魔導物語 小説『ついでの冒険』

エピローグ




「…ほんとに、ほんとに、ボク、赤点じゃないの? 落第しない? アレの后になんかならなくていいの? 貰ってくれる?」
 アルルはシェゾにすがりつくようにして確認する。
 気がついた時、そこは宿だった。
 まさか、失敗した!?
 アルルは青ざめ、ちょうど戻ってきたたシェゾにつかみかかって、何があったかを問い詰める。
「だから、お前が相手にしていたのはあまりにも悪すぎる奴だったんだよ。奴には俺から言っておく。お前はそれがなきゃ間違いなく課題を終了出来ていた。俺が保証する。それと貰うってなんだ貰うって」
「シェゾぉ…ありがとおおぉぉ…」
 アルルはシェゾに抱きついて大泣きし続けた。
「そんなに必死だったなら、普段もうちょっと気張れ」
「…努力する」
 アルルははい、と頷いた。
「飯、食いに行くか? ちょっと腹が減った」
「うん! 食べる! ボク、またクロルハムライク食べたいなぁ!」
 一瞬でアルルはいつもの笑顔に戻る。
 切り替えの早い奴だ、とシェゾは笑った。
「…そう言えば、お前、運がいいな。今日は下のレストランに、新鮮なそれが入荷したてだそうだ」
「わぁっ! 新鮮なお肉だぁ! シェゾ! 早く行こうよ! もしかして元を見られるかなぁ? ほら、グルメレポーターがよくやるみたいな感じで!」
「見たいなら、な」
「わーい! 見たい見たい! 行こう行こう!」
 その後、レストランに入ったシェゾとアルルは、コックに今日入荷したクロルハムライクを見たい、と問う。
 コックは気前よく頷き、席に着いていた二人の前に巨大な蓋付きの皿を差し出した。
「わぁ?! この中にクロルハムライクのお肉があるんだぁ!」
「お肉?」
 コックがああ、と頷いて微笑みつつ、蓋を開いた。
「わぁ??………あ……あ…?」
 アルルは凍り付く。
 そこにいたのは、肉の固まりでも厚切りのハムでもない。
 冬瓜のように太い、赤茶色の芋虫。
「我が町自慢の特産品、クロルを輪切りにして炙ると、そりゃもう美味しいんだよ!」
「……」
アルルは固まったままだ。
「…クロル…?」
「クロルってのは方言でな、いわゆるクローラー(crawler)の事だ」
 シェゾが解説する。
「クローラー…芋…虫…。いも…む…し…」
「方言でクロル。そしてこいつがハムみたいな食感だから、ハムライク」
「…crawlで…ham、like(それっぽい)…」
「crawl ham like、だ」
「…あう」
 アルルは気を失った。

「大変だったわね」
 ウイッシュがくすくすと笑う。
「笑い事じゃない。あの後アルルの奴、街に帰るまでずっとぶつぶつ、何やら呟きっぱなしだった。ちょっと怖かったぞ」
「ふふ。あなたもそこで種明かししなくてもいいのに」
「知りたいって言ったから教えただけだ」
「意地悪ね」
「それより、どうだ」
 シェゾが問う。
「…ええ、完全に、消えたわ。四カ所で計測して、完全を確認した。もう、魔導器は無い。万が一地中深くにあったとしても、元となる精神体は完全に消滅している。…本当に、ありがとう」
 あの後、魔女達を派遣して独自の方法で残留思念、魔導力、他力場となる波動を調べたが、自然界にあるマナ反応、時折現れる幽体系モンスターを覗き、今回の事件に関わる反応は無かった。事件はこれにて解決とされる。
 ウイッシュはシェゾの手を両手で強く握り、おでこを擦りつけるようにして深く頭を垂れた。
「報酬は用意してあるわ。それとは別におもてなしします。今夜は泊まっていって」
「飯か?」
「そっちも食べて貰うけどね」
 ウイッシュが微笑む。
「そっちも?」
 ウイッシュは艶のある微笑みをたたえたまま、その問いには答えなかった。

 翌日。
「成る程な、あそこはそう言えばそんなところだったか」
 街の喫茶店。
 店の外のテラス。
 シェゾの前には立派な角を生やしてサングラスをかけた完璧な変装、をしたつもりのサタンが座っていた。
「お前、仮にも生徒をあんな危険な所に行かせるんじゃねぇよ」
「別にアルルが危険な目に遭うとは思ってなかったが?」
 クリームたっぷりのコーヒーを飲みながらサタンが返す。
「いいかげ…」
 言いかけ、シェゾははっとする。
「お前、やっぱり知ってたのか?」
 シェゾは体をずい、と寄せて問う。
「さぁな。私はとにかく一校長として生徒の指導をしただけだ。ああ、今回の件は、きちんと行動さえすれば魔導器など持ち帰らなくても合格させる気だった」
「…このやろ」
「シェゾ、私からも礼を言うぞ。あの時、阿呆な真似をした魔族の後始末をしてくれたのだからな」
「…気にいらねぇ。俺、いいように動かされていただけかよ」
「そんなことはない。お前は元からああいった危険なことには自分から首を突っ込むタイプだろう?」
 サタンはにやりとして、そうだろう? とシェゾの顔をのぞき込む。
「……」
 シェゾはそっぽをむいてコーヒーを流し込んだ。
「お前にとっては、今回の件程度の事など、ついでの冒険に過ぎない。そうだろう? 闇の魔導士」
「…いつかお前の力も無に帰してやる」
 余裕たっぷりの物言いにシェゾが恨み言を言う。
「それもいっそ気持ちいいかも知れんな。期待しているぞ。では、午後の授業が始まる前に一応は学園に戻らねばならん。またな」
 サタンはひらひらと手を振って外へ出て行った。
「……」
 シェゾは残りのコーヒーを飲み込んで溜息をつく。
 顔を上げると、快晴の空に鳥が飛んでいた。
 白く薄い雲は自由気ままにゆったりと流れ、明日もおそらく快晴であろう事を告げている。
 何となく、手を太陽にかざしてみる。
 命が流れていた。
 誰にも、どんな生き物にも流れているのは命、そして生きてきた証となる記憶と思い出だ。
 消えたそれは、どこに行くのかね。
 そう考えてから何となく可笑しくなり、シェゾは小さく笑って席を立った。
 そして、ふと机の上に残っている紙切れを見つける。
「……」
 シェゾはそれを手に取り、そして呟く。
「だから、こういう時は払っていきやがれ」



 ついでの冒険 完



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