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魔導物語 Dragon Heart 最終話



  羽としっぽ
 
 何やら隣で一人、くすくすと笑うドラコ。
 シェゾはそんな彼女をはて? と言う顔で見つつも、その仕草に普段からはそうそう感じられない魅力を意識した。
「……」
 ドラコは思い出すべきだった。
 彼は所謂悪人ではない筈だが、決していい人とも言い切れない存在なのだと。
「ひゃっ!」
 ドラコが正直、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
 そしてそのまま動けない。
「…シェ…シェゾ…?」
 シェゾ。
 彼の手が、ドラコの脇の下に回っていた。
「力を抜け」
「……」
 目をぱちくりする暇もない。ドラコは思わず言う通りにしてしまう。
「いい子だ」
 シェゾはそのままドラコをゆっくりと、しかし抗えぬ力でぐい、と引き寄せる。
「あ」
 ドラコは突然のハプニングに脳内でパニックを起こしつつも、体は逆に麻痺したように動かせなかった。
「こう言うときは、目を瞑るもんだろ?」
「こ、こう言うって…?」
 申し訳程度の抵抗。
「ほれ」
 だがそれも、答ですらないその一言に一蹴される。
 自分の意志を無視して、彼女はゆっくりと、金色の瞳を瞼に隠した。
 シェゾの腕がくい、と動く。
 連動して、ドラコの体がぴくり、と動いた。
「ぅ…ん…」
 瞼の裏は真っ黒の筈なのに、その瞬間、ぱぁっと銀色の太陽が現れて消えた。イメージの筈なのに残像が眩しく残る。
 唇にも、熱いくらいのその感触と、背筋を震わせる様な喩え様のない感覚が突き抜け、そして容赦なく背筋を往復する。
 体が思わず震え、その未知の感覚は涙腺をわずかだが弛ませる。
「……」
 だが自分でも理解出来ない事に、不思議な心地よさが遙かに全ての感情を上回る。
 わずかに残っていた肩の緊張すら皆無となり、その体は完全にシェゾに預けられた。
 シェゾは緊張のほぐれをわずかな唇の感覚から確認するとしっかりと両手でドラコを抱き、そっと唇をずらして深いキスにレベルをあげた。
 ドラコの深い呼吸が唇と胸の動きで伝わる。
 一分程度だっただろうか。
 シェゾは唇をそっと離す。
「ん…」
 ドラコには、そのキスがまるで一時間にも二時間にも感じられていた。
 そっと瞳を開く。
 目の前には、シェゾの青い瞳があった。
「…えっちなことした…」
 なぜか、その程度の言葉しか言えなかった。
 色々言いたいことがありそうなものだが、ドラコはゆっくりと息を吸ってからそのままシェゾの肩に頭を預けた。
 そしてようやく力の入った両腕でシェゾを抱きしめる。
「えっち…」
 ドラコはそう言いつつシェゾをぎゅっと抱きしめ、そのまま器用に体を動かしてシェゾの膝の上に乗っかった。
 シェゾはそんなドラコを見てふと思う事があり、どこか自戒する様な感じでふっと笑った。
「…今、なんか考えてた」
 ドラコが敏感にシェゾの感覚を読みとる。
 顔も見ていないのに大したものだ。
「逆に、こうしているとよーくわかるんだよ…。今、それ、分かった…」
 これまた敏感にそれを感じ取ってドラコが答える。
「で、何を考えてた?」
「…誰かと、行動を比べていたでしょ? だれかより積極的とか。この色男…」
「……」
 シェゾはしょっちゅう言わなければいい事を言う自分を呪うが、どうやらそれはカルマの如く憑いて回るものらしい。
 くすくす、と笑ってドラコが顔を上げる。
 シェゾの青い瞳の前にドラコの金の瞳がある。
 お互いの瞳に、お互いの顔が写っていた。
「ねぇ? あたし、イヤじゃないよ。それに、いい加減な気持ちじゃ、ない…」
 ドラコが自分から唇をそっと重ねた。
「…あ、ん…」
 シェゾはその引き締まった腰に手を回し、唇の密着を強める。
 甘噛みする様にドラコの唇を唇で挟み、そのまま舌で唇をなぞった。
 ドラコは不意に、自分の口の中に初めての異物感を覚える。
 だが不思議と嫌悪感は無く、ただその未知の感触にとまどった。
「ん…」
 それは数秒とせず別の感覚に変わり、脳の中がぼうっと光に包まれた様な感覚に支配される。
 ドラコは体の芯から何かが来るのを感じた。
 体は来て欲しいといっている。だが、心のどこかで怖いと感じている。
 自分の体なのに言う事を聞かない。
 唇すら言う事を聞かずシェゾに弄ばれていると言うのに、体までもが自分の意志を無視し始めている現実。
 ドラコはいっそどうにかなってしまいたかった。
「…シェゾ…」
 振り絞るような声。
「たす、けて…どうにか、して…」
 それが、ドラコが自分でいったと覚えている最後の声だった。
 
 一晩がまるで一瞬のようだった。
 朝日を頬に受けているのを感じて、ドラコは目を覚ました。
「…ん…ふぁ…ぁ…」
 妙に心地よい疲労感がある。目覚めた直後としては初めての感覚。
 あたし…。
 ドラコは寝ぼけた頭で何かを思い出そうとしていた。
 だが、何を思い出せばいいのかすら考えられない。
「…なんだっけ?」
 どうでもいいか、とドラコは頭の下の枕を抱きかかえた。
「ん…?」
 そこで初めて違和感を覚えた。
 この枕は自分の枕じゃない。
 こんな堅くない。
 同時に、ドラコの脳裏には沸き出す様にして記憶が蘇り始めていた。
「…!」
 ドラコは息を呑む。
「あたし…」
 と、部屋のドアが開いた。
「起きたか?」
 ラフな格好で現れたシェゾ。
「シェゾ…」
 体を起こしかけて、自分が何も付けていないと気付く。
 慌ててシーツを纏い、寝ころんだままシェゾを見る。
 その顔を見ると、首筋になにか小さなあざっぽい赤いものがいくつもあった。
「あ…」
 ドラコは同じものを知っている。
 ブラックに、巫山戯て同じものを肩に付けられた事があるのだ。
 キスマークを。
「起きるか?」
「うん…」
「風呂入るか?」
「あ、あの…着るもの…」
 シェゾはベッドの側にあるクロゼットを指さす。
 そこにあるもの適当に着ろ、と言う事らしい。
「…うん」
「飯作る」
 そう言ってシェゾは部屋を出た。
 ドラコはベッドから起きあがってクローゼットを開けた。
「…うーん」
 そこには、数は少ないが女物の服。
 何故彼の家に女物があるか。
 これはもはや聞くまでもない。
 サイズの合いそうなものを物色しつつ、ドラコは考える。
 
 こういうのって、こういう関係って、きっといい事じゃないよね…。
 
 だが、どうにも後戻りなど出来そうにない。
 昨夜のあの心地よい空気、会話、時折見せる彼のかすかな笑み。
 それは媚薬の如く彼女を引き寄せ、あっけなく中毒に陥らせていた。
 自分の心がそれを分かっている。
 いや、自分の体がそれを分かっている。
 ドラコは、自分の胸元のキスマークを見て思う。
 それは、まるでその事実を確認するかの様にくっきりと浮き出ていた。
「…子供出来たら、羽とかしっぽって生えるのかな?」
 ドラコは一瞬すごい事を想像してしまい、慌てて頭を振ると服の物色を再開した。
 
 太陽はもう遙か空の上。
 遅めの朝食が始まるのは、それから少し後の事だった。
 
 
 Dragon Heart 完
 

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