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魔導物語 The Harvest home エピローグ



  エピローグ
 
 今年もその収穫祭は盛大に行われていた。
 豊かな実りに感謝し、人々は唄い、踊り、そして食べ、飲む。
 雑然とした人々の中に、ルーンも混じってボジョレーワインを楽しんでいた。
 そんなルーンを遠目に見つめる女性がいる。
 アーナルだ。
 彼女はあの後、ルーンから一通りの事の顛末を改めて聞いた。
 アーナルの兄、エグセルは、支部の改造後に、更に天界の神によって改造を受けたのだという。
 それは、神にとっても厄介者である闇の魔導士を倒す為。
 直接手を出すのは魔界との規約で禁じられている事になっている為、それを利用したのだ、と。
 聞くと、今なら解ると思うが神とて人が思う様な存在では無いので、色々自分の存在は行動の邪魔になるのだと言う。しかもそれはあくまでも天界側の都合なので魔界にとっても何かしらリスクが発生する。
 神の手も、悪魔の手も離れた世界における『闇』の存在はそれだけ微妙だから、と。
 あの土煙の中、アーナルはサタンと言う名を聞いた。
 それが文献における『堕天使サタン』かどうかを彼女が知る由はない。
 だが、お陰で本来の目的は果たせた。
 兄があそこまで暴走した訳も分かった。
 全てを丸ごと信じるにはまだ時間がかかるだろうが、胸のわだかまりは残っていない。
 ルーンは教会には神云々は言わない方がいい、と言った。
 そしてアーナルもそれは素直にそう思う。
 自分達が崇拝する神が、よりによって教会の破壊もいとわない行動を取るなど、少なくとも教会の人間は信じようとしないだろう。
 結果、教会には単純に暴走した似非光の勇者が倒されたという結末だけが残る。
 アーンはそれを聞いた直後、安堵の笑みを浮かべて息を引き取った。
 スラーインが暫定的ながら司祭を受け継ぐ事となり、ルーンとの契約を果たした後に彼らの関係は終わった。
 ルーンは意外な事にアーンの死を表情に出して悲しみ、花を手向けてから教会を去る。
 フリュムはそれをたいそう喜んでルーンを最後まで見送った。
 
 そして、時は収穫祭へ移る。
「おや、どうしました」
 ルーンの座るテーブルの前、アーナルが軽く会釈して座る。
「…旅に、出る事にした」
 その声、顔に今までの余裕のない刺々しさは無い。
「テンプルナイトの職を捨ててまでですか?」
「…私には、解らなくなったから…。神も、悪魔も…」
「解る人なんて、誰もいませんよ」
 そんな身も蓋もない応えにもアーナルはくすりと笑う。
「…教えて。何故、あなたはアーン司祭の死を悲しんだの?」
 ルーンはちらりとその瞳を見ると、くい、とワインを飲んで呟いた。
「ま、教えてもいいでしょう」
「それは嬉しいわ」
「七十と数年前、この周辺で魔物が暴れ回っていた事がありました」
「…ああ、教会の文献にもあるわ。酷い事件だったらしいわね」
「あれも、私を滅ぼそうと神様が仕掛けたんですよ」
「…!」
 アーナルは目を丸くする。
「その時、たまたまなんですが助けた子がいるんです。それが、アーンです」
「アーン司祭を!?」
「だから、つい気になりましてね」
 アーナルは改めてこの男が闇の魔導士なのだと認識する。
 一体、この男はどれだけの時を生きているのだろう? と。
「色々解らなくなったけど…。結局あなたが一番解らないわ」
 アーナルは席を立ち、縁があったら、と言い残して去る。
 そしてその時、闇の剣もぼそりと呟いてた。
『我もわからん。
 と。
 ルーンはアーナルの背中を見送り、それが消えると舞台の上のダンスに目を移す。
 今年の収穫祭はいつにも増してにぎやかだった。
 
 秋の空は平等に恵みをもたらす。
 それは万物が生きている証。
 世界のありとあらゆるものがそこに存在する証。
 それに干渉する事は許されない。
 神も、悪魔も。
 そう言う意味では、彼はある意味『楔』なのかも知れない。
 人からの評価がどうあれ。
 闇の魔導士としての行動がどうあれ。
 
 ルーンは、そんな世界が全てをひっくるめて好きだった。
 
 大地も。
 
 空も。
 
 一応、人間も。
 
 
  The Harvest home 完
 

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