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魔導物語 陰陽 プロローグ
 
 
 

 プロローグ
 
 闇の魔導士が闇の魔導士と呼ばれる様になったのは、実はそう昔の話ではない。
 今の世の中でこそ、その名は表立った場所では悪の代名詞、この世の闇の部分とでも言いたげな説明で語られてこそいるが、そもそもその表だった場所自体が実に狭い。
 一般の人々の間でも、そしてそういう知識に長けていそうな著名な大学院のご教授達面々ですら、実際はその名を知らない、いや、本気に捕らえない輩ばかりである。
 
 『闇の魔導士』とは、一般の人の知識でまとめると、おとぎ話に出てくる様な、高笑いで空に浮きながらお姫様をさらって行く『わるもの』扱いなのだ。
 その真実性は、同じく実在するにも関わらず遥かに認知され、存在を否定されてはいない某光の勇者とは比べ物にならない程あやふやでいい加減だ。
 事実、辺境にして洗練された魔導士輩出の匠と噂される、この地の魔導学校の図書館をもってしても、その史書に闇の魔導士の明記は数える程度しか無い。
 
 『そこ』に居るにもかかわらず、闇の魔導士はその名の通り歴史の闇の存在なのである。
 
 そんなおとぎ話の『わるもの』が今、街の中の喫茶店で駄弁っていた。
「まったく、面倒な…」
「そう言うな。今回の報酬は成功すれば充分働きに見合ったものとなり、しかもお前の心情的には実に清々しいものとなるのだぞ」
 使い込まれ、ニスが琥珀色に輝く木製の椅子にどっかりと腰を降ろす男が唄う様に言う。
 二本の角も雄々しい魔界の雄、サタンはシェゾに語っていた。
「お前は?」
「私も当然気持ちがいい! そういう気持ちは大好きだ。だからこそ、確実にしたい。その為にお前をこうして臨時スカウトしに来たのだ。有り難く思え」
「…今一、気乗りしねぇんだよな…」
 闇の魔導士、シェゾ・ウィグィィは、カプチーノのシナモンスティックをくるくると回しながらぼやいた。
「それとも、貴様まさか明るい世界に日和ったか?」
「アホぬかせ」
「勿論そうだろうな。よし、詳しい話は城で伝えよう。さて、早速準備がある。私は行くから、明日には来いよ」
 そういうと、彼は冷めてしまったレモングラスティーには目もくれず、席を立ったと思ったが早いか、『消え』去った。
 残るは、ついに口も付けずに取り残された、哀れな冷めたハーブティーのみ。
 店内で消えたと言うのに、誰も不思議がる者は居ない。
 それくらい自然に消えたサタンだった。
「……」
 サタンにとっては何気ない動作だが、シェゾは正直その消失にいつもながら感心する。
 彼とても、これだけの人目の中で誰にも気付かれずに、いや、気付いたと思わせずに転移を行うのは難しい芸当なのだ。
 感心したから、と言う訳でも無いが、シェゾは今回の依頼、受ける事にした。
 ついでに、そっちから誘っておいて押しつけた茶の勘定もしっかりいただく事にする。
「カプチーノお代わり」
 シェゾは飲むタイミングを逃し、同じく冷めてしまったコーヒーのお代わりを注文し、とりあえず落ち着く事とする。
 空は晴れ、今日も明日も太陽は顔を出し、新しい空気と未来を運ぶ。
 だが、何故に人の世は陰も陽も同じ事を繰り返すのか。
 シェゾは、他人事とも自分の事ともとれない表情で喫茶店の天井をしばらくぼーっと仰いでいた。
 だから、目の前にこれが座るまで気がつかなかった。
「すいませーん。ボク、キャラメルティー」
「ぐー」
「うん、えーと、あと、ホットミルクをバケツで一杯。で、板チョコ二十枚くらい溶かしてくださーい。つまり最終的にはホットチョコね」
「は!? はぁ…あ、承知しました」
 ウェイトレスは一瞬その人外なオーダーにとまどうが、黄色いウサギを見てああ、と思い出した様に納得して厨房に引っ込む。
「……」
 受け入れられたオーダーを聞いて、天井を見たままで脱力する彼。
「よかったねーカーくん。お店によっては、断られちゃうもんね」
「…普通、断るだろ…」
 思わず呟く。
「そう? ここのお店って大体OKだよ。この前なんか、中華鍋くらいの大きさのどんぶりに山盛りのカレーも出してくれたし。ちゃんとラッキョウもどんぶり一杯分乗ってたの。だからさ、ここはボクとカーくんの一番の行きつけのお店なんだよ」
「ここ、そんな特殊な店だったのか…」
 もやは、彼女が突然湧いても驚くには値しないと悟っているのか、シェゾは全く普通に会話を続けた。
 一つ改めて思い知ったと言えば、割と彼にとっても通いのこの店が、意外に非常識だったと言うことくらいであろうか。
 
 類は友を…と言ったら彼は否定するだろう。
 
「で、シェゾって誰とお茶していたの?」
 アルルが、今自分の前にあるティーカップを見て質問する。
「誰でもいいだろ」
「やだ」
「…サタンだ」
 彼女の『やだ』は不思議な説得力がある。シェゾはぼそりと答えた自分を笑う。
「サタン? なんで? いつもなら犬猿の仲なのに」
「オトナなんでな」
「ん?」
 小鳥の様に首を傾げるアルル。
「…お、お待たせ…しました」
 そこへ、トレーではなく台車にキャラメルティーとバケツを乗せたウエイトレスがやって来る。
「あ、どうもー」
 テーブルの上にバケツと言うのは当然ながら躊躇われたので、テーブルの下にカーバンクルと一緒にそれをセットする。
 あとはカーバンクルの自由だ。
 二人がテーブルの上で茶を飲む間、その下ではぱちゃぱちゃと何をしているのか想像できない音が静かに響いていた。
「で、何のお仕事?」
「決めつけるな」
「サタンと組むなんてお仕事以外無いじゃない。何かやるんでしょ? あ、でも悪い事しちゃダメだからね」
「……」
 尚更彼は仕事内容を言う事は出来なかった。
 言える訳がない。

 『ヒーロー』を倒しに行くなどとは。

 
 

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