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魔導物語 The Harvest home Prologue
 
 
 
 Prologue
 
 時は四世紀程も過去に遡る。
 
 その都市の中央に位置する市民広場には、一週間後の祭に備えた大舞台の骨組みが組まれ始めていた。
 他にも周囲では早々と香ばしい匂いを振りまいている露店や、祭の見物人目当ての大道芸人達が集まり、既に街の人を相手に商売を始めている。
 
 広場は既にお祭り状態だった。
 
 周囲を低木や観葉植物のオブジェ、ベンチで囲われた楕円形の広場の中央に立つ骨組みは見るからに巨大で、この枠組みを更に大きなデコレーションで飾り付けるのかと考えると、それだけで祭の規模の大きさ、盛大さは容易に想像が出来る。
 これだけ大きな舞台を組んで尚、広大な面積を持つその広場。
 そこは、正しく街のシンボルに相応しかったし、事実この街は広場に相当な力を入れて建設し、改造を重ねていた。
 骨組みの上には、初老らしいが筋骨隆々で、白髪の交じった髭だらけの熊みたいな頭領が何の補助器具も無しに二の足のみで立っている。
 組み立て作業の真っ最中らしく、木槌の音と下の見習い大工を怒鳴りつける威勢の良い大声が時折聞こえた。
 そこから見える街の風景は、街自体が全体的に綺麗な作りなのも手伝い、ちょっとした光景であった。
 街はずれの高台から見る都市の全貌は、隠れた名所と言われる程だ。
 そして、その景色を広場の中心、このやぐらの上から見る事が出来るのは、言わばその大舞台を組む大工達の隠れた特権と言えた。
 広場から放射状に延びる幾つかの通りは広場に近い程広く、そして店が多い。少し離れるといきなり道は狭くなり、枝分かれを始め、雑踏に相応しい呼び名で分岐する。
 その先にあるのは主に住宅街だ。
 街のあちこちには背の高い木々や街路樹の並びもある。
 人工だが、涼しげな湖も見える。
 そして、教会や墓地、学舎と言った施設も。
 郊外へ続く特に大きい三本の広い石畳の道。
 そこでは、馬車がせわしなく通りを行き来しながら荷物や人を運びつつ、時折休ませろ、と言わんばかりに嘶いている。
 広い通りに面するカフェのテント下では茶を楽しんでいる紳士淑女が、どうでもいい会話に花を咲かせていた。
 そんなカフェの間を、太ったちょび髭のパティシエが大籠いっぱいの焼きたてバゲットとスコーン、マフィンを持ってお得意先の厨房へ消え、少し量を減らしては再び別の店へ同じように消えては現れて、を繰り返す。
 見習いにお使いをさせられないのは、最近太りすぎている事をワイフに怒られ、ダイエットさせられている最中だかららしい。
 ある喫茶店のショーケースに、たった今届いた作りたてのスコーンが並んだ。
 早速、なじみの常連客がティーと一緒に注文する。
 一口食べ、相変わらずいい味だ、と客は賞賛を送った。
 主人は、仕入れ先がいいのと、今年の麦も出来がいいからだ、と笑う。
 
 季節は実りの秋。収穫祭を迎えようとしていた。
 
 広場の一角。
「この街の収穫祭は何度見てもいいものですね。なんと言うかこう、年甲斐もなくわくわくしてしまいますよ」
『……。
「どうしました? ご機嫌斜めですか?」
 一見、独り言を言っているかの様な男が広場の隅に立っていた。
 男はきめ細やかなストレートの美しい銀髪で、腰まであるその長髪をそよ風にゆらりとなびかせている。
 そして涼しげな風貌とは対照的に、その瞳は琥珀の様に紅い。
 額にはシンプルながらも美しい造形をした、角の様な白金のサークレットを飾り付けていた。そしてその細身の体は、無駄の無い白いローブに包まれている。
 そこらの村人には見えないが、何故か警戒心も抱かせない不思議な風貌だった。
 風が舞い、ローブの内側をちらりと覗かせる。
 そこにあるのは、細身の彼にしては威圧的な雰囲気を感じさせる幅広の剣。
 済んだ湧き水が結晶化したかの様な、透明なクリスタルの刀身を持つそのツーハンデットソードの大剣。
 オブジェでもこんな鍔広の剣はそうそうあるまい。
 その名を、闇の剣と言う。
『ルーン…。お主、一体いつまでここに居るのだ?
 剣が、彼だけに聞こえる声で『語りかけた』。
 
 ルーン・ロード。
 
 歴代の闇の魔導士と並べても、ダントツで一番の変わり者と呼ばれる男。
 その名を、剣は呼んだ。
「ふふっ。明日死ぬやもしれぬ老人ではないのですから、もっと余裕を持ちましょう。無意味に過ごす時間も、これでけっこう楽しいものですよ」
『…だからと言って、もう三年もここに居るではないか。しかもルーンよ。お主、ここに来てからまともに『力』を使っていないぞ?
「ええ、そうですよ。だって、お解りでしょう? 二つの手と足があれば、人間のやる事など大抵事足りるのですからね」
『…主との付き合いも長くなるが、まったくつくづく変わった男だ。おそらく、主が誰かに我を譲る時が来たとしても、主ほどの偏屈には二度と会えまいな…。
「それは…どうでしょうねぇ?」
 ルーンは端正な顔でくすりと笑う。
 時折見せる無邪気で美しく、そしてどこか魅惑的な微笑み。
 この笑顔で何人の街娘を虜にしている事か。
 尚、この時の笑顔が後の世に出現するであろう、更に偏屈な闇の魔導士の出現を予言した笑いかどうかは不明である。
 そして、そんな笑顔が何かしらの形でその後継者に受け継がれる事も。
「さて、そろそろお腹が減りましたね。そうだ、『旅人の憩い亭』で、新麦と採れたてバージンオリーブ油で作ったフォカッチャを今日から出すと聞きました。あそこは味も雰囲気も一番のお気に入りですから、いやいや、楽しみですね〜」
 ルーンは子供の様にうきうきと歩き出す。その姿は、まるでグルメ好きの一般人だ。
『…まったくだな、神に刃を向ける者、『闇の魔導士』よ。
 闇の剣が皮肉っぽく言うも、ルーンは意に介さない。
 ルーンは行きつけの店で昼食と、上がり性のウェイトレスをからかう為に雑踏に紛れ、程なくして消えていった。
 
 これは、ルーン・ロードが闇の魔導士だった頃の、ある時期の話である。
 
 
 

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