうに言う。下手な褒め言葉は好かない嫌いがあるが、自然な言葉はとても素直に喜ぶのだ。
「さ、食べよ」
 ドラコはにっこりと笑った。
「…ああ」
 しばらくの間、主に料理に関しての感想を交えつつ、何の事もない雑談を交えつつ料理を二人と一匹は楽しんだ。
「ごちそうさん」
「お粗末さま」
 シェゾはコーヒーをすすりつつふう、と息を付く。
「お前、料理いけるのな」
「いやぁ、そんな改めて言われると嬉しいじゃない」
 ドラコは頭を掻きつつ照れる。
「……」
 ふと、ドラコがシェゾを真面目な顔で見つめる。
「ん?」
 シェゾも何とは無しにドラコの瞳を見た。
 彼女の瞳はやや縦長の金目で、月明かりさす部屋の下ではなかなかミステリアスにそれを輝かせていた。
 綺麗なものだ…。
 シェゾとしては別段意識していた訳ではないが、ドラコは何となく彼の瞳が何と思っているかを感じる。
「…や、やだなぁ。なんでそんな見つめるのさ?」
「お前が先だろ」
「そー…だけど…」
 わずかな時の停滞。
 気まずい静けさではなかったが、ドラコはやはりこういう静けさにはまだ馴染めない。
 ふぅ、とドラコは息を吐く。
 そして。
「…ふふっ」
 目を瞑ったままくすぐったそうに笑う。
「?」
「ふふ…ごめん。なんか、なんか…さぁ…ふふふっ…」
 この空気、成る程、確かに悪いものじゃない、と彼女は思い始めていた。
 
 
 
 

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