top 第二話


魔導物語 errand devil 第一話



  ごちになります

「おいらを雇いなよ。な? な?」
「あ?」
 それが、そいつと初めて交わした言葉だった。
「おいらは役に立つぜ。お買い得だよ」
「……」
 とある冒険、と言う名のトレジャーハントを終えた帰り道。
 シェゾは人口六千人程の小さな街に立ち寄っていた。
 今回の冒険は色々非道い目に遭っていた事もあり、シェゾは現場から半月は移動を続け、ていた。
 そしてようやく久方ぶりに街らしい街にたどり着いた時、シェゾは心から胸をなで下ろす。
 その街の、メインストリートで立ち寄ったのは、年季の入った古ぼけたカフェ。
 ぱっと見でどこか目立たない店を選んでしまうのは、危険を避けようと言う一種の職業病だろうか。
 明る過ぎず、目立たず、適度に暗めの室内と時間を重ねた空気が心地よかった。
 飲み物を注文する。
 ウエイターと入れ替わりだった。
「おいらを雇いなよ」
 そこでシェゾは、一匹の猫型妖魔と出会った。
 二本足で器用に立つその妖魔は、簡素でややくたびれてはいるが、それなりの服装と帽子に身を包んでいた。
 一目見て単なる悪魔ではないと分かる気配が見て取れる。
 だが、その風貌自体はどこかの国の童話に出てくる二本足で立ち、ブーツを履き、そして帽子をかぶった猫の挿絵に似ている、ともシェゾは思った。
「何故俺を選ぶ」
 程なくして出されたカプチーノを飲みながら、さほど興味も無さげに問う。
「あんた、なんか人手が欲しそうだし、どうせ主にするなら強い人がいいからね」
 あっけらかんとした言い口。
 我を僕に、と言う割には対等な口調である。
「人間を主にか?」
「あんた、外見は人間だけど中身はそこらの悪魔なんかよりずっと上じゃん。ほらほら、おいらだってちゃんと力はあるよ」
 妖魔はそう言うと、両の手を天に掲げる。
 すると、やや黒ずんだ肉球から弾ける様に一筋の水が噴き出した。
「ほいっ。はっ」
 妖魔は得意げに水芸を披露する。
「…っと、どう?」
 少しの間の演目が終了し、妖魔は誇らしげに髭を撫でる。
 撫でた髭に水滴が付いていた。
 と、シェゾを見るといつの間にやら彼の髪からも水滴が滴り落ちている。
「わぁごめんっ!」
 妖魔は音もなくシェゾの膝に上り、懐から取り出したハンカチで髪や服に着いた水を拭く。
「ああ、ああ、りっぱなスクロールまで濡れちゃって」
 妖魔は懐に入れてあったスクロールを見つけ、許しも無しに抜き取ると拭きはじめた。
「それはいい」
 シェゾは無碍に取り返し、さっさと降りろ、と手で払う。
「あいよ」
 妖魔は素直に膝から降り、それから、と先程の話の続きを始める。
「あんたには、何より人以外の何かの力を感じるんだよね。そこに惚れたって言うのかな?」
 それなりの識別能力はあるらしい。
 つまり、それはこの妖魔がそれなりと言う証明にもなるだろう。
「…付いてこい」
「そうこなくちゃ!」
 実際、シェゾにしては珍しく、丁度人手の欲しい仕事があった。
 渡りに船、と言う訳ではないが、悪くない提案にシェゾは願いを聞く事とした。
 シェゾが店を出ようとしたその時。
「ご主人」
 妖魔が呼ぶ。
「俺はシェゾだ」
「じゃあなくってさ」
「ん?」
「主従の契りのお祝いにさ、お茶代おごってくんない?」
 妖魔が、遠慮がちに向こうのテーブルを指さす。
「……」
 先程までこの妖魔が座っていたらしきテーブルを見ると、食い散らかしたランチ、飲み物の残骸がこれでもかと山積みされている。
 更にその隣を見ると、青筋を立てた店主が妖魔の後頭部を睨み付けている。

 お前、飯代無いだけなのと違うか?

 シェゾは軽く目眩を覚えた。
 なし崩しで支払いを済ませ、二人は店を出る。
 赤鬼の様な顔だった主人が、金貨を見せた途端仏像みたいに温和な顔になったのが印象に残っていた。
 陽はまだ高く、少し肌寒くなってきた季節とはいえ、直射日光はまだ暑い。
 表の大通りに出て街を抜ける街道に向かおうとしたその時。
「ご主人、俺、ちょっと野暮用があるんだ」
「……」
「すぐ追いつくからさ、用事済ませて来てもいい? いい?」
「……」
 シェゾは返答をするのも馬鹿らしい気がしたため、ほんのわずかにいってこい、と手をひらひらさせ、顔を見ようともせず歩き出す。
「…いい?」
 シェゾはもう、そこに誰も居ないかのように歩き始める。
「あんがと。あんがとね。すぐ追いつくよー!」
 それを肯定と見た妖魔。
 声があっという間に遠くへ消えてゆく、と思ったら、大急ぎで戻ってくる。
「夜には雨だから、早々に街を出た方がいいよ。おいらのひげがそう言っている。そんじゃねー!」
 妖魔は再び走り出し、軽やかに跳ぶと屋根から屋根へと消えてしまった。
 シェゾは空を仰いで溜息を付いた。
「飯、たかられただけじゃねえか」
『…初めて見た。
 亜空間に仕舞われたままの闇の剣が呆れて呟く。
『魔物に飯をたかられる闇魔導士など、初めて見た…。
「……」
 その日、シェゾが次の言葉を発する機会はなかった。

 五日後。
 徒歩やら馬車やらでようやく自分の街に戻ったシェゾは、その足でウイッチの店に立ち寄る。
「あら、いらっしゃいませ」
 やや久しぶりに見る顔だ。
「よう」
 いつも通りの返答。
「何時帰っていらっしゃいましたの?」
「ついさっきだ」
「…どこかへお寄りになりまして?」
「ここが最初だ」
「うふふ…」
 それは、いつもの無垢な笑みとは違う含み笑い。
「なんだ?」
「勝った、とおもいまして」
「あ?」
「こちらの話ですわ」
 そう言うと、ウイッチはカウンターから出てきて、とことこと軽やかにシェゾの目の前まで迫る。
 そして、顔の真下できらきらと光る大きな瞳でにっこりと微笑む。
 そして。
「お帰りなさいませ。冒険はいかがでした?」
 ウイッチの、ひまわりのような笑みだった。
「ああ、まぁ収穫はあ」
「非道いぃーーっ!」
 言いかけた時、店の奥から聞き覚えがありすぎる声が響き、ずんずんとタイタンの様に大地を揺らす足音が響く。
「わたくしの勝ちですわ。当然ですけど」
 これ見よがしにシェゾの胸に頭をくっつけ、優越感たっぷりに言うウイッチ。
 その先には、実に分かり易く癇癪を起こしているアルルがいた。
「……」
 シェゾは訳が分からない、と黙る。
「なんでボクの家が一番じゃないわけ? お茶だってケーキだったあるのに! なんで最初が薬屋さんな訳!?」
 一人憤慨するアルル。
「…何やってんだお前ら」
 シェゾは大体理解する。
 自分が帰ってきたら、どちらの家に先に自分が寄るかを賭けていた、という所だろう。
 なにやっているんだかこいつらは…。
 シェゾは軽く溜息を付く。
「そろそろ帰って来られる時期でしたから、どちらの家にお寄りになるか、ベットしてみましたの」
 当たっているし…。
 正解出来た自分が逆に少々悲しい。
「昨日はボクの家にウイッチが来ていたから、昨日帰ってきてくれたら良かったのに…」
 そう言う問題じゃない。
 と言おうとしたが馬鹿らしいので無視する。
「ビジネス」
「あ、はいはい、どうぞ」
「無視したー!」
 だだをこねるアルルの相手もそこそこ、シェゾは必要な薬品、素材のメモを渡す。
「少々お待ちください。倉庫を見てきますわ」
 ウイッチは家の裏手の倉庫へ向かった。
「アルルさん、お茶をお出ししておいてください」
「あ、うん」
 あまりのキビキビとした動きと応対に、思わず素直にお茶の用意をしてしまうアルル。
「…ボク、バイトでもなんでもないのに…」
 ローズヒップに蜂蜜を沿え、シェゾの座るテーブルにカップを置いてからアルルは呟いた。
「まぁ、こういうのは好きだけど…」
 親の躾の賜物か、来訪者へのもてなしはデフォルトで脳に焼き付いているらしい。
「じゃ、いいだろ」
 未だぶつくさと何かを言いたげなアルルを制する。
「いいんだけど…ボクの家でおもてなししたかったの」
 対面に座ったアルルが拗ねながら呟く。
「なんでボクの家が先じゃないのさぁ?」
「何でと言われても困るんだが」
 言いつつ、シェゾは心地よい酸味の香るローズヒップに少し蜂蜜を垂らし、一口その味を楽しんだ。
 長旅の後である。
 疲れが無いとは言えず、今の体に酸味と甘みのある飲み物は有り難い。
 アルルも、意識せずそれを選んだのだろうか。
 普段はストレートを好むが、今はこの甘みが体に程よくリラックスをもたらす。
「美味しい?」
「ああ」
「……」
「何だ?」
「なんでもないよ」
 アルルは何故か顔のゆるみが収まらず、どうにもくすぐったかった。
 甘い香りさえ漂いそうなその空間。
 その世界に突如黒いシャッターが轟音と共に降りた。
「わぁっ!」
 目の前の視界の変貌にアルルが素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「あら御免あそばせ」
 顔を上げると、そこには涼しげ、かつ燃える様な瞳でアルルを正視するウイッチが居た。
「道具が揃いましたわ」
 ウイッチは妙にハキハキとした声でシェゾに品物の確認を求める。
 目の前には、巨大な麻袋が鎮座してシェゾへの視界を塞いでいた。
「……」
 アルルは何故か口を挟む事が出来ない。
「どれ」
 シェゾは一抱えもある袋の中を確かめ始める。
 中から出て来るのは、奇妙な形をした植物や加工を施した粘土の塊の様なもの。軽石の様に穴だらけのな岩石、火吹きトカゲの乾物等、少々気味が悪い点を除けば実に目を楽しませる材料が次々と姿を現す。
「いい物だな」
「当然ですわ」
 ウイッチが得意げに無い胸を張る。
「……」
 その時、シェゾの瞳が影を落とす。
「? 何かありました?」
 ウイッチもそれに習って表情を曇らせ、自分の仕事に何か不具合が? とシェゾに近付く。
「ウイッチ」
「あ、はい…」
「これも材料か?」
 シェゾは袋の中から、巨大な毛玉を摘み出した。
 
 
 
 

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