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魔導物語 どこにでもいっしょ 第一話
 
 
 
  第一話
 
 青空の下、元気な声が響く。
 男と女の声。
 が、男は怒鳴り、女は非難の大声を上げている。
 だが、そんな大声の応酬がまるで殺伐としないのは、それが憎しみによるものではないからだろう。
「…っつうか! 俺は遊びに来たんじゃねえって言っておいたぞ! 確実にっ!」
 彼のマントは優雅なラインも無惨に、妙に直線的になっていた。
 そんな妙なマントを着ている彼は誰でもない、シェゾ。
「でもー! こんなところにまで来て何にもなしってのはないよぉーっ!」
 アルルの体が重力に対して斜めになっている。作用点となっている両手にはぴん、と張り詰めたシェゾのマントの端がしっかりと握られている。
 それは、子供みたいに全身をバネにしてシェゾを引っ張っているアルルだった。両足が逞しく踏ん張られていた。
「マント放せ! 伸びる!」
「やだぁー! 遊ぶぅーっ!」
 とてもハイティーンとは思えない駄々のこね方をするアルル。
「一人で遊べ! カー公いるだろうがぁっ!」
「カーくん身長足りないからコースターに乗れないもん! そもそも、荷物は乗る前に預けないといけないんだもん!」
 荷物扱いのカーバンクル。
「知るかぁっ!」
 そんなこんなしているうちに、アルルは器用にマントを手繰り寄せて直接シェゾの背中にしがみ付いた。その姿は、言ってはなんだが糸に絡まった獲物を手繰り寄せる蜘蛛に似ていない事も無い。
「ぜっっったいに来て!」
 思いっきりしがみ付くので、意識しなくてもいい感触を背中に感じてしまう。
「…あ、あのなぁ、アルル…」
「それに、遊園地の乗り物って大抵は定員二名だよ? しかも、絶叫系ってこんな風にくっつくのも多いよ。ボクが知らない人に抱きついていいの?」
「……」
 ピクリ、とするシェゾ。
「真っ暗なところを通る、室内アトラクションライドとかもあるんだよ?」
「…………」
 ちょっとシェゾの踏ん張りが鈍った。
「ぜんっぜん知らない人なのに、その気になってボクが迫られたりしたら、いいの?」
「………………」
 もはや素立ちとなるシェゾ。
 アルルは勝利を確信した。
「だ・か・ら…ね?」
 ワザと顔を背中にくっつけ、さっきまでとは似ても似つかない猫なで声で背中越しにねだるアルル。やたらと体をくっつけているのは無意識だろうか。
「…分かった」
「やったあ!」
 アルルはぴょんぴょんとはしゃいだ。こういった喜び方は女の特権だ。
「……」
 シェゾは、男に生まれた自分を時として呪いたくなる時がある。
 主にこういう時。
 
 時間は十日前に遡る。
「アトラクション?」
「うん」
 アルルが俺を訪ねてきた。
「少し先の場所にね、出来たんだって。最新施設ばっかりだよ!」
 俺はアトラクションと言う言葉にはいい思い出がない。
「それって、まさか、あの牛が作ったとか言わないだろうな…」
「うん。牛」
 もはや名ですら呼ばれぬ魔王。
「……」
 シェゾは速やかにドアを閉めようとした。
「Just a moment!」
 アルルがカーバンクルをドアに挟み込んだ。もちを挟んだみたいにぐにゅ、と変形するカーバンクル。
「ぐ〜!」
 当然じたばたと暴れるカーバンクル。
「ドアが歪む…」
「まーまー聞いてよ。あのね、別に怪しいところじゃないからさ? 話をまずは聞いてみようよ? ね?」
「……」
 シェゾはドアを開けた。
「ぐう」
 挟まっていたカーバンクルがずるりと滑り落ち、シェゾはそれをキャッチする。
「…いいご主人だな」
「ぐ」
 カーバンクルの顔には、横一線に前と後ろで挟み痕がラインを作っていた。
 こういう時は女好きのカー公と言えども、流石にアルルよりシェゾにすがる。
 到底痛がっているとは思えない、いつも通りの顔ではあるが、一応憐れには思える。
「だいじょうぶ、痕なんてすぐ消えるよ」
 カーバンクル生態を知り尽くしているのか、平然としているアルル。
「そーいう問題か?」
 カーバンクルも、流石に非難の目(と思われる)をアルルに向けた。
 
 その前日。
 アルルの家のドアがノックされた。
「はーい」
 アルルはドアを開ける。
「ぃいやあーー! アルル! やっとかめだなも!」
 そこには、珍妙な言語で挨拶するサタンが立っていた。
「…どこの言語?」
「それはいいのだ。今日はな、これを見てほしくてやってきたのだ!」
 サタンは、懐からどうやって持っていたのか、折り目一つないA4ノビ見開きのチラシを差し出す。まだ色校段階らしく、トンボやCMYKもそのまま印刷されていた。
「…何? 『最新式アミューズメントがぐっちゃり! 夢と希望と愛のテーマパーク、サタンランド』?」
 …ネーミングセンスが…。まず、アルルはそう思った。
 チラシを読むアルルを見て、サタンは心底嬉しそうにしている。
「ふんふん…へー。…面白そうだけど、これが何?」
「ふふふ…じらしてはいけないなぁ。アルル」
「じらしてない」
 何が? と言う顔でサタンを見上げるアルル。
 幼げな瞳は、正面から見るだけで不思議な魅力を振りまく。
 サタンは、そんなアルルの顔に勝手にのぼせる。
「ふふふ…そうやって挑発してはいけないなぁ。そんな事しなくても、ちゃんと連れて行ってあげると言うのにふごー」
 闘牛みたいに鼻息を荒げているサタン。
「…恐いよキミ」
 そんな言葉も耳に入らないサタンは、更に懐からチケットを取り出した。
「これを見よ! スーパースペシャルフリーパスのプラチナチケットだ! 普通のフリーパスと違って、貸スケート靴からコースターで撮る写真までアトラクション絡みは全てがフリーとなるのだ! 食べ物や買うもの以外はほっとんどが自由に楽しめると言うごーぢゃすなチケットなのだあっ!!」
「ほうほう」
 豪気なチケットに感心するアルル。
「これがななななんと! 二枚あるのだ!」
「…その心は?」
 サタンはずい、と歩み寄る。
「ふふふ…そんなこと大人に言わせるものではないぞアルル? 可愛い奴め…」
「ボク、奴呼ばわりされる覚えはないよ」
 冷静に対処するアルル。
「そ、そうだな。済まぬ…反省します」
 今のサタンの媚びきった応対、小娘一人へのこのへつらい。
 魔界の識者が見たら多分泣いて悲しむだろう。
「で、でだな。この異世界の遊園地の技術をてんこ盛りで取り入れたこのサタンランドに、アルル、お前と一緒に…」
 アルルは、サタンの手にあったプラチナチケットをぴっと引き抜く。
 それをしげしげと見てから。
「ねえ、プラチナじゃなくてもいいからさ、もっとないの?」
「へ?」
「どうせならさ、皆で行こうよ。遊園地って言ったらやっぱり友達も誘って皆でわいわい言いながら遊ぶのが本当だよね?」
「み、皆とでごわすか…?」
「うん。それならボク、行ってもいいよ」
「……」
 サタンは脳内で葛藤した。
 二人っきりで色んな事を楽しみたいからこそ、苦労して異世界の人気遊園地まで偵察を出してその技術を盗み出し、やっとの思いで完成させたこのサタンランドである。
 今回の件に関しても、既に家臣一同からまた訳のわからない事を、と散々文句を言われている。家臣をなだめる為の苦労は並大抵ではなかった。
 なのに、他の雑魚がくっついて来たら、あんな事やこんな事が出来るチャンスが…。しかし、アルルが来ない事にはあんな事やこんな事どころか、そんな事も出来はしない。
 
 …むぅ。
 いや、待てよ。
 団体とは言っても行く先が遊園地となれば、結局は皆適当なペアを作って自由になってしまうもの。
 乗り物自体が大抵はペア向けなのだから、これは必然だ。
 と、言うかそういうのをこぞってチョイスしてあるのだからな。
 …うむ。
 そうだな、私の懐の大きさも見せられて、一石二鳥かもしれん。
 そして、もしも偶然に私とアルルの前に迷子なんかが現れたりしたら、私が颯爽と保護、速やかに保護者を発見する。そうすれば…もうアルルは私の頼りがいのある雄雄しい姿にムネキュン? ってな具合になって…。
 ぐふ、ぐふふふふぁふぁふぁ…。
 
 サタンの、筋肉の緩みきった表情にアルルは引いた。
「よーしわかったぁ! アルル! 私の迷子への優しさを見るがいい!」
「は?」
 会話内容がぶっ飛んでいるサタンだった。
「まあ、とにかくそのプラチナチケットは渡しておこう」
 サタンは妙に満足そうな顔で言う。
「もう一枚は?」
「ん? それは勿論私が持っている」
 サタンは、ぴっともう一枚のプラチナチケットを取り出す。
「これは、ここの突起を見れば分かるように、このチケット自体がペアになっている」
 そのチケットはただの紙ではなく、適当な厚みと切り口によってチケット同士がぴったりくっつくように細工されていた。
「つまり、このチケットを持つ者は特別、と言う事だ。運命的だよなぁ…」
 一人悦に入るサタン。
 と、アルルはそのチケットも素早く抜き取ってしまう。
「へ?」
「他のチケットもちょうだい」
 ね? と猫の様な瞳でおねだりするアルル。
「あ、ああ」
 そんな顔をされては出さない訳にはいかない。
 サタンは、ポケットからフリーパスチケットを何枚か取り出して、アルルに渡した。
「うん。じゃあさ、ボクが皆に言ってチケット渡してあげる。日にちはこっちで決めていいでしょ?」
「わかった…。あの、それで、私のプラ…」
「サタンにもその日に渡してあげる。ボクが渡してあげるんじゃイヤ?」
「そ…そそそ、そんな事はないぞ! そうか、アルルがその日まで大事に私の為に保管して大切に仕舞っておいてくれると言うのだな? うむ! 私は非常に嬉しい! 楽しみにしているぞ! ところで、これから玉露でも…」
「そんじゃまたねー」
 ドアが一部の隙もなく速やかに閉まる。
「あうぅ…。愛しいけれども憎いお方…」
 サタンはドアをカリカリして、暫く悶絶していた。
 その姿も、やっぱり家臣が見た日には涙に咽ぶであろう情けなき姿であった。
 
 
 

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