第十九話 Top


魔導物語 闇に生きると言う事 最終話



  魔界 午前4時13分
 
 道中はこれを読め。
 サタンはそう言って一冊の本を渡した。
 そして、サタンは城へ戻った。
 
 朝、宿屋を出てオープンカフェでの会話。
「置いてけぼりか?」
「お前がそんな事を言えた口か。私とてヒマではない。用が済んだら街くらいまでは戻ってやる。連絡手段はいくらでもあるだろう」
「ああ」
「…シェゾ。ここから先、私はタッチ出来ぬのだ。トップ同士が接触する。それがどう言う事か、分かるな?」
「まあな」
「ある意味、お前はもっとも自由なのだ。どこにも属せず、どことも絡まぬ。私が行きづらいところへすら、お前は自由に行き来出来る。その意味、考えろよ」
「…回りくどい言い方だ」
「だからお前、少しは成長しろっつうのだ。無頓着もここでは命取りだぞ」
「なるようになれ、さ」
 それでもシェゾは飄々と言う。
「…まあ、お前、やるときはやるタイプだからまだいいけどな…。では、頼んだぞ」
 サタンは、きびすを返して人ごみにまみれる。と、同時に彼は『そこ』から一瞬で姿を消した。
 …さて、どうするかな。
 テーブルに向き直り、コーヒーを含んだ。
「でな、渡し忘れていたが、この本読んでおけ」
 シェゾの耳元にくすぐったい様な息吹でふわりとサタンの声。
 シェゾはコーヒーを気管で飲んでしまった。
 少しの後。
 やっと息が整ったシェゾがそれを見ると、それは実に古そうな本だった。
 しっかりした革張りだが、それでも角はほころび、紙も端が赤茶けて崩れている部分が多い。
 一体何年、いや、何百年前の本か?
 その表紙の文字は、明らかに古代文字だ。
 だが、微妙に書体が違う。
「…もしかして、古代魔導時代の更に初期頃のやつか?」
 そうなると百年単位ではない。
 シェゾはそこまできて、初めて興味を覚えた。
 その後、シェゾはそこらの店で旅支度を整えた。流石にこちらの世界とは品揃えが異なるが、それらの目的は同じだ。
 魔族は多彩な外見を持つ。故に、もろに人間の姿のシェゾを見ても特に興味も野卑の目も向けない。
 元々人が魂を抜かれるような美しい者から、すくみ上がるような形相の者まで千差万別である。
 彼らは、外見よりも力で相手を見る。
 シェゾの内に秘めた力が、彼らには見える様に伝わるのだ。
 その力はむしろそこらの魔物よりも強い。
 よって、シェゾはむしろ店では丁寧にすら扱われた。
 サタンが渡した金子は十分にあり、一般の予備知識で大体教えてもらったので、異形な道具でも効果や扱いの謎は無かった。
 
 …こうなると、殆ど俺の世界と変わらないな…。
 
 通貨もあれば、政治もある。事件も、それなりの道徳も。
 愛や友情すら。
 当たり前と言えば当り前だが、未だに魔界は原始的な弱肉強食の世界のみで構成されていると思っている連中も多い。
 シェゾは、これを見てどう思うのか、と思った。
 無論、この世界は人間界以上に上下の差、と言うか能力の差が激しく、ピンは魔王クラスからキリは羽虫の様な魔物までその種類は無限。
 下だけを見れば、そう言った連中の見解は合っていると言えるだろう。
 そして、この世界に違和感無く溶け込んでいる自分自身に、人として違和感を感じざるを得ないシェゾだった。
 
 
 
  森 午後1時42分
 
「…何だと?」
 
 現世。
 
 精霊の森。
 
 ラグナスは誰かと話をしていた。
「…お前の言う事を、そんな簡単に…」
 その顔は苦悩。
 そして、その鋼のまなざしはやや上を向いている。
「…黙れ…黙れ!」
 ラグナスは逃げる様にしてその場から離れた。
 
 森は静寂を取り戻す。
 
 だがそれは、何かの代価としての静けさなのだろうか。
「…くそ!」
 ラグナスはそこらの石を蹴った。
 草や土と一緒に石ころは跳び、少し遠くの木に勢いよく当たって何処かへ消えた。
「…あの野郎」
 ラグナスはやがて森の外に出た。小高い丘の下には、広々とした草原が広がる。
 風の音、遥か上空でさえずる鳶。
 草原を、鹿が歩いている。
 その世界は平和だった。
「……」
 ラグナスは街へと歩く。
 旅の支度が必要だ。
 
 
 
 魔界で旅するシェゾ。
 そして、今旅立とうとするラグナス。
 サタン、ベールゼブブの狙い。
 
 そして、そもそもの元凶たるマナの異常。
 
 世界は常に動いている。
 しかし、願わない方向へ動く事はままある。
 それが誰にとっての望まぬ方向かは分からない。
 だが、誰の思惑であろうとも全ては止め処なく動きつづける。
 
 彼らが見上げる空は、全てどこかで繋がっている。
 
 それは、必ず彼らはどこかで出会う、と言う意味なのだろうか。
 
 
  闇に生きると言う事  第一部 完
 
 

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