魔導物語 IZA-SENJOU-E! プロローグ プロローグ 午後5時22分 草原 雨上がりの空、夕方の空だった。 そんな空は割と好きだ。 雨自体はさほど好きじゃない。しかし、雨が降ったその後は割と好きだ。それは嫌なものを洗い流し、すべてをゼロに戻す。 そんな気がする。 そう、さっきまで服にこびりついていた血も、土も、すべてを洗い流してくれる。 そんな気がするから。 柄にもなく思う事がある。 黄金色の空ってのはこんなふうなのだろうか、と。 「シェゾ」 その声はラグナス。 金の鎧をそこらの貧相な鎧に替え、顔にも不恰好なペイントを施している。 雨に濡れた鈍重な鎧は、更に重そうに鈍く、鉛色に輝いていた。 一見どこにでも居る一般兵だが、その手の剣だけは、彼が雑兵ではない、と一目で分かる輝きを放っていた。 そして、その声の先に立っていたのは、目だけを出して全身を薄汚れたローブに包んだ男が一人。 シェゾと呼ばれた男は、うっとおしそうにばさりとローブを投げ捨てた。 一瞬、色が爆発したみたいにラグナスの視線を埋める。 味も素っ気もない麻色のローブの下から現れたのは、輝くような銀の髪と、黒いだけなのに何色よりも鮮やかな服。夜の空を連想させる蒼い瞳と、透き通りそうな肌だった。 「…暑苦しい」 シェゾは一言発すると、雨と汗で蒸れた髪を無造作に掻き揚げた 濡れた髪は肌に吸い付き、細やかな雨露は薄い唇を微かに赤く彩る。 ラグナスは、その気も無いのに妙な色気を感じた。 「どうやら終わったな。シェゾ、ご苦労さん」 「…くたびれ儲けってのはこの事だな」 二人は、周囲を一望できる高い丘の上に立っていた。 シェゾは辺りを見回す。人が米粒ほども無い大きさであちこちに倒れている。 気が付いたある者は一目散に逃げ出したり。またある者は親しい仲間を叩き起こして一緒に逃げたりと様々だ。 彼らは、大きく二つの道に向かって逃げ出していた。蜘蛛の子を散らすと言う表現がこれほど似合う現場も無いだろう。 「だが、よくやってくれたよ。これでこの辺りは、暫くは大丈夫だろう」 ラグナスは、叩けばへこみそうな安っぽい鎧を脱ぎ捨てる。 体に触れているのも嫌だったのか、その不恰好な鎧を蹴って坂を転げさせた。 「そこらに捨てるのか?」 シェゾは一応つっこむ。 「着ている時からもう錆びてるんだぜ。ただの鉄屑以下だ。そのうち朽ち果てるさ」 そういう所は意外と情けの無いラグナス。 戦士であるだけに、劣った装備に対しては厳しいのだ。 二人はその後、双方の兵が完全に撤退したのを確認してから。やっと任務が完了した事を認識した。 時は既に夜半だ。 「ラグナス。今夜の酒ぐらいは、おごりだろうな?」 「喜んで。俺も腹が減って死にそうだ」 二人は、ベタベタな言葉で飾るとするならば盟友、と言う感じで肩を並べ、その丘を後にした。 草原には、やっと静寂が戻る。 後に残された、主を失いし武器や防具が寂しげに月明かりに映えていた。 この草原は、後に一部からこう呼ばれる事になる。『魔の棲む草原』、と。 |